電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第474回

シリコン量子コンピューターは日本にも勝機


半導体材料・製造装置メーカーに大きなチャンス

2022/10/14

 量子コンピューターの開発競争が激化するなか、世界では商用化を見据え、“小型で量産可能な”量子コンピューターの研究が盛んに行われている。その1つが、シリコン半導体プロセスを活用して製造される“シリコン量子コンピューター”だ。量子コンピューターの基本素子である量子ビットを、半導体製造技術によってシリコン中に生成するハード方式である。

 日本では、超電導型量子ビットを用いた量子コンピューターが注目されることが多く、それに比べて、シリコン量子コンピューターの知名度はまだ低い。しかし、「グローバルではインテルやTSMCが参入しているほか、全世界でベンチャー企業も続々と立ち上がっており、とても伸びている方式の量子コンピューターだ」(量子コンピューター企業関係者)という。

 シリコン量子コンピューターの利点の1つは、現在主流となっている超電導型に比べて、必要とする冷却温度が高いことだ。巨大な冷却機を必要としないポテンシャルを有しており、将来的には、大規模量子コンピューターでも、データセンターほどのスペースに設置できると期待されている。もちろんそれに伴い、電力やコストも大幅に抑えることができる。

 さらに、日本企業にとっても大きな利点となるのが、前述したように、既存の半導体プロセスを用いて量子チップを製造できる点だ。インテルが、既存の標準プロセスを用いてシリコン量子コンピューターの開発に取り組んでいるように、半導体関連企業が今ある知見を活かして、シームレスに量子コンピューター事業に参入することができる。日本の半導体関連企業にとって、ゼロベースから超電導型に参入することに比べれば、シリコン量子コンピューターへの参入ハードルは比較的低いと言えるだろう。また、成熟している微細化技術を活用できることから、多量子ビット化すると装置も大きくなってしまう超電導型に比べ、集積化にも適しているとされる。

 一方、実用化に向けては、量子ビットの量と質の双方でのブレークスルーが不可欠で、必要となる要素技術は、量子時間の保持のためのノイズ低減技術、エラー訂正技術、極低温CMOS回路技術(クライオCMOS)など多岐にわたる。世界的に見ても、シリコン量子コンピューターのスケーリングはいまだ数量子ビットにとどまっているなか、日本でも様々な機関が世界的な競争力を保ちながら研究開発を進めている。

内閣府がムーンショット型研究開発事業をスタート

 2020年より、内閣府が主導する「ムーンショット型研究開発事業」の中で、大規模集積シリコン量子コンピューターの実現に向けたプロジェクトが開始。プロジェクトマネージャーを務めるのは、日立製作所研究開発グループ 基礎研究センタ主管研究長の水野弘之氏だ。神戸大学、東京工業大学、理化学研究所が参画し、50年に汎用量子コンピューターを実現することを目指して、量子コンピューティングシステム、高温動作可能な量子ビット、極低温回路・実装技術要素技術、小規模回路での量子演算など、要素技術の研究開発を行っている。

 22年1月には、理化学研究所の研究チームが、シリコン量子ビットの高精度なユニバーサル操作を成功させた。シリコン量子コンピューターが、超電導、イオントラップと並ぶ操作忠実度を有することを初めて実証した、シリコン量子コンピューターのエラー訂正技術の指針となる大きな成果だ。また、22年8月には、シリコン量子ビットで3量子ビットゲート操作およびエラー訂正の実証に世界で初めて成功。これらの技術により、少数のシリコン量子ビットの制御に関する技術が確立しつつあるとしており、大規模化への着実な進歩がうかがえる。

産総研はアジア初の低温プローバーを導入

 産総研では、19年に10ケルビンで動作可能なスピン量子ビットの開発に成功するなど、早期からシリコン量子ビットに関する研究開発に取り組んできた。クライオCMOSの開発にも注力しており、22年6月には、4ケルビンで動作可能な量子ビットの読み出し向け電流計測回路を開発した。これにより、極低温化にある量子ビット近傍へ回路を配置することが可能になり、エラー訂正に必須となる高速な量子ビットの状態読み出しができるようになるという。

産総研は独自でシリコン量子ビットの試作を行う
産総研は独自でシリコン量子ビットの試作を行う
 また、22年2月には、量子コンピューター向けデバイス開発を加速させるべく、300mmウエハー用極低温オートプローバー装置を導入している。世界では、インテル、フランスの電子情報技術研究所に次ぐ3番目の導入となるという。インテルが主導し、フィンランドのBluefors社およびAFORE社が共同で開発した「Cryogenic Wafer Prober」と呼ばれる装置だ。世界で初めて、300mmウエハーをそのまま2ケルビン以下の極低温に冷却したうえで、ウエハー上の複数の素子の自動連続装置を実現したという。19年から導入を計画し、22年8月、約3年の準備期間を経て、本格運用を開始した。当面は、クライオCMOSの基本素子であるトランジスタの極低温特性評価に活用し、将来的には量子ビット開発への応用も視野に入れているという。

日本の半導体材料・装置メーカーに参入チャンス

 シリコン量子コンピューターは、基本的には半導体量子コンピューターは既存の半導体プロセスを使って作ることができる。しかし、高性能化のためには、よりシリコン量子ビット向けの半導体材料や製造装置が必要になるという。シリコン量子コンピューター開発に携わる関係者は、「半導体材料・製造装置メーカーにとって、シリコン量子コンピューターの性能を向上させるためにはどのようにアプローチすればよいのか、非常に明確にイメージしやすいようだ。超電導型では手探り状態であったが、シリコン型であれば、自社の強みを活かしたまま量子コンピューターに参入できる材料・装置メーカーもあるだろう」と述べる。

 日本は、半導体材料・装置技術に強みを持つことから、シリコン量子コンピューターの高性能化を目指した開発に強いと言える。高性能化は事業化に直結する。シリコン量子コンピューターの開発および事業化において、日本がトップランナーとなること、日本の材料・装置メーカーが強みを活かし、シリコン量子コンピューターの核となる技術を世界に提供する将来に期待したい。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 有馬明日香

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