電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第466回

拡大続くタイミングデバイス市場、「水晶vs MEMS」鮮明に


日系水晶デバイス各社が積極的な増産投資敢行

2022/8/19

 昨秋、電子デバイス産業新聞では連載企画「水晶デバイスの進化に迫る!」(2021年10月14日号~11月18日号)を掲載し、水晶デバイス主要各社へ取材をさせていただいた。5G通信による高周波化、自動車の電動化、IoT進化に伴う用途展開の多様化に伴い、高精度な周波数制御、タイミング合わせに最適な規則正しい基準信号制御など、そのニーズの高まり、水晶デバイスの存在感が増していることを報道した。

 その連載終了後から現在に至るまでの間に、この「タイミングデバイス」を巡り、水晶デバイス各社の増強投資のアナウンス、そしてMEMSベースのタイミングデバイス陣営も技術改善を重ねながらいよいよ本格攻勢に打って出てきていることをキャッチする機会を得た。今回は、前回の同連載企画からのアップデートに匹敵する最新動向を中心に追いかけながら、タイミングデバイス市場の今を俯瞰してみる。

高付加価値分野へ裾野拡大

 まず「タイミングデバイス」とは何か、ということであるが、あらゆる電子機器の電子回路が混乱なく機能し続けるために基準となる、一定間隔で安定した「クロック信号」を創出するデバイスである。そのタイミングデバイスの主役の座を長年にわたり担っているのが「水晶デバイス」であり、その主力メーカーには日本の企業群が名を連ねる。たとえば、前述の連載取材でお世話になった日本電波工業、大真空、リバーエレテック、セイコーエプソンに加え、小型精密時計を生業とするシチズンファインデバイスや、電子部品大手の村田製作所、京セラなどが手がけている。


 用途も実に多彩だ。当初は時計用が王道だったが、その後、モバイル用途などボリュームゾーンにも拡大。そして最近では、自動車の電装化、ADAS(先進運転支援システム)/AD(自動運転)などに向けた電動車への搭載、拡大するデータセンター需要に伴うサーバー内部やデータセンター間接続用光コネクターへの搭載、5G基地局や5Gスマートフォン、ワイヤレスイヤホン、ウエアラブル端末、バッテリーマネジメントシステムへの搭載、各種IoT、航空宇宙など、高付加価値が求められる用途へとその裾野は広がり続けている。

EVなど電動車へタイミングデバイス員数増
EVなど電動車へタイミングデバイス員数増
 例えば、同連載時の情報では、自動車1台あたりの水晶デバイス採用部品点数は高級車で70~100個、一般乗用車で30~40個、軽自動車など小型車で20個とその搭載数は増加し続けている。さらに自動運転に向けて、車載用LiDAR、車車間通信などのV2X(Vehicle to X)へとさらなる員数増が確実視されている。この車載でのタイミングデバイス増加要因について、ECU搭載数の増加およびECU自体の高度化を挙げる声もある。また、5Gなどでも4Gに比べて10倍以上のタイミングデバイスを要するほか、宇宙航空では衛星数の増加に伴って現状比8倍へ増加する可能性があるとの予想が聞かれるなど、今後、需要増になることは間違いないと言えるだろう。

日本勢は「フォトリソ加工法」で差別化

 その水晶ベースのタイミングデバイスには、大別して主に「水晶振動子」、「水晶発振器(水晶振動子+発振回路(IC))」がある(以下、詳細は同連載参照)。水晶振動子では、日本は製造技術で先行。半導体のフォトリソグラフィー技術を応用展開する「フォトリソ加工法」という製造手法を駆使できるのは、今のところ日本の主力製造メーカー複数社のみに限られており、海外勢との差別化要因になっている。詳細は同連載で報道済みのため割愛するが、製品精度の差別化要素となる種水晶のグレードから各社各様に独自性を発揮し、水晶インゴット育成から製品化まで内製で手がけている。特性ばらつきのない高精度・高品質な製品製造を実現できている所以である。

 なお、水晶発振器用の発振回路(IC)は専門メーカーとパートナーシップを締結し、調達する事例が多い。ただし、同連載取材を通じ、セイコーエプソンは水晶振動子および発振回路(IC)も内製で手がけており、それが強みでもあることを知った。

