いまどきの人は知らないだろうけれど、一時代前にはテレビコマーシャルでやたらに「インテル入ってる!」が流れていて辟易させられたものである。要するに、パソコンのCPUはインテルが独占状態であることをひたすらにひけらかす宣伝であり、「いいかげんにせんかい!」という思いで見ていた。
ところがである。インテルの米国本社の元副社長である傳田信行氏に再会する機会があり、ここのところはよく一緒にお酒を飲んでいることがある。筆者は、傳田氏をとても尊敬しており、素晴らしい人だと考えているが、それはインテル日本法人の社長の時代ではなく、広報担当として随分と優しくしてくれたからである。そして、ある折にかの「インテル入ってる!」は自分が考えた言葉なんだよ、と傳田さんに聞かされ驚いた。そして、ヘコヘコと「あれは素晴らしい宣伝でしたね! いやぁ~強烈なインパクトだった」とか言って、その場を取り繕ったのである。
それはともかく、インテルは今も昔も米国政府および米国人にとって、最も重要な半導体企業として認知されている。80年代のニッポン半導体大躍進の時代があり、NECは世界チャンピオンの座をずっと続けていたが、1992年には米国半導体が力強く復活し、インテルは世界ランキング1位に躍進したのだ。ちなみに、この年はバルセロナオリンピックが開催され、女子200m平泳ぎで14歳の新星、岩崎恭子選手が戦前の予想を覆し、オリンピック新記録で優勝、日本に初の金メダルをもたらした。岩崎選手はインタビューで「今まで生きてきた中で一番幸せです」と答えていた。しかして筆者は、14歳で世界の頂点を極めた彼女のこれからの人生はどうなるのだろうかと、少しく心配したのである。
さて、米国政府はここにきて、インテルの半導体工場拡張に対し1兆3000億円の補助金、1兆6000億円の融資を決め、計2兆9000億円を確保した。今回の資金はインテルのアリゾナとオハイオ州の大規模工場に充てられるのがメーンである。また、オレゴン州の研究開発と、ニューメキシコ州の先端パッケージングプロジェクトも充実させていくのである。
一方、インテルは18A製造技術を使ってマイクロソフトの未発表のチップを委託生産することになった。インテルはマイクロソフトを含めて、大口顧客4社と契約を決めており、シリコンファンドリーという分野で、TSMCを2025年までに抜く目標を立てている。英Arm社とも提携し、自社工場でArmベースの半導体も製造するのだ。
そして、TSMC、サムスンとの間でしのぎを削っている最先端の1.4nmの半導体開発についても、2027年までにすべてやり抜く意思を固めている。また、AIチップについてもエヌビディアを追撃すべく、あらたな製品開発に取り組んでおり、とりわけ車載向けを強化していく方針だ。
スマホの時代に主導権を取れなかったインテルは、AIチップ、ファンドリー、さらには先端パッケージングなどの広い分野で、再び半導体の王座を固めていく考えなのだ。何と、インテルはこうしたプロジェクトに15兆2000億円の巨額を投資する計画であり、かの「インテル入ってる!」をもう一度わめき散らすコマーシャルを作る日が来るのかもしれない。もっとも、そのコマーシャルはテレビではなく、ネットの世界で展開することにはなるだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。