「ビッグデータの時代がやってきた。ビッグデータの定義としては、データ容量が100テラ以上、年間データ増加率が60%以上、高速ネットワーク処理、2種類以上のデータソースなどを満たすもの、とされている。ちなみに、テラは1兆バイトを意味するわけだから、かつて人類は経験したことのない膨大な情報の海の中で生きていくことになる。こうしたなかでの犯罪捜査がますます難しくなることは想像に難くないだろう」
こう語るのは、今や現役最古参の著名な半導体アナリストとして知られる南川明氏(IHSテクノロジー副社長)である。
先ごろ総務省は2014年の情報通信白書を発表したが、顧客情報やウェブサイトの閲覧履歴といったビッグデータの活用により、2012年の国内全産業の売上高は約60兆円強押し上げられたと推計した。全産業の売上高が1300兆円強であるからして、売り上げの約4.6%がデータ活用の効果だったという計算になる。
ところで、筆者は何気なく、コンビニに出掛け、キョロキョロと品物を舐めるように見て、俗に言う品定めを長く行う。店員がじっとこれを見ている。何をそんなに探しているのだろう、との疑いの目がそこにはある。アダルト向け雑誌のコーナーに長くいることはかなり多いが、最近はビニール袋に入っているので、良く見れないのが悔しい。長時間滞在したのちに、ウェットティッシュ1つしか買わないこともよくある。
ところが、セブン&アイグループの幹部と話す機会に恵まれたが、筆者のような中高年がどの売り場に多くいて、どんなものを買うのかなどはほとんど調べがついているそうだ。アダルト雑誌の上に文藝春秋を載せて、コンビニのレジに出し、本当は文藝春秋を買いたいんだけれども、ほんのついでに少しいかがわしい雑誌をつけただけなのよ、というカモフラージュの思いが常に筆者にはあるのだ。しかして、ビッグデータの時代はそれもすべてお見通しなのだ。
さて、ビッグデータ活用効果の約60兆円の5割近くはやはりコンビニ、スーパーなどの流通業が占めている。POS(販売時点情報管理)データや購買履歴、交流サイト(SNS)などの書き込みなどを商品の調達に生かす企業が激増しているのだ。日本国内のデータ流通量は05年~13年のあいだに、8.7倍に拡大した。POSデータや防犯カメラの映像データなどの利用が増えたことが主因である。
ところで、米国の大手調査会社IDCによれば、2012年の全世界のデータ量は約3ゼタ(ゼタはテラの10億倍)バイトに達している。テラバイトに換算すれば、30億テラバイトとなる。1テラバイトは新聞朝刊1000年分のデータ情報量に相当する。全世界では、新聞朝刊の3兆年分のデータ情報量があることになるのだ。また、大企業の顧客情報などのデータ保有量はすでに10万テラバイトを超えているといわれる。一部企業では、新聞朝刊の10億年分のデータ情報量を保有しているようだ。
さて、品川にeディスカバリ(証拠開示)といわれる国際訴訟を支援するUBICというユニークカンパニーがある。社長の守本正宏氏は大手半導体製造装置メーカー、アプライド マテリアルズの出身であるが、2013年5月に米国NASDAQに上場したことで一躍その名を知られることになる。日本企業として14年ぶりのNASDAQ上場はまさに快挙であったのだ。日本語をはじめとするアジア言語に完全対応し、人工知能を駆使したディスカバリの技術が世界的な評価を受けたのだ。UBICの守本社長はビッグデータ時代における国際訴訟について次のようにコメントする。
「新聞10億年分のデータを扱う訴訟支援業界の新たな時代がやってきた。つまりはビッグデータ解析に必要なデータサイエンティストが重要な職業となってきた。彼らは、非構造化された大容量のデータをビジネスに役立てるために、分析・算出できる人材なのだ。米国のハーバードビジネスレビューという雑誌では、データサイエンティストこそ21世紀で最もセクシーな職業といわれている」
ところが、米国調査会社のガートナー社によれば、2015年までにビッグデータ需要は世界的に440万件の求人をもたらすが、こうした求人はわずか3分の1しか満たされないとしている。将来的には、全世界で293万人のデータサイエンティストが不足するとも予測されており、深刻な人材不足が問題となっているのだ。
訴訟支援業界においては、膨大な電子データを解析して証拠を見つけるドキュメントレビューの作業を行っている。これまで弁護士が行ってきたドキュメントレビュー作業の大部分を代行できるのが、最近のコンピューター技術であり、UBICの人工知能「バーチャルデータサイエンティスト」によるドキュメントレビューがまさに画期的な時代を切り開いたことになる。まさに不足しているデータサイエンティストを補う切り札となるであろう。
■
泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。