京セラに対する投資家の圧力が強まっている。「物言う株主」として知られる香港のファンド、オアシス・マネジメントがノンコア事業からの撤退やコア事業であるセラミックへの集中を求め、5月に京セラが構造改革を発表しても取り組みが不十分だと不満を表明している。6月の定時株主総会では、オアシスが山口悟郎会長と谷本秀夫社長の取締役選任に反対し、両氏の賛成比率が70%を切る結果となった。京セラで何が起きているのか。
■ファンドが提言で事業再編要求
オアシスは香港に拠点を置くファンドで、投資する企業に対して経営体制の見直し、事業再構築など企業価値向上に向けた施策を積極的に求めることで知られる。最近ではソルダーレジスト大手の太陽ホールディングス(株)の佐藤英志前社長の再任に反対を表明し、佐藤氏の再任否決に影響したとみられている。
京セラの構造改革発表を受け、『より「強い」京セラ』と題した戦略提言を公開した。それによると、オアシスは2015年にも京セラに対して通信機器や太陽光発電事業の見直しを要求したが、受け入れられなかった。その結果、京セラは不必要な損失を計上してきたと批判する。また、京セラの株価がここ10年停滞しており、その原因はROE(自己資本利益率)の低迷にあると指摘。背景には事業多角化があることから、事業の「選択と集中」を求めている。
■苦境に陥った有機基板事業
オアシスが名指しで撤退を要求しているのが有機基板事業だ。有機基板事業はFCBGAやFCCSP、車載多層基板をラインアップし、セラミックパッケージ事業とともに半導体関連部品事業セグメントを構成する。コロナ禍後、半導体市場の活況で半導体関連部品事業は好調が続いてきたが、23年度には有機基板事業が減速してセグメントとしてもマイナス成長に陥る。24年度にはさらに減速し、有機基板事業における減損損失の計上でセグメント損益は278億円の赤字となった。
原因は、有機パッケージ市場における生成AI市場の勃興に対する対応の遅れだ。京セラのFCBGAは主に汎用サーバー向けに用いられているが、生成AI市場の拡大により投資の比重が急速にAIサーバーにシフトする一方、汎用サーバーは減速した。京セラもAIサーバー向けに展開する方向性を打ち出しているが、キャッチアップには時間を要する見通しだ。23年度末の段階では汎用サーバー市場が24年度にある程度回復すると見込んでいたものの、想定に反して大半がAIサーバー向けという状況が続き、業績悪化を招いた。
有機基板の苦戦で半導体関連部品が赤字に
23年5月に発表した中期経営計画において、積極的な増強投資を打ち出していたことも仇となった。中期経営計画では有機基板事業として投資対増産効果2.4倍の長期目標を掲げ、京都綾部工場(京都府綾部市)、鹿児島川内工場(鹿児島県薩摩川内市)で能力を増強するとしていたが、需要減速で利益圧迫を招いた。薩摩川内工場では新棟を建設しているが、需要の落ち込みで稼働を遅らせるとともに生産品目を転換する方針のようだ。
■構造改革打ち出すもファンドから厳しい声
京セラは24年度上期決算段階で有機基板事業の方針転換の必要性を認め、25年5月に構造改革を発表した。まず減損により償却費を減らすとともに、人員の再配置や受注状況に応じたラインの最適化によって固定費削減を図る。生産体制の見直しでは、京都綾部工場で27年度をめどにFCCSPとモジュール基板の生産を終息し、AI関連向けの次世代FCBGAに特化する。また、富山入善工場(富山県入善町)では車載ミリ波など高付加価値の多層基板に特化する。鹿児島川内工場で生産している既存のFCBGAは、28年度に生産を終息する計画だ。これらの構造改革と製品ポートフォリオ見直しにより、25年度の事業黒字化と成長路線への回帰を目指すとしている。
