昭和39年(1964年)10月23日のことである。この日、スポーツ番組歴代視聴率第1位(66.8%)となる一大イベントが行われた。それは、東京オリンピック・女子バレーボール決勝戦であり、宿敵ソ連に対し、「東洋の魔女」といわれた日本女子チームがどのような戦いを繰り広げることができるかに関心が集まっていた。何しろソ連女子チームは、当時世界最強といわれ、日本チームは実のところ全く歯が立たなかったのだ。
ソ連のエースのルイスカリが放つスパイクは凄まじく早く、しかもパワーがあった。ソ連チームと日本チームの身長差は実に10cmもあり、高さという点でも全く対抗できなかった。強烈なソ連のスパイクを食い止めるために、日本代表のニチボー貝塚(現在のユニチカ)の大松監督は、必殺の切り札を考案する。それが世に名高い「回転レシーブ」である。すごい勢いで飛んでくるスパイクに対し、体の遠心力を活かし、倒れこむように回転し、レシーブする。どのような強烈なスパイクも、拾って拾って拾いまくれば必ず勝機があると考えたのだ。最終セットの決まり手は、実にソ連のオーバーネットであったのだから、まさに我慢に我慢を重ねた日本チームの粘り勝ちであった。ひたすら耐え忍び、最後に力を振り絞り相手を倒す。これぞ日本人の国民性にあった美学であり、約半世紀が経った現在でも、この東京オリンピックの女子バレーの戦いは伝説として語り継がれているのだ。
筆者はこの東京オリンピックを子供のころにリアルタイムで見ている。もちろん女子バレー決勝戦も見ていたが、もう一度オリンピックがこの日本にやってくるとは夢にも思わなかった。しかして2020年、それは現実のものとなるのだ。それにしても、1964年のオリンピックと2020年のオリンピックは日本を取り巻く情勢がまったく変わってしまっている。高度経済成長の頂点ともいうべき昭和30年代の終わり、国民の悲願を賭けるかたちで東京オリンピックは開催された。それから80年代末までの20年間を日本人はひたすらに疾走し、バブルとも言うべき好景気に酔いしれていった。2020年のオリンピックについては、とてもではないが当時の勢いはない。少子高齢化でジジババになった日本がそれでも頑張るぜ、と歯を食いしばってやるオリンピックなのだ。
エレクトロニクスの世界においても敗走に次ぐ敗走を重ねていくなかで、次の東京オリンピックがやってくる。パソコンも携帯電話もテレビもはたまたスマホも、なんら世界の主導権をとれずに敗残者となったニッポンに、それでもオリンピックがやってくる。
「2020年の東京オリンピックに向けて今こそ、8Kタイプのスーパーハイビジョンテレビ開発と量産に向けて日本勢は先行しろといいたい。2016年のリオデジャネイロはおそらく4Kテレビの時代の幕開けとなるだろう。そして来るべき東京オリンピックの時こそ8Kテレビが開花する。日本の電機産業の巻き返しはこの2020年にかかっているといっても言い過ぎではない」(国内大手IT関係者)
すでに4Kテレビは58インチで30万円という価格低下で話題を呼んでいる。来年からの開始が予定される4K放送(現行のフルハイビジョンの縦横2倍の解像度を持つテレビ放送)に対応するテレビについては、東芝のREGZAを皮切りにソニー、シャープの3社が先行しシェアを競っている。
8Kは一般的にはスーパーハイビジョンと呼ばれており、NHK放送技術研究所が世界に先行して研究開発を行っているデジタルフォーマットなのだ。水平7680×垂直4320の画素数、1秒あたりのフレーム数60枚などに加えて、22.2チャンネルの音響も付加されている。要するに3300万画素の超高精細映像を実現し、「あたかもその場にいるような臨場感」を持つのが8Kスーパーハイビジョンなのだ。
「NHK技研がこの技術をリードしていることの意味は大きい。日本の電機産業は、これをてこに、これまで後塵を拝してきたテレビの世界で先行できる可能性を持つ。ただし、問題は信号処理だろう。膨大な半導体が必要であり、まだまだ技術的な課題は完全には解決されないだろう」(国内半導体メーカーの大手幹部)
8Kテレビは超高精細映像を実現するだけではない。100インチ以上の大型タイプも出てくるわけであり、まさに家の中が映画館になってしまう。なんだかんだといっても、テレビほど液晶を多く使用する電子機器はない。現在はスマートフォンの大ブームであるが、それでも液晶パネルの60%はやはりテレビが占めているのだ。ましてや8Kのウルトラ大画面/スーパーハイビジョンとくれば、高精細でかつ色鮮やかな電子ディスプレーが必要になってくる。この次のTVの戦場を既存の液晶の延長線で行くのか、それとも有機ELの技術的大ブレークがあるのか、実に興味深いところだ。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。