フィリピンといえば、お美しいお姉さまのいるパブ、を思い浮かべる男は実に民度が低いだろう。一見して奔放に見えるフィリピン人の国民性は、実のところは超まじめなのだ。国民の90%は敬虔なクリスチャンであり、会社に対する忠誠心も強い、ということを一般的な日本人はあまり知らない。
さて先ごろ、フィリピンで開催されたマニラT3シンポジウムに参加したコンサルタントの加藤凡典氏(AiT代表取締役)の講演をうかがう機会があった。テーマは「フィリピンの半導体産業とEMS」というものであったが、まず驚かされたのは、フィリピンには半導体関連のカンパニーが250社もあることであり、サムスン、東芝、村田製作所、アップル、キヤノン、TI、ローム、アナログ・デバイセズなどの量産工場が多く配置されていることであった。
そしてまた、エレクトロニクス産業の中心は半導体77%、EMS 23%という比率であり、同国に投入される設備投資の38.41%は、エレクトロニクス/半導体であることであった。フィリピンと日本の技術に関するクロスオーバーを提案する加藤氏は、こうした同国の半導体隆盛に対して、少し批判的な眼で次のように語るのだ。
「フィリピンにとって半導体後工程、実装、最終セットの組立はきわめて重要な産業である。しかしながら、半導体の前工程という点ではあまり向いていない。また、フィリピンにある半導体工場は、そのほとんどが日本、米国、台湾、韓国、ヨーロッパなど海外企業の子会社であり、事実上フィリピンの経営者には決定権がない。いわゆる外注、下請けで単に労働力や土地を提供するだけであり、フィリピンは製品に付加価値をつけていない。この実態を変えていかなければならないと私は考える」
加藤氏はフィリピンの企業が自分たちで新たなビジネスを始める時期に来ていることを強調し、このために日本の持つ多くの技術を今後紹介していきたい、と意気込むのだ。そしてまた、環境改善があまりされていないことにも注目し、バイオやセラミック、さらには水処理技術などを導入し、環境に強い国に生まれ変わるべきだと主張する。例えば、鳥の体温を測るセンサーを導入すれば、インフルエンザの拡大を抑えられるわけであり、鹿児島産の黒麹をブタの飼育に応用すれば排泄物の匂いも少なく、発育状況も良いことなどを紹介し、フィリピンと日本のつなぎ役を果たしたいとしている。
ところで、フィリピンの人口はすでに1億600万人に達しており、ここ数年のうちに日本を抜いてしまうのは間違いない。つまりは、急速な人口増大国なのだ。しかして、一般的な女子事務員クラスであれば、月給は200ドル(約2万円)くらいであるから、まだまだ労働コストは安い。ボトルネックは電力料金であり、ビックリするほど高い。といっても、世界でもまれな高い電力コストの国、日本と同じくらいの水準なのだ。
1995~2013年までの製造業の設備投資実態を見れば、一番投資をしているのは日本企業であり、全体の30.65%を占めている。第2位はフィリピンであり22.22%、第3位は米国16.44%となっている。なぜに日本企業がフィリピンへの投資に傾注しているのかという理由の1つに、労働者の質を上げる人が多い。
「年間における労働者のストライキおよびロックアウトの件数を見れば、ベトナム857件、インド389件、タイ14件に対し、フィリピンはなんと驚くなかれ、たったの2件なのだ。つまりは、労働コストが東南アジアのなかで一番低いといわれているだけでなく、労働者の会社に対する忠誠心も強く、争いごとが嫌いという国民性が日本企業には超うれしい要素なのだろう」(加藤氏)
それはさておき、マニラT3シンポジウムの講演パンフを見せていただいたところ、イントロには現役大統領の挨拶文が載っていた。その次のページには今刑務所に入っている前大統領の挨拶文まで載っていた。たった100人かそこらのシンポジウムに、国のトップが挨拶文を寄せているのだ。いかに半導体産業がフィリピン政府にとって重要であるかを物語っている。ちなみに筆者は35年にわたり半導体記者を続けているが、ありとあらゆる半導体シンポジウムに、わが国の総理大臣の挨拶文が載っているのを見たことは、決してないのだ。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。