電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第509回

日亜化学が迎える転機


車載を軸にマイクロLED製品など投入

2023/6/30

 日亜化学工業は5月17日に本社で事業説明会を開催した。そこで公表されたのは、車載を主軸に据えるという方針やマイクロLEDを搭載した車載ヘッドライトの投入、電池材料の増産投資といった取り組みだ。これらは長らく液晶バックライト(BLU)用LEDを主力としてきた日亜化学にとって大きな変化といえ、同社が転機を迎えていることの表れだ。

主力の液晶分野に「見切り」

 本社での事業説明会の開催は、小川裕義社長が就任した18年以来5年ぶり。LEDやLDといった光半導体事業、電池材料をはじめとした化学品事業それぞれの取り組みを紹介するという構成は同じだが、今回の説明会では大きな変化があった。主力製品であるはずの液晶BLU用への言及がほぼなかったのだ。

 周知のとおり日亜化学は青色LEDのパイオニアであり、海外メーカーの台頭が進むなかにあっても依然として高輝度領域ではトップクラスの地位を維持している。そんな日亜化学のポジションを支えてきたのが、液晶BLUだ。

 自ら発光しない液晶ディスプレーは、背面から光を照射するBLUが必須となる。ノートPCや携帯電話などの薄型ディスプレーのBLUには早くからLEDが用いられ、これらの普及とともにLED市場の成長を牽引してきた。2000年代後半からはもともと冷極陰管(CCFL)が用いられていたテレビなどの大型液晶ディスプレーもLED化が進み、10年以降に普及が進んだスマートフォンにおいても日亜化学の高輝度LEDは用いられ続けてきた。その間、液晶ディスプレー市場では海外メーカーの台頭や携帯電話からスマホへの入れ替わりなどの変化があったが、BLU用LEDにおける日亜化学の地位を脅かすものではなかった。

事業戦略を説明する小川社長
事業戦略を説明する小川社長
 その地盤を揺るがした最大の要因は、液晶から有機ELへのシフトだ。特にトップブランドであるiPhoneが有機EL化を加速した影響は大きく、18年時点ではハイエンドスマホ用に望みをつないでいた日亜化学に再考を促すことになった。小川社長は5月の説明会で今やiPhoneの新モデルが当然のように有機EL搭載となっていることに触れ、スマホ用の液晶BLUに将来性がないと見切りをつけざるを得なかった背景を示唆した。ただし、液晶BLU用もすぐに完全になくなるわけではないため、今後も高輝度で優位性を発揮できる分野への展開は続けていく方針だ。



独インフィニオンと開発したマイクロLEDヘッドライト

 今回の説明会において、日亜化学がフォーカスする分野として打ち出してきたのが車載だ。同社の車載用製品はLEDやLDをはじめ電池材料やモーター用の磁性材料など多岐にわたるが、なかでもLEDは当初の室内照明からヘッドライト、ヘッドアップディスプレー(HUD)などに用途が広がっている。電動化の加速もあって全社売上高に占める車載関連製品の比率は10年度の10%から22年度は57%に拡大し、23年度は61%に伸長する見込みだ。

 車載LEDを用いた新製品として、日亜化学が打ち出してきたのがマイクロLEDを用いたヘッドライト用光源だ。マイクロLEDは近年、ポスト有機ELとしてディスプレーに応用する動きが海外メーカーで活発だが、日亜化学は製造コストに見合う利益を確保できるか分からないとして慎重な姿勢を崩さなかった。その一方で、数年前から独の半導体メーカーのインフィニオンとヘッドライト用光源への適用を目指した開発を行ってきた。

 開発した光源「μPLS」は、約1万6000個のマイクロLEDと駆動制御用のASICを高放熱かつ高信頼のパッケージングにより接合したもの。光の向きを必要に応じて制御できる配光可変ヘッドライト(ADB)に用いられる。ADBは自動車のヘッドライトのハイビーム機能が進化したもので、光を選択的に照射することで歩行者や対向車に眩しさを感じさせることなく必要な場所を照らすことが可能となる。μPLSはマイクロLEDによる高出力かつ高精細な光と高精度制御によって、より緻密な照射を実現する。また、エネルギー効率に優れるのでヘッドライト自体の小型化にも貢献可能という。

