電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第554回

「すべての個人情報共有」は幸福論にはつながらない!


映画「サークル」に見る半導体技術の進化系の恐ろしさ

2023/10/27

 「情報共有!」という言葉が大嫌いである。今どきの人たちがネット上でかなりの頻度で使う言葉であることは知っている。自分の若いころに、上司から言われた「ホウレンソウ」と似ているようであるが、ニュアンスとしては異なるのであろう。サラリーマンの基礎は上司や仲間部下に対して、報告、連絡、相談は当たり前のことだと教わったことをよく覚えているが、「情報共有!」と聞くときに、軍隊の敬礼をつい思い出してしまうのである。

 それはともかく、ビデオでアメリカ映画(2017年)の「サークル」を観て、自分の直観力は当たっているのではないかという思いになった。主役はエマ・ワトソンであり、ハリーポッターシリーズでメガヒットを取り、大金持ちとなった女優である。相手役は「フィラデルフィア」「フォレスト・ガンプ/一期一会」でアカデミー賞主演男優賞を2年連続で獲得したトム・ハンクスであり、筆者が大好きな役者なのである。

 それ故に大きな期待をもってこの映画を観たが、じわじわと押し寄せてくるあまりの恐ろしさに慄然となったのである。物語は「True You」という画期的なSNSを開発した世界一のSNS企業「サークル」に就職した若き女性の経験する世界を描いている。あらゆる場所に設置可能な小型カメラの映像を統括するSNSサービスにより、世界中のアカウンタビリティが向上することで世界が幸せになれるというのだ。

 主人公の女性は体にも小型カメラをつけて自分が見た情報を全てサークルの仲間たちに共有することにためらいはあったものの、正にこれは使命ということで洗脳されていく。そして小型カメラを身に付けた彼女の私生活を全世界に公開する透明化に踏み込まされる。そして、カメラを付けた世界中の人々を利用して特定の人物を探し出すサービスや選挙の投票などを処理するシステムなどに結び付けていく「サークル」の凄みを知りながらも、自らの愛した人をそのために死に追いやったことで絶望に暮れるのだ。

もうすでに「サークル」が描いた世界は始まっているのかもしれない(写真:メタ・プラットフォームズのスマートグラス)
もうすでに「サークル」が描いた世界は
始まっているのかもしれない
(写真:メタ・プラットフォームズのスマートグラス)
 この映画を観ながら、筆者は現在における半導体の止まらぬ熱狂を考えていた。最先端の半導体がさらなる進化を遂げれば、メタバース革命の時代がやってくる。スマートグラスをAIにつなげばその人を見ただけで、全ての情報がグラス上に現れてくる。場合によっては心の中まで読んでしまうのかもしれない。そんなことになってしまったら、人間の眼にあたる半導体センサーをつくるソニーは世界一の半導体メーカーになってしまうかもしれない、とまで妄想したのである。

 しかしながら、この「サークル」という映画の中で描かれているように、すべての人が半導体で作られるAIの世界やネットのカルチャーを宗教的に絶対なものとして確信してしまったら、とんでもないことになるとも思うのである。

 現状においてさえ「スマホはお財布より大事」といい放つ女性たちに話を聞いたときにある種、困惑するものがあった。自分で思考することを停止して、すべてをスマホにゆだねると感じられたからである。もうすでに「サークル」が描いた世界は始まっているのかもしれない。人間よりもAIが上、ロボットには永遠の命がある、などという時代が到来することで人間は本当に幸せになれるのだろうか。

 もちろん半導体技術の飛躍的な発展は超便利な生活、スピーディーな処理などを私たちにもたらしてくれた。それはこれからも続くだろう。ただ人間が思考回路を停止し、アバウトな考え方、情緒的な空想、そして半導体では割り切れない「夢のような恋愛」などという世界はどこに行ってしまうのであろうか。

 ひたすらパソコンが嫌いであり、いまだに400字詰め原稿用紙に万年筆で書きなぐる超アナログのロートル記者の独り言でありました。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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