電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第465回

米国が考える対中半導体規制の次の一手


有力対象は国産メモリーメーカー、液浸露光装置、7nm製造あたりか

2022/8/12

台湾巡って米中が再び緊張関係

 米国の正副大統領に次ぐナンバー3の座にあるペロシ米下院議長が8月2日に台湾を訪問し、その翌日に蔡英文総統と会談した。ペロシ氏は「米国は台湾への関与を放棄するつもりはない」、「米国は世界の民主主義を守るために力を尽くす」と述べた一方で、蔡氏は「台湾は自衛力を高め、断固として国家主権を守る」と語った。

 会見では「台湾海峡の平和と安定を守るために努力する」と強調したが、実際は今回のペロシ氏の訪台により、台湾海峡の緊張度は一気に上昇した。中国は軍用機や艦船を派遣して8月2日夜から台湾周辺で演習や実弾射撃を実施し、米国は周辺海域に海軍の空母打撃群を派遣した。これを受け、8月2日の台湾株式市場は大荒れとなり、TSMCの株価は2.4%安、UMCは3%安、パワーチップは4.1%安へと落ち込んだ。

 米ホワイトハウスのカービー戦略広報調整官は8月3日、「ペロシ議長の台湾訪問は、米国の長年にわたる『一つの中国』政策と完全に一致している。米国は台湾の独立を支持しない」と発表した。しかし、米国は言っていることとやっていることが矛盾しているようにも見えないこともない。実際に中国は反発を強め、王毅外相は8月3日、「米国はいわゆる『民主主義』を口実に、中国の主権を侵害する行為を行っている。火遊びする者に決して良い結末はなく、我が中華を犯すものは必ず罰せられる」と強く抗議した。

SMICの次を匂わせる中国の半導体企業制裁の噂

 遡ること3カ月前、5月9日に米国のWebメディアが「The U.S.Weighs a Broader Crackdown on Chinese Chipmakers」という記事を発表した。日本語訳では、「米国は中国の半導体メーカーに対し、より広範な攻撃を検討している」という見出しになる。記事を読むと、「米商務省は、米国企業が先端ICの製造装置を中国企業へ輸出することを禁止させようと検討している」とか、「新たな制裁の可能性として、華虹半導体やCXMT、YMTCなどが対象」と書かれている。

 これまでに制裁対象になった中国の半導体企業はJHICCとSMICの2社だ。JHICCはDRAMの量産工場を立ち上げ始めた矢先に制裁を受け、米国の装置メーカーは制裁翌日には立ち上げ作業を途中で中断してJHICCから退去した(その結果、量産ラインが立ち上がらず、厳しい事態に陥った)。SMICは世界の最先端から2世代遅れの10nm対応の装置の輸入を禁じられた(これまでは、2世代遅れの半導体技術は中国でビジネスしてもよいと捉えられていた)。その他の装置でも米商務省の事前承認がなくては輸入できなくなり、SMICは思うように工場を増強できなくなった。

対中半導体企業の制裁関連ニュース(5月9日)
対中半導体企業の制裁関連ニュース(5月9日)
 SMICとほぼ同じ技術水準でファンドリー(半導体の受託製造)ビジネスを展開している華虹半導体(工場は上海市と江蘇省無錫市)や、メモリーの量産化に成功したYMTC(長江存儲科技、3D-NAND製造、湖北省武漢市)とCXMT(長シン存儲科技、DRAM製造、安徽省合肥市)は米国制裁を警戒して、入れられるうちに製造装置をどんどん導入してしまおうと、この3年間くらい急ピッチで能力増強を進めてきた。今後も長期的に積極的な導入スタンスでいるが、YMTCの場合は「今年(22年)立ち上げ中の192層品の量産が始まったら米国の制裁対象になるのではないか」という憶測情報が流れている。華虹半導体は子会社のホワリー(華力微電子)は「SMICと同レベルの微細化技術を保有しており、汎用品のメモリーより軍事応用の幅が広いロジック半導体の方が米国に狙われる可能性が高い」など様々な噂が飛び交っている。