 話は脱線するが、この水晶発振器用の発振回路(IC)を製造・外販しているメーカーは限られているようだ。そのため、まさにそのIC製造・外販を担えるメーカーの1つに位置づけられる旭化成エレクトロニクスの宮城県延岡市にある半導体工場が20年10月に火災事故に見舞われた際は、水晶発振器を手がける各社に衝撃が走っていたことが思い出される。

日本電波工業は3年間で総額115億円投資

 さて、この水晶振動子の主力メーカーでは、2022年に入り増強投資のニュースが相次いでいる。少なくとも筆者が入手している情報の範囲だけでも、日本電波工業、大真空、リバーエレテックで増強投資に関するアップデート情報を得ている。

 まず、フォトリソ加工法の量産ベースで最大サイズ4インチで歩留りよく先行している日本電波工業では、2022年春に公表した「新中期経営計画」(22~24年度)で、成長投資フェーズに舵を切ることを明確にし、3年間で総額115億円を投じる予定であることを公表した。この投資戦略では、同115億円のうち増産投資に54億円(車載向け37億円、移動帯通信向け16億円)、研究開発投資に21億円を振り向ける計画だ。

 なお、同社では当面は大口径化よりも4インチをさらに極めていく方向性を前提としている。増産投資対象の車載向けの生産を担うのは、主力である中国・蘇州工場、そしてマレーシア、古川、函館。移動体通信向けは先端品を函館NDKが担い、フォトリソブランク製造は狭山事業所が担っている。5G本格化に伴う需要増に向けて、小型・高周波領域の先端製品開発を強化していく方針だ。

 さらにポスト5Gでも先行。経済産業省、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業に参画し、時刻同期技術で情報通信研究機構、東京大学、東北大学、広島大学とともに研究開発を推進中だ。同社はデジタル制御水晶発振器を開発し、22年度に情報通信研究機構と共同で時刻同期無線通信の装置化実施を予定している。

大真空は徳島で増強、リバーエレテックは毎年約15%増強

 次いで、増強投資で注目されるのは、同様に独自の「フォトリソ加工法」を確立し、積極展開を図っている大真空だ。22年6月、徳島事業所(徳島県吉野川市、敷地面積8万8000m²)のフォトリソ工程用クリーンルームを約900m²増床し、6月から量産を開始したことを公表した。既存のフォトリソ加工拠点である鳥取事業所(鳥取市)と合わせて、同社のフォトリソタイプ水晶片の生産量は従来比約2倍へと高まった。

 同社ではさらに第2期クリーンルーム拡張も視野に入れており、今後も増強に向けた量産設備導入を計画しているもよう。今回増床した徳島事業所のクリーンルームには4インチウエハー対応設備を導入しており、3インチウエハーと比較し、水晶片の生産量は約1.7倍に高まったようだ。また、同設備は6インチウエハーにも対応可能な仕様だといい、6インチウエハーであれば取れ数は4インチウエハーの約2倍が見込めるという。高周波/低周波ともにフォトリソタイプの水晶振動子需要が旺盛なため、当面は水晶振動子を中心に能力増強分を振り向けていくことになると見られる。

 一方、コンスタントに増強投資を遂行中なのがリバーエレテックだ。22~24年度の3年間で総投資額約30億円を計画しており、年間10億円前後を投じていく方向性を示唆している。音叉型水晶振動子の需給逼迫への対応を目的に、主力製造拠点である子会社の青森リバーテクノに生産ラインを増設して毎年度15%程度の増強を予定している。バッテリー駆動のIoTモジュールが増加傾向にあることが音叉型水晶振動子需要を押し上げているようだ。

