「水酸化マグネシウムは排煙脱硫剤として使われるほかに、様々な電子素材、環境素材(モスが自動車素材に適用中)にも応用されている。ありがたいことに、当社はこの分野で国内シェアトップの55%を獲得している。工場はほぼフル稼働という活況であり、あらゆる分野での用途に高品質な製品を安定供給する無機材料のトップメーカーとして挑戦を続けていく」
こう語るのは、宇部マテリアルズ(山口県宇部市相生町8-1、Tel.0836-31-2178)の生産・技術本部 宇部工場長の佐野聡氏である。同氏は宇部出身で香川高校を経て明治大学の工業化学に学び、卒業後ただちに宇部化学工業に入社する。研究開発本部などを経て現在は宇部マテリアルズの宇部工場の責任者として陣頭指揮を執っているが、ほぼフル稼働の活況に対し、まだまだ生産性効率が上昇していない、と厳しく見ているのだ。
さて、宇部マテリアルズは宇部興産グループ約140社のなかでも、今や貢献度が高いカンパニーとして知られている。生石灰(カルシア)部門が売上高の50%強を占めており、生石灰、消石灰、タンカルが主力製品である。昨今のアベノミクス効果による公共工事の増加、東日本大震災の復興などが追い風になり、これを多く使用する国内鉄鋼業の生産好調により同社の工場も忙しいのだ。2020年の東京オリンピックに向けて首都圏の公共工事も拡大してくることから、先行き明るいものがあるという。
また、売り上げの40%弱を占めるマグネシウム部門は、マグネシアクリンカー、水酸化マグネシウム、酸化マグネシウムなどで構成されている。国内唯一のマグネシアクリンカーメーカーであり、その生産能力は世界最大である。海水と生石灰との反応により生成した水酸化マグネシウムを精製・濃縮、脱水、乾燥、仮焼、成型し、焼成キルンで高温焼成(1800℃以上)したものだ。
「なにしろ、1日45万tの海水を汲み上げて作るのであるが、これは東京ドームが3日間でいっぱいになる量に匹敵する。これを出発原料として酸化マグネシウム換算で1日700tを製造している。無限の海水を工業資源にするという先達たちの考え方は正しかった。ここから多くの最先端工業品も出ている」(佐野工場長)
水酸化マグネシウムと硫酸を原料にして独自技術により開発した塩基性硫酸マグネシウム(モスハイジ)は、自動車のダッシュボードに使われる樹脂として非常に好評を得ている。難燃剤であり、補強剤としても強い。今後モスハイジの生産量は大きく引き上げる方向にあり、国内外に生産増強する可能性も強まっている。
また、高純度の超微粉のマグネシアは、これまでプラズマディスプレーの保護膜、蛍光体の原料、IC、LSIパッケージ材料用フィラーとして使われてきた。今後期待が高まるのは、MgOターゲットであり、これは高純度MgO粉末を原料に、従来にない純度4N5(実質5N)と密度99%(実質99.4%)を実現している。現状で磁気ヘッドなどに使われているが、何といっても大きな伸びが見込まれるのは次世代メモリーといわれるMRAM向けなのだ。2017年ごろからの量産化も計画されているだけに、同社の量産体制構築も急がれることになるだろう。
佐野工場長に宇部マテリアルズの社風と部下への指針について聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「当社が所属する宇部興産グループはいわゆる100年企業であり、地域貢献に全力を挙げてきたことは良く知られている。当社も宇部まつりには従業員を挙げて協力しており、少年サッカー大会の宇部マテリアルズカップも定着してきた。先輩から引き継いできた宇部マテ精神は、従業員は家族、工場は家、というものだ。私自身は部下に対し、決して前例を信じるな、といっている。言い換えれば前の成功体験を踏襲するな、ということだ。とにかく自分自身で調べて分析して予測する、という当たり前のことが意外と難しい」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。