電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第490回

いつ決まる? IT用有機ELへの大型投資


ガラスサイズはG8.7ハーフ

2023/2/10

有機ELはIT市場を席捲できるか(写真はSDCのノートPC用有機EL)
有機ELはIT市場を席捲できるか
(写真はSDCのノートPC用有機EL)
 リーマン・ショック時を上回る不況で、増産計画が相次いで凍結・延期となっているFPD業界だが、そうしたなかにあっても「戦略投資案件」として投資が進むと目されているテーマの1つが、タブレットやパソコンに搭載される「IT用有機EL」の量産投資だ。G8ガラス基板を用いたRGB塗り分け方式での量産を韓国のサムスンディスプレー(SDC)とLGディスプレー(LGD)、中国のBOEが計画中で、なかでもSDCとLGDは2024年下期~25年初頭にかけて量産を開始すると予想されているが、装置の発注時期や試作のスケジュールは未定のままだ。現状をまとめてみた。

量産プロセスはG8.7Hに決定

 RGB塗り分け方式の有機ELを現状のG6からG8へ大型化する取り組みは、アップルがiPadやMacbookに24~25年に有機ELを搭載し始めるという製品戦略をもとに具体化した。このパネルは、ガラス基板にRGB有機EL発光層を蒸着し、これを薄膜で封止するという、フレキシブル型とリジッド型のハイブリッド構造になるといわれている。加えて、パネルの高輝度化や長寿命化を図るため、発光層を2層備えたタンデム型になる公算が大きい。

 当初はG8.5でのライン設計が検討されたが、アップルが求めるパネルサイズを広くカバーできるサイズとして、ガラスサイズはG8.7に変更された。また、SDCは当初、蒸着プロセスをG8.7のフルサイズ(G8.7F=2300×2700mm)で、しかも、現在主流の水平蒸着ではなく縦型蒸着で行う研究を先行してきたが、現在はG8.7のハーフサイズ(G8.7H=1350×2300mm)の水平型で量産をまず立ち上げることに決めた。これは、顧客であるアップルへの供給を優先した決断だとみられ、超えるべき技術ハードルがさらに高いG8.7F縦型は次世代プロセスとして研究を継続するかたちにしたようだ。

SDCがG8量産を急ぐ理由

 SDCがG8.7Hで量産を急ぐのは、アップルの要望に応えるためだけではない。

 他の理由の1つに、現在のキャッシュカウである「スマートフォン用フレキシブル有機ELのシェアが今後低下する可能性が高い」ことが挙げられる。SDCは、製造歩留まりの高さからスマホ用フレキシブル有機EL市場で長く独占的地位を維持し、22年もiPhone新モデル向けの供給シェアで70%強を維持したものとみられる。

 だが、新たなサプライヤーとして近年参入したBOEが徐々に生産プロセスに習熟して歩留まりを高めており、調査会社OMDIAの見立てによると、23年にはBOEがLGDを抜いてiPhone向け供給量でSDCに次ぐ2位に上がる見通しだ。iPhone向けの調達比率がSDC、BOE、LGDの3社で今後どう振り分けられるのかは不透明だが、SDCは昨年までのようにiPhone向けで収益を上げるのが年々難しくなるはず。ひょっとすると、iPhone向けの売り上げは22年がピークなのかもしれない。SDCにとっては、iPhone向けに次ぐキャッシュカウが必要不可欠なのだ。

 また、リジッド有機ELの専用ラインであるA2の「稼働率向上と脱スマホ戦略」を進めていることも理由の1つとなる。リジッド有機ELは、これまで主にスマホ用に供給し、ゲーム機用、タブレット用、ノートPC用にも供給先を広げ、生産するパネルのサイズを徐々に大型化しながらA2ラインの稼働率の維持・向上に努めてきた。だが、主要供給先であった中国スマホブランドが22年に失速。加えて、スマホ向けではフレキシブル有機ELの搭載比率が上がり、リジッド有機ELへの引き合い減少が顕著になってきた。SDCにとっては、できるだけ早期にIT用有機EL市場を形成し、そこでの競争優位をいち早く固める必要があるといえる。

LGDはタンデム型の量産実績アリ

 一方、もともとアップル向けIT用を想定してG8.7Hでの量産を検討してきたLGDは、急激な収益の悪化で投資資金の捻出に苦心している。22年10~12月期は、営業損失、純損失が過去最大規模となり、財務の立て直しに向けて、23年の設備投資額を最低限の3兆ウォンに引き下げること(22年実績は5.2兆ウォン)、顧客から受注済みの案件(受注生産)の比率を高めることなどを決めた。そうした状況下でも、戦略案件であるIT用有機ELの量産投資は計画的に進めるとみられるが、SDCと比べると、資金面でのハードルははるかに高い。

 ただ、SDCより先行しているところもある。それはタンデム型の量産経験だ。LGDは車載用有機ELをタンデム型で量産供給しており、量産実績がないといわれるSDCより一歩先を行っている。22年10~12月期の決算会見では「IT用有機ELは24年から本格量産を予定」と述べており、全社の方針である「事業の有機ELシフト」をさらに加速していくため、SDCからそう大きく遅れることなく、IT用有機ELの量産投資を進めることになるのではないか。

関連分野では量産準備進む

 関連分野では、すでにG8.7Hでの量産に向けた投資が進んでいる。

 大日本印刷(DNP)は22年11月、G8ガラスに対応した蒸着用ファインメタルマスク(FMM)を生産するため、北九州市の黒崎工場内に生産ラインを新設すると発表した。投資額は200億円。24年上期に稼働を開始し、生産能力を現有の2倍以上に引き上げる。生産を終了した液晶カラーフィルターの工場建屋を活用して投資効率を向上。主要生産拠点の三原工場をバックアップし、BCP対応の強化も図る。

 また、マスク描画装置大手のマイクロニックは22年12月、有機EL用FMMを製造できる「FPS10 Evo」を初受注した。FPS10 Evoは、G8工場で必要とされるFMMの大型化を可能にし、より大型の有機ELをコスト効率良く生産することができる。受注額は900万~1200万ドルで、24年10~12月期に納入予定だ。

 さらに、蒸着装置大手のキヤノンは、1月末の決算発表でFPD装置の23年見通しに関して以下のように説明した。「FPD露光装置は、FPDメーカーがITパネルの生産方法について検討を行っている段階であるため、23年は一時的に販売台数が減少するが、24年以降は需要の増加が期待できる。また、蒸着装置については、年内に生産を開始するITパネル向け装置の一部売り上げが23年から見込まれており、増収となる見通しだ」

 こうした状況を鑑みれば、SDCやLGDが装置の発注に動くのは、そう遠くではないだろう。G8.7Hによる量産の技術的ハードルは高く、バックプレーンなどにおいてもクリアすべき課題はまだ多いのだろうが、計画が固まれば今後のFPD装置需要を牽引しうる大型案件になるだけに、その実現を楽しみに待ちたい。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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