車載向けへ進む技術革新

 最近の新製品動向では、車載向けのアナウンスメントが目立つ。たとえばセイコーエプソンからは、動作温度を最大125℃対応まで高めたデジタル温度補償水晶発振器(DTCXO)内蔵の車載用途向けリアルタイムクロックモジュール新製品(21年12月発表)、そして170MHzまでの高出力周波数対応で従来品比周波数許容偏差で2分の1、位相ジッタで約25分の1以下の高精度・低ジッタ特性を有した車載用途向けCMOS出力水晶発振器新製品(2.0×1.6mm対応/面積比64%・体積比55%の小型化品)(22年5月発表)が登場。同様に、日本電波工業の直近7月の発表でも、2.0×1.6mmサイズ(高さ0.8mm)で動作温度最大125℃、かつ100MHzの高周波出力対応のTCXO(温度補償水晶発振器)新製品がアナウンスされた。LiDARやRadarを用いた距離測定などAD/ADAS関連用途では、高い無線周波数もしくは高速動作を取り扱い、パルス信号でのToF(Time of Flight)やFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式に用いる基準クロック、GNSS(Global Navigation Satellite System)からの信号受信や各種無線通信の基準クロックには100MHz帯の周波数安定の高いTCXO、かつ小型化を要することが背景にあるようだ。

車載向け日本電波工業製新TCXO
車載向け日本電波工業製新TCXO
 また、リバーエレテックでは、最大200℃対応のGTカット水晶発振器へ自動車関連からの反応が多いことなども訪問取材の折にお聞きした。これらの新製品の共通事項から、車載向けでは最大温度範囲が125℃へ高まってきたこと、100MHz以上の高周波出力対応が求められていること、2.0×1.6mmサイズの小型化ニーズがAD/ADASへ高まっていることなどが見えてくる。

MEMSタイミングデバイスも進化

 一方、MEMSベースのタイミングデバイスの技術進化も目覚ましい。MEMSベースのタイミングデバイス市場で世界シェア9割超を有し、累計出荷数25億個を誇る米SiTimeの歩みから、その動向が読み取れる。

 2008年に水晶デバイス量産を開始した時点では、水晶発振器各社に後塵を拝していたとする同社。しかしその後、独自の技術改善を重ね、2013年頃から技術的に追いつき、現在ではトップ性能では追い抜くレベル感に到達できている、と自信を見せる。顧客数も2019年の5000社から21年には1.5万社、25年には5万社へ高めていく目標を掲げている。

 製造工程では、垂直統合・内製型の水晶陣営とは異なり、水平分業の半導体サプライチェーンを活用(MEMS振動子はボッシュ、アナログ回路はTSMC、後工程はタイのUTAC、台湾のASE、マレーシアのCarsemなど)。これにより、MEMSウエハー9種類、CMOSウエハー19種類、パッケージ22種類を組合わせて125のベースプロダクトを作り、電源電圧、温度範囲、出力タイプなど様々な要素をプログラマブルに取り入れて最終的に4万のベースパートナンバーを幅広い用途へ出荷することを可能にしている。高性能・耐環境性能を武器とする発振器やクロックICの付加価値で訴求して拡販していく戦略に打って出ており、先々は振動子の市場投入も視野に入れる。歴史的変遷をたどれば、真空管、HDD、照明などが半導体化して成長を続けているように、水晶もタイミングデバイスもシリコン化する未来を同社ではイメージしている。

 また、22年に入ってからの取材活動の中で、村田製作所も32kHz帯のコンシューマーグレードに特化したMEMS振動子を展開していることを知る機会があった。同社の展開するMEMS振動子は、圧電効果型MEMSにより、ICを不要としながら水晶振動子同様に扱うことができることなどを利点としている。0.6×0.9mmと超小型、半導体パッケージ内実装、シリコン材料の工夫で温度特性も良好、かつESR75kΩ、消費電流100.9nAを実現するなど水晶振動子と互角、場合によってはそれを上回る性能を実現している。このように、MEMSベースのタイミングデバイスも技術改善を重ね、着実に進化していることがうかがえる。

 今回は電子デバイス産業新聞の同連載からのアップデート部分に焦点を絞ってまとめてみたが、この1年足らずの間だけでも、これだけの進化が目まぐるしく繰り広げられていることが実感される。今のところ、水晶ベースのタイミングデバイスを展開する各社からは、「MEMS陣営との市場バッティングはほとんどない」との発言を得ているが、前述のとおりMEMS陣営も本格勝負に挑もうとしている。今後、ますます高精度・高信頼なタイミングデバイス需要拡大が見込まれる中、日本勢を中心とする水晶デバイスメーカー各社、MEMSベースで勝負を挑むタイミングデバイスメーカー各社の果たす役割は高まり続けていくだろう。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 高澤里美

サイト内検索