電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第92回

日本の化学産業は出荷額40兆円、付加価値額15兆円という存在感


~主力のエチレンの退潮にめげず独自の高機能素材で道を切り開け~

2014/7/18

 再び有機ELの話である。横浜のベンチャー、エイソンテクノロジーの話を先週に書かせていただいたが、今度は次世代化学材料評価技術研究組合(CEREBA)の快挙を褒め称えたい。CEREBAは折り曲げられる有機EL照明の分野で世界初の量産技術確立に成功した。ガラス基板の代わりに透明な樹脂フイルム「ポリエチレンナフタレート」に発光素子を塗布し、この量産プロセスを立ち上げたのだ。

 「確かに半導体や液晶、さらには太陽電池の分野で日本勢の後退は著しい。しかし、半導体の最も重要な材料であるシリコンウエハー、フォトレジスト、さらには液晶に使われるガラス、各種フィルム、カラーフィルターなどの高機能材料は、実質的に日本勢の独壇場だ。マーケットシェアも非常に高い。ニッポンの素材力こそ世界最強という認識を国民全部が共有したいものだ」
 こう語るのは、ディスプレー分野で世界的権威と言われている、とある学者である。今回の有機EL照明の量産技術も、行き着くところ日本の素材メーカー、特に化学メーカーのずば抜けて高い技術力が結集して生まれたものだ。
 CEREBAは2011年に設立された。三菱化学、住友化学、旭化成、コニカミノルタ、富士フイルムなど13社・団体が出資し、このサプライズ技術をひたすらに追求してきた。厚さわずか0.125mmの透明樹脂の上に連続して発光素子を形成できるわけであるから、自動車、航空機、各種IT機器、さらには建材、家具など、どんなものにも取り付けられるのだ。

 ところで化学産業の製造業における位置づけはどうなっているのだろう。2010年段階で出荷額は40兆円で国内第2位に位置する。付加価値額は15兆円で、これは第1位にランクされる。研究開発費は2.3兆円で、これまた第1位だ。従業員数は88万人で、第3位にランクされている。つまりは化学産業というのは、国内のモノづくりにおいて非常に大きなウエイトを占めているのだ。


 ただし、日本の化学産業は今、大きく揺れている。それは何といっても米国発のシェールガス革命が押し寄せてきており、これまで金額を上げてきたエチレン製造が断崖絶壁の危機に立っているからだ。米国はシェールガスからエチレンを作る工場に大型投資を実行しており、10棟以上を建設しているが、その設備投資額は2兆円を大きく上回っている。これらが完成すれば、石油からエチレンを作る日本の化学工場に対し、少なくとも5分の1~10分の1の価格でエチレンを作れることになる。米国は世界で一番安い材料を握ったのだ。そして、これが日本のエチレンの競争力を急速に失わせていく。

 もともとモノづくりという点では、日本は大きなハンディを背負っている。高い労働コスト、高いインフラ、高い電力・エネルギー、さらには各種の規制がものづくりのジャマをする。また今話題となっている高い法人税が有る限り、高コスト体質を抜け出すことはできない。ボストンコンサルティンググループによれば、米国の製造コスト指数を100とすれば日本は120に達しており、要するに世界で一番高い製造コストでものを作っている。化学産業においても例外ではない。

 こうなれば日本の行く道は2つしかない。1つは高機能、高品質、さらには高価格で勝負できるアプリケーションを探していくことだ。そしてまた10年先の世界を見たマーケット作戦を取っていくべきだ。言い換えれば、コスト競争力に優れる大量生産基地であるアジアを敵に回しても、もはや絶対勝てない。一方で、汎用の量産品の世界においても、もう一度、米国の存在感が増してくるわけだから、ここでも苦戦は間違いない。やはりオンリーワンとも言うべき独自性で道を切り開くしかない。

 1つ例をとれば、東レの炭素繊維がある。今日でこそ東レの収益を大きく支える製品として炭素繊維は成長してきたが、これを軌道に乗せるまでの東レの道のりは平坦ではなかった。鉄よりもはるかに軽く、しかも強度が強い炭素繊維を実用的なコストまで下げ、現在の品質を作り上げるには、血のにじむほどの苦労があった。そしてまた開発に本格着手したのは今から40年以上も前であるから、実に長い年月を耐え忍んだ。社内で反対論がありながらも炭素繊維の未来を信じて、この開発を続けさせた東レの歴代経営者はまさに賞賛に値するだろう。それほどでもない繊維メーカーであった東レが今や売上約2兆円となり、どでかいメーカーに変身しようとしているが、その核弾頭が高機能素材の炭素繊維なのだ。

 炭素繊維に象徴される高機能素材こそ日本の行く道だ。そして、それを支える高い技術開発力は多くの天才的な研究者、開発者によって道が作られていった。いかに日本が化学先進国であるかは、ノーベル賞受賞者を化学分野で7人も輩出していることでよくわかる。歴代のノーベル化学賞受賞者は、1981年 福井謙一氏、2000年 白川英樹氏、2001年 野依良治氏、2002年 田中耕一氏、2008年 下村脩氏、2010年 鈴木章氏・根岸英一氏である。おおよそアジアの国でこれだけの天才的な化学者を輩出する国は日本以外にはないだろう。それにしても野依先生は、「○○細胞ありまあす」と涙ながらに絶叫したかの女性のことでお悩みになったことであろう。誠にお気の毒という他はない。しかして理化学研究所の価値は決して落ちてはいない。筆者は心からそう思っている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索