電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第56回

世界の牛のルーメンに入れるPHセンサーを作れ!!


~山形東亜DKKと岩手大学の画期的な開発に注目~

2013/8/30

 日常の乳牛の飼養管理において、濃厚飼料の多給により、ルーメン内pHの低下が各種の疾病の誘因となることが知られている。また、この予防のためには第1ルーメン内のpHを5.5以上、7近傍に維持することが大切であることも酪農家の間では周知の事柄となっているのだ。

 ところが、実際のルーメン内のpH測定は、1頭ごとに経口で胃液を採取する方法しかないため、ほとんど実践されない。また、実際にはルーメン液とともに唾液が採取され、pHがアルカリ性方向に誤差が生じることから、疾病予防の実効性について期待されてこなかったというのが現状なのだ。
 ルーメン内pHを簡便かつ正確に評価することは、生産阻害要因のルーメンアシドーシスと関連疾病を防除し、濃厚飼料の効率的給与などの飼養管理技術を普及させ、酪農振興に貢献することができる可能性がある、といってよいだろう。

 こうした状況下にあって、岩手大学農医学部の佐藤繁(獣医)教授は、何としても牛のルーメンのpHを測定するセンサーを作りたいと考えた。牛にとってルーメンとは巨大な発酵タンクであり、生命を支える中心臓器なのだ。牛の体内に入れっぱなしにしておき、ルーメン液(胃液)pHの日内変動を計測する。これまでは半導体センサーなどを使って計っていたが、結論としては全くダメ。センサーが大きすぎることと、遠くから計れないことがボトルネックなのだ。

山形東亜 DKK(株)代表取締役社長 沖田安生氏
山形東亜 DKK(株)
代表取締役社長 沖田安生氏
 「ある日突然に岩手大学から問い合わせが入った。牛のルーメンに入れるpHセンサーは作れないか、というのだ。半信半疑で話を聞いていたが、ウチの技術なら作れるかもしれないと考えた。そこから牛のルーメンとの戦いが始まった」
 こう語るのは、山形東亜DKK(株)(山形県新庄市大字福田字福田山711番地、Tel.0233-23-5011)の代表取締役社長の沖田安生氏である。沖田氏は熊本県八代に生まれ、千葉工業大学を出て電気化学計器(株)に進み、長く測定の仕事に携わった。合併により東証2部上場の東亜DKK(東京都新宿区)に入社し、現在は山形の量産拠点を率いているのだ。

 東亜DKKの年商は約150億円。山形は最大の量産拠点となっており、人員は112人。人気TVドラマ「おしん」のふるさとである新庄エリアには、まじめで忍耐強い人が多い。その意味では、ものづくりに向いているところなのだ。

 東亜DKKグループは、工業用PH計変換器などをはじめとする基本プロセス計測器、上下水用計測器、水質用分析機器、大気用分析計などを扱っている。上下水用計測器のシェアは高く、これからも伸びていくと見ている。また、中国で問題になっているPM2.5などを計る技術も得意だ。下水道やNOx、SOxなどの大気の計測では50%のシェアを持っているという。
 「当社の場合、重要なパーツである電極は、年間4万本を内作で量産している。またプリント基板も内作で作り込んでいる。こうした内作部品による差別化が製品の命になっている。しかし一方で、半導体をはじめとする部品を年間20億円も買っているユーザーなのだ」(沖田氏)

 さて、同社がここ数年間をかけて開発に注力した牛のルーメン向けpHセンサーは、すでに実用レベルまでこぎつけた。これまでに、大学、乳製品メーカーなどに60台を、岩手大学を通じて共同研究の相手先へ提供している。無線pHセンサーであり、実に25~35m離れていても牛のルーメン液のpH値を計測できる。大きさはたったの14cmくらいなので、牛は飲み込んでそれを入れっぱなしにできる。このpHセンサーにより常時pHを計っていれば、牛の健康状態は365日監視できるのだ。pH値が下がった状態が続けば、胃炎、潰瘍、などの病気の疑いがあり、飼養管理の改善を施すなどの対策が可能だ。牛の病気を未然に防ぐという画期的な製品の誕生なのだ。このpHセンサーはパソコンベースで使うことができ、これらのソフト・システムを含めて山形東亜DKKは、この量産を担っていく重要な役割を果たすことになる。

 「国内の酪農者は2万戸程度いるわけであり、この2割のシェアをとったとしても、当社の開発したセンサーはすでに量産レベルに乗ってくる」(沖田氏)

 岩手大学と山形東亜DKKが取り組んだ牛の予防医学というコンセプトは、今後世界中に広がっていくかもしれない。動物用医療機器という分野は、要するにまだまだ未開拓なのだ。その分野に果敢に挑戦する両者の今後の展開には、当分のところ目が離せないだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索