ただ、オアシスは京セラの構造改革に納得せず、有機基板事業そのものからの撤退を求めている。25年度の事業黒字化達成は当面の取り組みでは不十分だということと、投資を抑制しながら競合をキャッチアップするのは現実的でないというのが理由だ。筆者としては、中長期の時間軸での事業立て直しに成算があるのならば、直近の苦戦を理由に即撤退を判断するのは早計と思う。一方、大規模投資の見直しに至る判断の遅れが損失拡大につながったのは否定できない。今後の巻き返し策について外部を納得させる説明は必要だろう。
■電子部品や研究開発にもメス入れ要請
もう1つ、オアシスが名指しで改革を要請しているのが電子部品事業だ。こちらは撤退ではなく、子会社のKAVXを改革により高収益企業に再建せよと訴えている。KAVXは1990年に京セラグループ入りしたAVXが前身で、20年に京セラの完全子会社となった。主力とする欧州自動車や産業機器市場における不振とタイの新工場の稼働低迷により、24年度には電子部品事業として8億円のセグメント損失を計上した。
KAVXは欧米の産業機器、航空宇宙など他の日系電子部品メーカーが得意としていない領域をカバーし、タンタルコンデンサーなど高シェア製品を持つ。オアシスは製品ポートフォリオの見直しとオペレーションのスリム化、拠点統廃合で効率化を図り、KAVXの高収益化を目指すように主張している。この路線に関しては京セラのこれまでの戦略を振り返っても、方向性に大きなずれはないとみられる。
このほか、目立つ提言にGaNとミリ波の研究開発中止がある。どちらも研究開発投資の多くを占めているのに収益化時期が不明確で、投資継続に疑問があるという。京セラは様々な研究開発を行っているが、GaNの場合は光を用いた無線通信技術などが挙げられる。将来に芽吹く可能性があるこれらを一概にノンコアと断じて中断するのは賛同しかねる。ただ、具体的なゴールが見えないまま延々と投資を続けることに対して疑問が出るのは当然であり、事業化の見通しやビジネスモデルといった出口戦略について外部に説明していく必要性はあると感じる。
■京セラは「外圧」にどう対峙するか
オアシスはノンコア事業の売却、撤退を通じて生じたリソースを電動車や半導体製造装置用セラミック部品などに振り向け、未開拓分野を強化して成長を図るべきと主張する。電子部品に関しても、M&Aにより競争力強化を図る余地があるという。
オアシスの要求の高まりは、京セラがこれまで事業ポートフォリオの見直しに消極的であったことを背景とする。セラミック部品や電子部品のほか、通信機器や複合機など多彩な事業を手がけるが、オアシスはこれを「戦略なき多角化」と批判する。拡大した事業の見直しに消極的なために、低収益事業が全社の利益を圧迫する構図になっているという。
これは、創業者である稲森和夫氏が提唱した「アメーバ経営」に根差す。各事業を独立採算で運営する小集団に分け、各集団が収益を追求することで全体の収益性向上を図っていくものだ。ただ、この手法は各アメーバの発言力を強くし、相互の利害が対立した際の調整や事業再編を難しくすることは、筆者もかねて感じていた。
オアシスはアメーバ経営を否定していない。逆に、損失を生む事業を見直さない現在の京セラはアメーバ経営の本質から逸脱していると批判している。提言が稲盛氏の経営哲学を否定するものではないというメッセージとみられるが、稲盛氏の薫陶を受けてきたことを誇りとする京セラ経営陣への痛烈な皮肉でもある。
京セラは圧力を受けつつも、大規模な事業再編にはなおも否定的だろう。一方、株主総会における会長、社長への信認の低下は投資家の不信感の高まりを示唆する。京セラが外圧を退け主導権を握り続けるには、現状の事業ポートフォリオを維持してどう全社の成長を実現するかという方向性の説明と、何より目下の構造改革で確実に結果を出すことが求められる。
電子デバイス産業新聞 副編集長 中村 剛