電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第555回

採用拡大する有機ELディスプレー


フォトリソ方式の中国G8.7工場もいよいよ建設へ

2024/6/7

ビジョノックスが1.2兆円で工場建設

 有機ELディスプレー(OLED)の大型生産拠点の整備が本格化している。2024年3月初旬には、サムスンディスプレー(SDC)が牙山市(韓国)で世界初の第8.7世代(G8.7、ガラス基板サイズ=2290×2620mm)OLED生産ラインの着工式を開催し、4月から装置導入が始まっている。25年10~12月期に稼働を開始し、26年からの本格量産に備える。月産1万5000枚の規模で、ノートPC、タブレット、モニターといったIT系と呼ばれるパネル向けに生産する計画だ。同規模では、年間1000万枚のノートPC用パネルに相当する量を生産できるとされている。

 また、中国BOEも3月に起工式を行い、成都市(四川省)でB16工場建設に向け着工した。同社は2フェーズの整備計画を持ち、まずフェーズ1では25年上期中に装置搬入が始まる見通しだ。量産開始は26年10~12月期を予定している。フェーズ2も整備されれば、合計で月産3万2000枚のキャパシティーになる計画だ。

 このほか、中国Visionox(ビジョノックス)が、安徽省合肥市でG8.7のV5工場を整備する計画で、このほど地元政府との合意に達したと発表した。投資額は550億元(約1兆2000億円)で、装置搬入は26年1~3月期ごろと見られている。

 同所で製造する有機ELは「ViP」と呼ばれ、従来のOLEDの製造で用いるFMM(ファインメタルマスク)/蒸着方式ではなく、マスクレス/フォトリソ方式で製造するもの。同社によれば、1700ppi以上の高精細なOLEDを可能にし、開口率を69%(FMM方式が29%)に向上するだけでなく、明るさ、効率、寿命もすべて向上させることができる技術という。さらに、RGB(赤緑青)の発光材料を積層するタンデム構造にすれば、ViPは従来のFMM方式OLEDと比べて寿命が約6倍、明るさは約4倍にすることができるという。

JDIも中国で有機EL工場を計画

JDIが新開発した高輝度「eLEAP」(写真右側)
JDIが新開発した高輝度「eLEAP」(写真右側)
 また、日本のジャパンディスプレイ(JDI)が、安徽省蕪湖市でG8.7工場の整備計画を進めている。同社もフォトリソ技術を用いて新しい方式で製造する、「eLEAP」の製造拠点を整備する計画だ。ViP同様、マスクレス/フォトリソ方式で製造し、開口率を60%(300ppi相当)にできるため、従来よりも低い電流で駆動でき、これにより寿命を3倍、発光効率とピーク輝度を2倍に向上させることができる技術としている。

 しかし同社は先般、蕪湖市との拠点整備に向けた契約締結について再延期を発表している。当初は23年12月末をめどに契約を締結する予定だったが、これを24年3月末までに延期し、G6(1500×1850mm)工場とG8.7の2拠点整備から、G8.7/月産3万枚のみに一本化した。そののち3月にも契約締結を24年10月末日まで延期すると発表し、計画の進展が懸念されるところではあるが、中国関係当局への承認申請書類の手続き上の遅延でネガティブな要素はなく、「期待してお待ちいただきたい」(同社関係者)とのことだった。当初の計画では、同拠点での量産開始は27年を目指すとしていた。

 同社はマザーファブの茂原工場(千葉県茂原市)にも小規模なeLEAP生産ラインを整備しており、23年10月から試作を開始している。その後の顧客ニーズに対応すべく、同ラインで24年末までにeLEAPパネルの量産を開始する計画だ。すでに歩留まりが60%を超えており、24年末までに90%を達成する見込みだという。このことは、「当社がeLEAPの量産化の壁を乗り越えたことを意味している」とし、今後eLEAPをウエアラブルデバイス、スマートフォン、ノートPC、車載製品など様々なアプリケーション用に開発・生産し市場展開していくという。

 また、eLEAPの量産開始準備と並行して用途開発も進めており、23年8月には顧客からの中型サイズへの要望に応え、14型のノートPC向けパネルを開発している。さらに24年5月には、14型で従来OLED比約3倍となる1600ニットのピーク輝度を持つ製品の開発を発表した。同パネルは、シングル構造で同サイズの従来OLEDの約3倍となる1600ニットを達成し、これにより屋外でも快適な使用が可能になった。

 既存のOLEDでは、同レベルの輝度を達成するにはタンデム構造を用いるものの、同構造は生産プロセスが複雑になるため製造コストが上がってしまう。その点、新開発品はコストを抑えたシングル構造で超高輝度を達成しており、高いコストパフォーマンスが実証されている。なお、eLEAPでタンデム構造を採用した場合、3000ニット以上が実現できるという。

UDCの決算も好調

 ITパネル向けの増産投資の背景には、アップルが24年からiPadシリーズでOLEDを搭載していく計画がある。すでに、ASUSやHP、DellなどがOLED搭載のIT系製品を発表しているが、アップルの採用により同様の傾向が加速し、また同社がMacBookシリーズにも採用していくことから、IT系製品でOLEDの採用が拡大すると予測されている。

 OLEDの燐光発光材料を手がける米UDC(ユニバーサルディスプレー)では、24年1~3月の決算が好調に推移。売上高は前年同期比27%増、営業利益は同38%増となり、発光材料の売上高も同32%増となった。これにより、24年度(25年3月期)の通期業績を上方修正している。同社は調査会社のOmdiaによるOLED搭載製品の予測について触れ、OLEDノートPCは23年の340万台から24年には510万台に、OLEDタブレットは23年の370万台から24年には1210万台と前年比で3倍以上に成長するとし、「OLEDはデイスプレーの未来を形作る上でより重要な役割を果たし続けている」とコメントしている。

 また、2月にスペインで開催されたMobile World Congress(MWC)のショーでは、「内側にも外側にも折りたためるディスプレーや、手首に巻き付けたり画面サイズを拡張できる折りたたみ式およびスライド式のIT製品など、OLEDが革新的なデバイスを実現している様子を見ることができた」と、フォルダブルディスプレーの新展開についても触れた。ちなみに、このフォルダブルについてもアップルが製品化を視野に入れている(調査会社のDSCCより)。

 このほか同社では、新しいOLED市場の成長エンジンとして航空業界にも注目している。24年内に、アイスランド航空の次期エアバス機のエンターテインメントモニターとしてOLEDが搭載され、その後カンタス航空、ユナイテッド航空、エジプト航空、サウジアラビア航空、カタール航空も採用する計画を挙げ、期待を寄せている。

 同社では、24年内に青色燐光発光材料の上市に向け、研究開発を加速している。現在のところ成果は順調に上がっており、計画どおりに市場投入するという。これにより赤、緑、青色の3原色の燐光発光材料が揃うことになる。

 燐光材料は、現在主流の蛍光材料が25%しか電力を光に変換できないのに対し、理論上100%変換できるとされている。すでに赤色と緑色は燐光材料がスタンダードとなっており、青色のみが蛍光材料を使用している。長く商用化が待たれていたが、青色は寿命などの性能向上が難しく、未だ実用化には至っていない。同社がこれを叶えれば、幅広いOLEDアプリケーションにおいてエネルギー効率と性能が向上していくはずで、新しいディスプレーの可能性も広がっていくことだろう。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子

サイト内検索