先端露光機を禁輸、微細化封じ込め

 7月初旬には「米国が蘭ASMLに対して中国市場向けにDUV露光装置の販売禁止を求めていた」、「日本にも同様の圧力があった」という記事が報じられた。現状、最先端および準最先端プロセスで使われる露光装置はASML1社のみが供給している。

 最先端露光機のEUV露光装置は、ワッセナー条約(Wassenaar Arrangement)で中国への輸出が禁じられている。冷戦の終結により対共産圏への戦略物資輸出規制を目的にした対共産圏輸出統制委員会(ココム)が役割を終え、その2~3年後に通常兵器や関連汎用技術の輸出規制としてワッセナー条約が42カ国で調印された。その輸出規制国に中国が入っている。

 今回の対中制裁候補に上がったDUV露光機は、具体的にはEUVに次ぐ先端技術となるArF(液浸)露光装置(DUV=深紫外線を使用)と考えられる。通常のArF露光装置は130~65nmの微細化に対応するのに対し、液浸技術を使ったArF露光装置は55~22nmをカバーする。さらに、複数回の露光(パターニング)を繰り返すことで、7nmまでの微細化に対応することができる。

 EUV露光機でないと不可能な5nm以下は無理としても、7nmまでの露光が可能になれば、先端のCPUやアプリケーションプロセッサー(AP)、通信系ICが製造できる。現状、7nmや5nmの先端品はTSMCの独壇場となっており、中国には量産できる半導体工場がない。中国としては、EUVは無理でもArFの液浸露光装置は何がなんでも獲得したい。

 米国政府からの輸出禁止の圧力があったものの、オランダ政府はこれを拒否。ASMLはまだ中国に輸出することができている。しかし、米国は22年後半の米中貿易交渉や中間選挙前に実施したい米中トップ会談(7月末のネット会談でなく、直接対面による会談)のタイミングを模索しており、その際の外交交渉を有利に進めるカードとして、中国の半導体業界向けの圧力を強めてくる可能性が考えられる。

露光工程おけるArF液浸露光の対応レンジ
露光工程おけるArF液浸露光の対応レンジ

過度な対中制裁、米国への忖度は要注意

 中国政府は21年6月、「反外国制裁法」を成立させた。2019年以降、米国やカナダ、英国などの国々がウイグル人権問題、香港民主化問題などを理由に、中国の個人やエンティティー(主体)に対する制裁を増加させた。これを受け、中国政府は対中制裁の決定・制定・実施に関与した個人および企業や団体などに対して対抗措置を講じる手段を法制化。米国の対中制裁に準拠した行為を行った外国企業に対し、中国政府は報復することができるようになった。今のところ、外国企業が「反外国制裁法」の適用を受けた事例は確認されていないが、米国の対中企業制裁に容易に加担させないようにする抑止力の効果は高い。

 例えば、米国はSMICに対して10nm対応の装置の輸入禁止と14nm以上の装置の事前認可(個別申請)を要求している。これに則って14nmの装置を中国に輸出しないでいると、中国政府から米国制裁への加担企業のレッテルを貼られる可能性があるということだ。「反外国制裁法」の罰則規定では、中国への渡航の禁止や中国国内の資産没収、現地での営業活動の禁止などが挙げられている。さらには、「その他の必要な措置」と書かれているため、ある意味では罰則の上限がないとも考えられる。同盟国の日本が米国の意向を完全に無視するわけにはいかないだろうが、過度な忖度や安易なリスク回避は逆に中国からの報復に気をつけなくてはならない。

 ASMLの場合、米国の圧力に同調してArF液浸露光機の対中輸出をストップしたら、この法律を適用される最初のケースになるかもしれない。過度の対中制裁や米国への忖度は要注意だ。これまでの米国の対中EL制裁案件を集計すると、10~12月に制裁を発動していることが最も多い。これから22年後半にかけて、米国の対中ハイテク制裁の動きに目を光らせておく必要があるだろう。

「反外国制裁法」の運用パターン例
「反外国制裁法」の運用パターン例

電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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