スマホ依存体質から脱却、車載事業を4割に
6月22日、都内にて(株)ジャパンディスプレイ(JDI)の技術説明会「METAGROTH 2026」が開催された。先に発表された新しい有機ELディスプレー技術の「eLEAP」、新しい酸化物TFTの「HMO(High Mobility Oxide)」、「UHMO(Ultra High Mobility Oxide)」を中心に、今後同社が業績拡大の柱としていく製品、技術が披露された。代表執行役員会長CEOのスコット・キャロン氏は「JDIは日本の(ディスプレー)技術の集大成と言える企業。世界初、世界一を提供することで社会貢献していく」と胸を張った。
同社は、2017年に着手した構造改革を進める中で、スマートフォンに大きく依存した経営体質の改善に注力してきたが、20年度の売上高はスマホ比率がおよそ6割を占め、依存脱却への道筋がなかなか見えてこなかった。しかし、21年度は4割程度にまで低減。22年度はさらに減少し、2割強になる見通しだ。23年度以降のスマホ比率は10%以下を計画しており、これに代わり高収益で今後の中心となる車載事業が4割以上を占めるようになる。
車載事業は、売上高全体の40%前後にする計画で、26年度には、新しい有機ELディスプレーのeLEAPが約5%を占める見通しだ。車載ディスプレーにおける有機ELの採用は、焼き付きなどの課題があるものの、漆黒が表現できるコントラストの高さとデザインの自由度から根強い人気があり、課題をクリアできるeLEAPにはすでに引き合いがあるという。25~26年での搭載を目指しており、26年度の業績に寄与させると見られる。
以下では、同社が3~4月にかけて発表した新技術のeLEAP、HMO/UHMOについて述べる。キャロン氏が世界初、世界一と自信を見せる新技術はまさにエポックメーキングと呼ぶにふさわしく、今後様々な新製品に採用するとともに、海外パネルメーカーへのライセンス供与なども積極的に進めていく。ライセンスでは、26年度に3桁億円の売上高を目指すという。
開口率60%の新有機EL「eLEAP」
eLEAPでは、現在主流の方法であるFMM(ファインメタルマスク)を蒸着工程で用いてRGB(赤・緑・青)の発光素子を形成するのではなく、マスクレスで蒸着し、フォトリソグラフィーで各色素子を形成する。これにより、開口率を60%(従来品開口率28%)まで高めることができ、2倍以上の高輝度化を達成した。従来と同じ電流密度で使用すると、ピーク輝度を2倍に明るくすることができ、逆に輝度が同じであれば、電流を下げられることから画素にかかる負荷が小さくなり、寿命を3倍にすることが可能だ。
製造方法は、まず一色目の発光素子をガラス基板全面に形成する。その後、フォトリソでパターニングし、発光素子となる部分だけを残して除去する。次に、2色目の素子を一色目の上から基板全面に形成し、フォトリソでパターニングして、不要部分を除去して2色目の素子を形成する。これを繰り返すことで、RGBそれぞれが独立した発光素子を形成する。これにより従来とは異なる素子構造を形成したことで、原理的に混色することがなく、開口率を格段に大きくすることに成功している。
従来のFMM方式では、RGBの各画素(サブピクセル)が実際に光っている部分(開口部)が小さくなってしまう。これは、サブピクセル同士の混色を防ぐために、隙間を大きく取って形成する必要があるからで、原理的にも、色同士が干渉し合うリスクを内包しており、様々な場面でクロストークを発生させる要因となっている。
マスクレス蒸着+フォトリソ方式で素子を形成できるメリットは、開口率の向上だけではない。画素間を極限まで細くできることから、有機ELでは難しいとされていた高精細化も容易だ。JDIでは、液晶ディスプレーでVR向けに高精細パネルを展開しており。現在は1201ppiが出荷中で、25年に2000ppiの量産化を計画している。これ以降の高精細化については、eLEAPでの実現も視野にあり、次世代のVR向けディスプレーとして開発を進めていく。
24年に量産開始、ライン整備に着手
事業展開としては、自動車向けが視野にあり、すでに引き合いも多いという。コックピット内のデッドスペースでの活用や、特徴的な形のドアミラーなど、デザインの自由度を上げるディスプレー設計が提案できる。さらに、高輝度という特徴から、有機ELの課題の1つである焼き付きの問題をすでにクリアしており、車載は親和性の高い分野だと見ている。eLEAPでは、従来ではできなかった、斜めの線や生き物の形、雲のような曲線をディスプレーにすることが可能で、特徴のあるフリーシェイプなディスプレーの生産をターゲットとしている。
