「人体を拘束してセンシングする、という状況を何とか解決したいと考えた。仮にスマートウオッチ式のヘルスケア端末を身に着けたとしても、やはり束縛感があるのだ。無拘束の状態で寝たり、坐ったりするだけで心拍、呼吸などの生体情報を取得し、データ解析する方法が一番と考えた」
こう語るのは新進気鋭のベンチャー企業であるヘルスセンシング(株)(東京都新宿区北新宿1-8-10、新宿司法書士会館402号室、Tel.03-6908-5664)の代表取締役社長の鐘ヶ江正巳氏である。同氏は福岡県久留米市生まれ、九州大学で電気工学を学び、日立製作所デバイス開発センタで20年弱にわたり勤務し独立した。
ヘルスセンシングの鐘ヶ江社長(右)と大森部長(左)
さて、ヘルスセンシングが切り開いた新技術は「シート型生体センサー」というものだ。このセンサーの基本材料は、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)という強誘電体の高分子材料であり、これを用いて圧電効果を出す振動センサーを作り上げた。この種のセンサーはピエゾセンサーと呼ばれるが、潜水艦、人工衛星、マイクロフォンなどに使われている。これをヘルスケアに用いるのは、同社がおそらく世界初めてのことになる。
「このピエゾセンサーは厚さが40μmミクロンと非常に薄く、実装後も2mm厚以下と大変に薄いことが最大の特徴となる。ベッド、マット、布団、トイレ便座の下に設置することが多いが、あまりに薄いので全く気にならず、シンプルに取り付けられる。もちろん、車椅子や通常の椅子にも敷くことが可能なのだ」(鐘ヶ江社長)
これまでにもベッドや椅子の下に敷くこの種のセンサーは存在していた。国内では有名なベッドメーカーをはじめとして3~4社がこの分野に参入しているが、彼らの場合は主に空気マットであり、PVDFに比べて感度が低く、厚さは10~26mmにもなってしまう。海外ではフィンランドのメーカーが電気二重層の技術を使い、この分野に参入しているが、こちらも価格は非常に高い。これに対し、ヘルスセンシングのシート型生体センサーは目標価格が8万円であり、今後量産効果を生かして3万円を切るプライスに持っていきたいとしている。すでに5つの特許を取得(出願中も含む)しており、さらに特許を加えていく考えだ。
「すでにサンプル出荷として、某大手企業に数十セットを納品した。これから医療・介護施設での実証実験を重ねていきたい。無拘束で呼吸信号、心拍信号(心弾動図)、体動信号、いびきなどを測れるわけであり、これを無線でナースセンターに送り、さらにデータセンターでビッグデータ解析をする。乳幼児の常時見守り、無呼吸症候群のスクリーニングには最適のセンサーと言えるだろう」
こう語るのは同社の営業部長を務める大森純一氏である。同氏は宮城県石巻生まれ、東北工業大学で電子工学を学び、NECエンジニアリングに入社し、数年前まではルネサスマイクロシステムの技術企画の担当課長であった。
注目されるのは、このセンサーでビッグデータ解析をすれば脳波の動きとある種連動する部分が多く、呼吸や心拍だけではなく脳波に関連した推測的なセンシングができることだ。また最近ではリコーなどの大企業では社員の健康管理に取り組んでいるという。ヘルスセンシングは、仕事をしながらにして常に健康管理ができるというスマートチェアを用いたセンサーソリューションを提起しており、今後かなり拡大するだろうとの見通しもある。うつ病の予見、もしかしたら、企業内不正を働いているか、情報漏洩をしているか、あらゆるウソをつきまくっているかもスマートチェアで測れる時代が来るのかもしれない。そうした行動をとった場合には、心拍数や微妙な呼吸に乱れが出る、それが人間というものなのだ。
「ありがたいことに、この12月からは、横浜の高島にある三井ビルディング15階の『かながわ医療機器レギュラトリサイエンスセンター』にこの製品を常設展示できることになった。神奈川県下ではこうした医療機器のコンソーシアムに25社が参画しているが、当社の製品はモデル機器として選ばれた。神奈川県下での施設の採用が見込まれることになるだろう。今後は試作と実証実験にさらに注力し、2015年夏からの量産展開に向けて全力を挙げていきたい」(鐘ヶ江社長)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。