「国内自動車メーカー各社の2014年度設備投資は、2兆8850億円を投入する計画だ。これはほぼ日本企業の半導体全生産額に匹敵する規模であり、自動車産業と電機産業に決定的な差がついたことを表す出来事だ」
筆者が親しくする大手証券アナリストが、この急速な秋の訪れに驚いたわけでもあるまいに、こう語り深いため息をつくのだ。しかしてそのアナリストは、日本の自動車メーカーの躍進は半導体や一般電子部品など電子デバイスの成長に直結すると言い切っており、時々は「ひひひ」と気持ち悪い笑いも浮かべるのだ。
自動車各社の2013年度設備投資は、2兆8374億円であったわけだから、2014年度は微増ではあるが、高水準を引き続き維持している。生産台数の増加に対応する投資、それも現地生産重視のため海外投資が非常に多いが、そればかりではない。先進運転支援システム(ADAS)搭載に向けた次世代開発に関する投資もいよいよ始まろうとしている。ADASは突然衝突防止、道路の白線検知など運転走行の安全性を先端ITにより実現しようというものだ。
今や自動車の世界チャンピオンであるトヨタ自動車グループの2014年度投資は1兆200億円で、前年度に対しほぼ微増という状態だ。しかしながら、国内自動車各社の設備投資トータル金額の実に3分の1を占めていることに驚かされる。ちなみに比較したくはないが、国内半導体メーカー30社の2014年度設備投資計画は4813億円が予想されており、日本の半導体企業が束になってかかっても、トヨタ1社の投資の半分にも及ばない。ちなみにトヨタはSiC(シリコンカーバイド)パワー半導体の量産工場を自前で建設することもアナウンスしており、電子デバイスの世界にも深く踏み込んでいく構えと見られる。
ところで、車載向け半導体の市場は現状で約2兆5000億円であるが、この分野で世界トップシェアを持つのは何と日本企業なのだ。それも何かと噂の多いルネサスなのだ。ルネサスを追ってドイツのインフィニオン、フランスのSTマイクロ、米国のフリースケール、NXPが頑張っている。この分野は非常にシェアの変動が少ないところであり、上位5社で世界の45%のシェアを占有しているのだ。ちなみに車載マイコンに限っていえば、ルネサスの世界シェアは40%にも達している。自動車メーカーにとってルネサスは欠くことのできない存在、と読者の方々には認識していただきたい。
ADAS向けの半導体市場は2012年段階で9億6700万ドルの市場規模であるが、2020年には26億4600万ドルに成長するといわれている(IHS調べ)。なんと8年間で2.7倍の市場規模になるというのだ。ADASで使われる半導体の中心はイメージセンサー、ミリ波レーダー用IC、MEMSセンサーなどである。
一方、日本勢が強いパワー半導体も自動車向けデバイスとして重要な存在だ。特にIGBTは次世代環境車にとって最も重要なデバイスの1つであり、半導体全体が伸び悩むなかで2013年に前年比14%増、2014年に同18%増、2015年に同14%増と急成長する見通しだ。これは6インチウエハーの生産能力で見た成長率であり、2015年時点では月産60万枚までウエハー枚数は膨れ上がると予測されている。
半導体産業新聞にあって、車載用半導体やパワーデバイスに明るい稲葉雅巳記者は、車載は派手ではないが堅実に成長する分野として次のようにコメントする。
「何しろ車の生産台数は、年間1億台になろうとしているわけであり、単価のばか高い製品でこれだけの出荷を果たす製品は他にはない。今後も自動車向け半導体については、年間7~8%の成長は十分に予想できる。通常のガソリン車に使われる半導体は1台につきせいぜい300ドルくらい。しかし、ハイブリッド車になれば400ドルもプラスされ、700ドルに押し上がる。パワーデバイスは、このプラス分400ドルの80%も占めることに注目してもらいたい」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。