現在は原理検証が完了し、G6(第6世代)ラインでのサンプル実証も終えている。プロトラインが稼働中で、22年中にサンプル出荷を開始する。また、並行して量産ラインも整備し、24年の本格量産に備える。また、顧客と量産に向けて開発スケジュールや仕様について協議中で、まずはウエアラブル向けの量産となる見通しだ。また、3月に発表した、酸化物TFTのHMOやUHMOとの組み合わせ展開も検討を進めている。
このほか、G6サイズ以上でも量産が可能なため、G8、G10の工場を持つ企業に技術供与し、パートナー展開を図る。G10工場への技術供与展開でTV向けでの採用を狙うほか、G8工場における高付加価値なPCやモニターなどの分野をターゲットとしていく。
電子移動度の高い酸化物TFT
JDIが3月に発表した、新しい酸化物半導体薄膜トランジスタ(OS-TFT)のHMO、UHMOは、中小型ディスプレーで主流である、低温ポリシリコン(LTPS)の利点を兼ね備えたOS-TFTだ。従来のOS-TFTの構造や膜厚、設備などはほとんど変えず、プロセスノウハウだけで、出光興産が開発した新しい酸化物材料「Poly-OS(Poly-crystalline Oxide Semiconductor)」の特性を最高値まで引き出すことに成功した。
現在、ディスプレーの駆動に用いられるTFT材料は、アモルファスシリコン(a-Si)、LTPS、OS(酸化物)の3つに大別される。このうち、a-SiとOSは、理論的には大型のG10.5のガラス基板サイズでの生産が可能だ。TVなどの大型向けではa-Siが主流であり、OSは周波数の高いゲーミングモニターやテレビ向けなどで採用が進んでいる。LTPSは小型高精細化に適するためスマホ向けで主流であり、生産はG6規模が最大だ。
この3つの中で最も新しいTFTのOSは、低リーク電流で、オフ抵抗値が高いというメリットがある。これは、無駄な電流漏れが小さく、駆動電圧がOFF時にも映像を保持していられるため、デバイスの低消費電力化に寄与する特性だ。しかし、LTPSほどの高い電子移動度が無く、なおかつ高移動度にすると電圧の閾値がぶれて信頼性不良の要因となるという、高移動度の特性を追求するには不都合なトレードオフの物性を持つ。
一方で、LTPSは電子移動度が70~100㎝2/Vsと高いものの、リーク電流が大きいため、OSのような低消費電力機能を持たせることは原理的に難しい。電流漏れによる余分な消費電力を抑えるべく、TFTの構造を複雑化するなどの工夫が必要にもなる。このため、LTPSのように電子移動度が高く、OSのように低リーク電流・高オフ抵抗値というTFTは、まさに理想のTFTということになる。
23~24年量産開始、中国G10.5工場の導入狙う
HMO/UHMOは、すでに複数社とのプロジェクトが動いており、24年に量産開始予定だ。23年からという顧客要望も多いため、前倒しで展開できるように開発を進めている。茂原工場(G6規模)では量産技術を確立されており、G6以上でも検証済み。G8.5、G10.5工場での生産も可能な状況にあり、今後、中国で新設されるG10.5工場向けでの導入をターゲットとする。ライセンスや技術供与などの展開も視野に入れる。
透明ディスプレーは30型を開発中。
HUMOの採用も。
製品展開としては、それぞれのTFTの特性を活かせる新しいアプリケーションニーズが昨今は生まれているという。例えば、最新のVR向けでは、高精細化に伴ってかなりシビアに電子移動度の高いOS-TFTが求められるという。ここには、UHMOを提案していく。ほかにも、額縁をあと0.1㎜削りたいといった要求や、多様なデザインや大きさへの要求など、従来には無かった新しいニーズに新技術を提案していく。
このほか、自社で展開する有機ELと組み合わせることで、さらなる低消費電力・大画面化を、VRと組み合わせることで高精細・高速動作化を、フィールドシーケンシャル方式の透明ディスプレーと組み合わせることで大面積・高速動作化を実現し、今後のJDIの発展に同技術を結び付けていくとしている。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子