μPLS。高精細でNICHIAのロゴを表示できる
μPLS。高精細でNICHIAのロゴを表示できる
 すでに独ポルシェのプレミアム車両への採用が決まっており、23年内に量産化される予定だ。日亜化学はμPLSの特徴を活かし、ADBにおけるリーディングカンパニーを目指す。また、LEDやLDを通じた「光のデジタル化」は安全性のほかにも快適性、環境性など様々な価値を生み出す可能性がある。日亜化学は光のデジタル化によりモビリティー社会に貢献するとし、車載分野における光半導体事業の拡大を目標に定めている。

電池材料は大型投資を計画

 車載関連で今後の拡大を見込む製品に電池材料がある。日亜化学は1990年代からリチウムイオン電池(LiB)用正極材を手がけ、世界トップクラスの地位にある。近年の自動車の電動化加速で需要が急増しており、27年度の出荷量は22年度比で2.5倍となる見込み。その大半が車載用だ。

 ただ、計画どおりに出荷量を伸ばすためには能力が足りておらず、27年度までに数百億円規模の投資を行う。それ以降は既存建屋内の増強では足りなくなるため、正極材生産拠点の辰巳工場(徳島県阿南市)内を候補に新設を検討する。さらに、顧客ニーズとの兼ね合いもあるが、場合によっては欧米での現地生産化もあり得るという。欧米での補助政策により現地生産化が条件になっていることが背景にあるが、実現すれば原則徳島県内での生産にこだわってきた日亜化学にとってモノづくり戦略の転換になるだろう。

 見込み通り事業拡大が進めば、30年度には全社売上高の4割程度が電池材料になるという。だが高い利益率を誇ってきた光半導体と比べ、電池材料は価格競争が激しく利益率の低さが課題となる。利益を伴わずに事業拡大を進めると全社を圧迫しかねないため、今後はいかに収益性を高めながら販売を伸ばしていくかがカギとなりそうだ。

LDや磁性材も車載用にフォーカス

 このほか、LDや磁性材料など車載用にフォーカスした製品の取り組みも紹介された。LDは現在プロジェクター用が主力だが、この技術を応用して車載HUD用に展開を目指す。これまで外部調達していた赤色の内製化も予定しており、RGBすべてを自社製造とする。高出力と使いやすさの両立を図り、採用拡大につなげる。

 また、古河電気工業とレーザー加工で協業している。日亜化学の青色LDと古河電工の赤外LD技術を組み合わせ、銅加工用のハイブリッドレーザー加工機の製品化を進めている。モーターや電池部材の加工で需要増大が見込まれ、ハイブリッドレーザー加工のデファクトスタンダード獲得を目指す。

 磁性材料は電動車のモーター用にSmFeNを展開する。中国への偏在で地政学リスクがあるネオジムを使用せず、豪州や米国などにも埋蔵しているサマリウムを用いている。形状自由度の大きさや耐熱性・耐水性・長期安定性でも優位性がある。さらにはリサイクルも可能で環境性にも優れている。ネオジム系と比べると磁束が劣るのが課題だが、今後研究を進めて対抗していく方針という。

磁性材料は多様な形状が可能
磁性材料は多様な形状が可能
 このほか、横浜研究所では将来に向けた光技術の研究開発に取り組んでいる。既存のものよりさらに高精細化したレーザーを実現し、光通信や精密分光・計測、光格子時計などに展開を目指していく。

 液晶から有機ELへのシフトにより主力ビジネスの喪失に直面した日亜化学は、満を持して投入したマイクロLED応用製品など新たな試みを通じて転換期を乗り切ろうとしている。創立から70年近くもの日亜化学の歴史において、この20年代は後に青色LEDを事業化した90年代に並ぶ変革期であったと語られるかもしれない。

電子デバイス産業新聞 副編集長 中村剛

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