電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第112回

コスト度外視でも「絶対の安全」を追求することに意味がある!


~小池淳義氏が語るかつての日立半導体の厳しすぎる安全仕様~

2014/12/5

 国内のメモリーカードマーケットを見れば、サンディスクがトップシェアをとっており、今や作りきれないほどの活況にあるという。最近のCMOSセンサーの解像度アップにより大容量カードが求められているうえに、動画をカードに保存する人も増えて来たためだ。もちろん、スマホや一眼レフデジカメの普及が大きく貢献していることは間違いない。

 サンディスクにあって代表取締役社長の任にあるのが小池淳義氏である。サンディスクは今や東芝との連合軍を結成し、強敵サムスンに対しフラッシュメモリー世界チャンピオンの座を争うところまで来ている。サンディスクとしては単体で現在までで9000億円もの投資を四日市工場に行っている。

 さて、サンディスク日本法人のトップである小池氏は千葉県市川市で生まれ、広島県呉市で育った。父親は日新製鋼のエンジニアであった。ヤクルト、西武で活躍した広岡監督出身の呉三津田高校を出て、早稲田大学理工学部で材料工学を学び、大学院を終了し、日立製作所に入社する。このころはオイルショックの影響で学部時代には、日立も採用ゼロという状況であったが、何とかも入社することができたという。

サンディスク(株) 代表取締役社長 小池淳義氏
サンディスク(株) 代表取締役社長 小池淳義氏
 「原子力の日立工場を希望したが、半導体拠点の武蔵工場に送り込まれた。当時は金原工場長、大野技師長という体制であったが、開発試作プロセス部隊に配属され、それからは明けても暮れても半導体のプロセス技術の開発を考えることになった。ここで、自分の終生のテーマでもある枚葉処理生産の原点、ドライエッチング技術に出会い、このスペシャリストになった。今は仙台のメムスコアで専務を務める小切間さんが部長の時代であった」(小池氏)

 ところが、ある時に日立武蔵工場は死者まで出す大事故を起こしてしまう。原因はモノシランガスの自動シリンダーキャビネットであった。事故はこのキャビネットのバルブの開閉が直接原因を支配した。開いてはならないバルブが開いた。その後の実験では何百回やっても決して開かない事を実証したが、実際にはこれが開いてしまった。そしてとんでもない悲惨な事故につながってしまったのだ。

 「ここで私が得たことは絶対に開かないバルブなどない、という確証であった。それならば、開いた場合でも大丈夫という設計をするしかない。いかなる時も開くことも予測して、これまでの基本設計とシステムを変えた。そこでやったことは、コスト度外視の全装置の見直し、改造と入れ替えそして工場供給配管の総やり替えであった。部分対応ではダメ。全体最適がどうしても必要との判断に至り、これを全員一丸となり実現した」(小池氏)
 良くも悪くもさすがに日立製作所は一般的な企業とは考え方が違うのだ、と筆者はこの話に感じいった。何しろ、二度と事故を起こさないことを目標に、3カ月間も徹夜状態で全部の装置・プロセスを作り直したというのだから、フツーではない。これが多くの人に厳しすぎる日立半導体の安全仕様となっていくのだが、結果としては現在の高圧ガス取締法の原点になったというのだから、小池氏達のやったことは決してムダにはなっていない。

 この日立の安全思想は今日も生き続けている、と小池氏は指摘する。確かに、日立はリーマンショック時に過去最大の8000億円の赤字を出し、日本企業としても最大の赤字という不名誉な記録を作ったが、その後の事業再構築でV字回復し、ここのところも大幅黒字を連続計上している。「安全・安心」こそがものづくりのベース、そして、これに携わる人たちの健康・生命こそが大切という日立の考え方は、行き着くところ圧倒的な品質評価につながっていく。コスト、納期が声高に叫ばれる現代にあって「野武士」といわれた日立の鈍牛のような存在感がむしろ目立ってきた。

 「コストばかりを追いかけていけば、必ず品質は落ちていく。単にスピードばかりを追いかけていけば、現場に負荷がかかり、事故か病気につながっていく。日立のやり方が今日にあっても新しいのは、一時的に大きな損を出しても、絶対の安全・安心を追求するものづくりは必ず勝つということだ。実際のところ、最近の日立の活躍ぶりを見ればそれが良く分かる」(小池氏)

 ところで、100年間にわたって、売り上げランキングベスト10に名を連ねる会社は、あまたある企業の中で、日立製作所ただ1社だけなのだ。日本のものづくりに携わる人たちは、このことの意味をもう少し深く考えてみなければなるまい。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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