日系最大手のティア1サプライヤーである(株)デンソー(愛知県刈谷市)は、電動化製品の売上高で2025年度(26年3月期)に1.2兆円、30年度に1.7兆円の達成を目標に掲げ、24年度研究開発費は過去最高の6400億円を見込むなど、100年に一度の変革期に挑む自動車メーカーとともに積極展開を図っている。自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)でも中核的役割を担う。その同社で研究開発を率いるのが、研究開発センター 執行幹部の松ヶ谷和沖氏だ。技術企画部、技術開発推進部(規格標準化を含め対外的対応など)、知的財産部(特許関連など)、デザイン部を管掌し、車載用半導体に精通する松ヶ谷氏に、半導体を中心にあらゆる角度から幅広くお聞きした。
―― 足元でBEVの低迷が指摘されています。
松ヶ谷 ご指摘のとおり、各国の補助金終了などから消費者のBEV買い控えなどの影響が大きく出ており、BEVはサチレーションするとの観測もあるが、中長期的には電動化の流れは間違いない。方針を変えるほどの状況ではないとみる。ただし、顧客ニーズによるBEVの普及率、スピード感を慎重に見極めながら、当社としてのアクセルの踏み方をコントロールしていく必要がある。
―― 貴社の自動車用半導体開発の基本戦略は。
松ヶ谷 (1)統合ECUに向けた「MCUとSoC」、(2)パワー半導体/アナログ半導体、(3)運転支援用各種センサーを重視する、という三本柱で取り組む方向性は変わっていない。正確に言えば、(2)と(3)は従来戦略どおり、しかし(1)の方向性がASRAの立ち上がりにより少し変わった。
―― その変化とは。
松ヶ谷 23年まではSoCに関して、戦略的な要求仕様や開発はデンソーが担い、その先の設計はSoCの開発に長けた半導体メーカーへ外部委託という考え方だった。しかし今は、上位のアーキテクチャー設計まで当社で担う方向性に変化している。これを単体で行うのではなく、ASRAという枠組みの中で、自動車業界専用SoCの仕様共通化を目指し、組合員14社共同で手がけていく。
―― ASRA組成の背景は。
松ヶ谷 日本の自動車メーカー各社から、車載専用のSoCを望む声が高まってきたことが背景にある。現状において車載向けでAI対応も含むSoCは米系半導体メーカー製が主流であるが、それらSoCは自動車専用ではない。そのため、住宅で例えると単身世帯用の住居希望に対して、高額かつオーバースペックな2世帯同居用住宅をあてがわれるようなイメージだ。それがやはりコスト競争力の面で自動車として無視できないレベルになってきた。そこで、日本の自動車業界を担う各レイヤーの主力プレーヤーが結集して、自動車専用SoC共通のアーキテクチャー設計ができる仕組みを作ろうとの思いで立ち上がったのがASRAである。経産省やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の全面支援もいただいている。
―― 専用SoCにおける各社の差別化要素は。
松ヶ谷 住居内のインテリア、つまりSoCの中で走るソフトウエア(SW)をどこまで複雑なものを入れるかなどがOEM各社の競争領域になるだろう。
―― セントラルコンピューティング、ゾーンコントロール、各種統合制御などに向けた半導体について。
松ヶ谷 ASRAが開発対象とするのは、セントラルコンピューティング向けの最上位のSoCである。ゾーンコントロール用は、この最上位SoCの一部を取り出して使うなどのケースも想定されるが、基本的にゾーンコントロール以下のSoC、MCUは各半導体メーカーの競争領域、あるいは協調領域になっていくことが想定される。制御用は車載用MCUメーカーの領域であり、すでに車載専用MCUシリーズが確立されている。これらが改善されながら今後も継続して使われていくことになる。
―― ASRAではチップレット技術も研究対象です。
松ヶ谷 手段としてチップレットの使用を目指している。チップレットの良さは、最先端品からレガシー品まで世代の異なる複数のチップを混載できる点だ。製造を委託する側からすれば、一番良い条件で製造可能な委託先を選べる利点がある。究極的には、各機能で違うメーカーに製造委託して最適な組み合わせで最先端SoCを製造できる可能性もある。ただし製造側もチップレット技術を有しており、一貫した受託を望む製造側とのせめぎ合いは予想される。
―― 先端SoC周辺の部品に想定される変化は。
松ヶ谷 特に最先端半導体を動かす部分の電源周りなどは変わってくる可能性がある。プロセスルールが微細化されるほど、基本的に電源電圧が下がり、ノイズマージンが厳しくなる。そのため、ノイズ対策用バイパスコンデンサーをチップの下に直付け、もしくは回路のインターポーザーや、専用のシリコンダイ内に入れる手法などが最先端領域では出てきている。
将来的にはこのようにシリコンダイ内に多くの機能を取り込んでいくことが想定されるが、近々ではプロセスルールの進化とともに基板上のチップ直下に多数の超小型コンデンサーを配置するノイズ対策手法などが主流とみる。
―― 熱対策については。
松ヶ谷 トランジスタ1個あたりの発熱はプロセスルールが進めば減少するが、それ以上に集積密度が高まるため、結果的に発熱量が増える。材料革新も含めて総合的な放熱対策が今後も必須になる。
―― パワー半導体は。
松ヶ谷 上流の研究開発から量産の手前まで、あらゆるプロセスを全部社内で手がけるというアプローチは変わらない。将来的にはGaNもあり得るとして、現時点の電動車ではSiC-MOSFETの提供が優先事項だ。そのため、当社独自のガス法を用いたインゴット生成からSiCパワーデバイスの一貫量産は28年以降を見込むとして、スピード感ある提供にはコヒレント、レゾナックからSiCウエハーを調達して早期に量産していく方針だ。
―― 各種センサーについては。
松ヶ谷 目利き力を活かして戦略的パートナーと連携を強化していく方向性に変わりはない。例えば車載カメラでは、高精度な良質の撮像素子を継続的に供給いただけるパートナーからベストバイし、その素子を使用してデンソーで高付加価値なカメラモジュールを作り上げる。ミリ波レーダー、LiDAR、イメージングレーダーなど運転支援用のセンサー群も同様に用意し、自動車メーカーの幅広いニーズに応えていく。研究開発フェーズでは従来とは全く異なるメカニズムで既存品と同性能を実現し、低コストかつ搭載性がよいLiDARの開発などに挑んでいる。
また、バッテリーのSOC(ステートオブチャージ)、SOH(ステートオブヘルス)をセルごとに正確にモニターするため、電池内の各25セルを±3mV以内の精度で可視化できる電流センサーも全方式を用意している。より高機能なDMS(ドライバーモニタリングシステム)も引き続き開発を進めている。
―― 今後の展望を。
松ヶ谷 ハードウエア(HW)とSWを組み合わせたシナジーをデンソー内で実現できることが当社最大の強みと自負している。これは当社が従来、材料、加工法から完成品まで自社内で手がけることで最適解を見出して続けてきたことに通ずる。HWとSWの融合でも同様の強みを発揮し、自動車業界に貢献し続けていく。
(聞き手・高澤里美記者)
本紙2024年7月4日号1、2面 掲載