商業施設新聞
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No.944

居酒屋の思い出


岡田光

2024/2/20

 学生時代にファストフード店、配送業者、引っ越し業者、寿司屋など、様々な業界でアルバイトを経験したが、最も思い出に残っているのが近所の居酒屋「養老乃瀧」だ。就職先が決まり、単位も卒業条件を満たしていた大学4年生の夏、先輩から「人手不足だから手伝ってほしい」と誘いを受け、調理補助スタッフとして採用された。アルバイトなので刺し身やおでんといったメーン料理は社員が調理したが、焼き台兼洗い場を任され、洗い物を行いながら、ホッケや焼き鳥を頻繁に焼いて来店客に提供していた。

 洗い場には高性能な食器洗い乾燥機が設置され、食器を軽く洗うだけでピッカピッカになる優れものだった。過去に繁忙期の寿司屋で洗い場を経験していたこともあり、洗い物はスムーズに処理できた。しかしながら、焼き台を兼ねることは正直難しかった。ピーク時は「焼き鳥3人前、いか焼き2人前」や「焼き鳥5人前、ホッケ2人前」など注文の声がひっきりなしに飛び交い、焼き台の上はたいまつを焚いた火事のような状態。一緒に働く社員からは「岡田さん、大丈夫?」と声を掛けられるが、その社員も調理業務で手一杯だった。

今は「九州 熱中屋」に変わっている
今は「九州 熱中屋」に変わっている
 そのような忙しいアルバイトであったが、楽しいこともいっぱいあった。一番楽しかったのは仕事終わりの時間。店長がいる日は、店長の奥さんや子どもも来店し、私たち厨房スタッフやホールスタッフを交えて、よく飲み会や誕生日会を企画してくれた。閉店時間が23時なので、23時以降に始まるイベントであったが、社員もアルバイトもジョッキを手に持ち、酒を酌み交わしながら、ツマミになる話で交流を深めた。私も家が近かったので、遅い時は明け方の4時まで店舗に残ることもあった。学生時代の良い思い出である。その思い出深い養老乃瀧も、今はDDグループが運営する「九州 熱中屋」に変わっている。

 新型コロナが5類感染症に移行され、居酒屋業界も活気をとり戻しつつある。居酒屋チェーン大手の大庄は、2024年8月期第1四半期に営業利益、経常利益、四半期純利益でいずれも黒字化を達成。同期に1店を新規出店し、5店の改装を実施するなど、投資にも積極的な姿勢が見られる。居酒屋業界では専門店化も加速しており、焼き鳥重視の鳥貴族ホールディングスは23年に四国エリア、北陸エリア、東北エリアに相次いで初出店。串カツを提供する串カツ田中ホールディングスも、24年11月期に「串カツ田中」だけで36店の新規出店を計画するなど、専門店の売りを前面に押し出している。

 このように売上高や利益が回復し、新規出店が加速している居酒屋業界において、2月28日、名古屋市に本社を置く光フードサービスが東証グロースに上場する予定だ。同社は立ち飲み居酒屋「立呑み焼きとん 大黒」や「立呑み 魚椿」を展開する居酒屋チェーンで、愛知県にセントラルキッチンを設け、愛知県、三重県、広島県、東京都などに店舗展開している。注目すべきは立ち飲みというスタイルと、それを実現する10坪という小箱の店舗面積。大箱が当たり前という居酒屋業界の常識を覆すような取り組みを行っている。

 居酒屋業界は新型コロナで大打撃を受けて、どん底を味わった。それでも苦境を乗り越え、次の道へ進もうとしている。私のアルバイト時代のような風景はもう見られないかもしれないが、来店客だけでなく、その店舗で働く社員やアルバイトも楽しいと思えるような店づくりを行ってほしいと願う。
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