電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第452回

22年春上海ロックダウンで見えた新たな変化


ゼロコロナの後はどうなるのか?

2022/5/13

イアン・ブレマーの予言的中

 ニューズウィーク日本版(2022年2月15日号)に、「イアン・ブレマーが読み解く中国~「Gゼロ」の国際政治学者が読む14億大国の政治・経済・外交」という特集が掲載された。2011年に「Gゼロ」=リーダーなき世界という概念を初めて提唱したイアン・ブレマーは、国際秩序における米国の主導的役割の低下が引き起こす世界的混乱に警鐘を鳴らした。その彼が率いる地政学リスク分析を専門とするコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」は、毎年「世界10大リスク」を発表している。今年の世界リスク1位は、「中国のゼロコロナ政策」だった。

ニューズウィーク日本版(22年2月15日号)の表紙
ニューズウィーク日本版
(22年2月15日号)の表紙
 現在の世界を取り巻く環境は、米中デカップリングやウクライナ問題、資源高騰、インフレ、カーボンニュートラルによる環境コスト増など様々なリスクがごった返している。私はこの号を読んだ2月中旬、「なぜ中国のゼロコロナ政策が1位なのか?」と強い違和感と疑問を覚えた。

 しかし、その2カ月後の今、上海に住んでいる私はブレマーの予言は本当に当たっていたと実感している。「人口2400万人の国際経済都市がロックダウンすると、いったい何が起きるのか?」を身を持って体験した。そして、ロックダウン解除後もこの混乱はしばらく継続することが見えてきた。電源を入れ直したらすぐに再起動するコンピューターとは違い、何年も住んでいなかった家はあちこち手直ししなければまた元の暮らしに戻れないのと同じだ。

解除後の仕事は電子決済システムの導入

 3月末に上海のロックダウンが発表された時の通達は、「5日間の都市封鎖(外出禁止)命令」だった。それがすでに1カ月を超えようとしている。しかも、まだ解除スケジュールのめども伝えられていない。多くの人が5月最初の連休(労働節)明けまで様子を見ようと考えているが、元の暮らしや仕事に戻れるようになるのは、6月になるのではないかと思い始めている。

 上海のある日系企業の幹部は、「出社復帰できるようになったら、まず最初に電子決済システムを導入しなければならない」と話す。社内決済だけでなく、銀行決済、輸出入の通関手続きなど、「電子化していないと、銀行に入金もできない。売上もたたない」という困った状態だ。

 同じような話は、上海の新興ファブレス企業でも聞いた。ファブレス企業はEDAツールを使ってIPライブラリを参照しながらIC設計作業をするが、「テレワークでも設計業務ができるようにシステムを導入していたが、設計者の自宅に高速ネット回線が引かれてないので、ちゃんと使えないことが発覚した」。こんな状態が1カ月も2カ月も続いたら、まったく仕事にならないと都市封鎖の早期解除を待っている。

都市封鎖中でひと気がない上海の繁華街の静安寺前
都市封鎖中でひと気がない上海の
繁華街の静安寺前
 一度トラブルを体験してしまうと、「ロックダウン解除後に、もし第2波が来たら...」とか「オフィス勤務中にロックダウンになって家に帰れなくなったら...」など不安心理が芽生えがちだ。今回が最後のロックダウンとは限らないので、今後の十分な対策を用意しておかなくてはならない。「会社に簡易ベッドやヨガマットを用意しておく」や「外出先でロックダウンに巻き込まれたり、隔離施設送りになることを考えて、仕事ができるように常にパソコンを持ち歩く」など自衛策を考えている日本人駐在員もいた。

モグラたたきに明け暮れた4月

 上海に進出している日本メーカーや商社の駐在員の多くが、4月のテレワーク中のほとんどの時間を顧客への出荷と原材料の入荷の確認に費やした。テレワークと聞くと、在宅で休憩しながら仕事できるようなイメージもあるが、上海のロックダウンは都市封鎖による物流混乱という異常事態に発展してしまったため、「朝6時から夜8時まで机の前に座りっぱなしで、トラックの手配をし続けた」というような人がゾロゾロいる。ある駐在員は、デリバリー1つを確保しても、また次、さらに次と続き、毎日延々とトラック探しをしている自分の仕事を「モグラ叩き」と揶揄していた。

 トラックの運転手が隔離エリアに配送に行くと、運転手も14日隔離しなければならなくなるので、物流会社も運転手を確保できないで困っている。運転手も月に2日しか働けないようなものなので、1回の配達で14日間分の日当を要求してくる。配送を頼む側も、このタイミングを逃したらまたトラックが見つからなくなるかもしれないので、14日間分でもいいかと発注してしまうという状態が続いている。

トラックでマンションに運び込まれる野菜
トラックでマンションに運び込まれる野菜
 ロックダウン当初は食材など日用品が不足し、配給品が届かずにこのままでは飢え死にしてしまうと訴える人がたくさんいたが、こういった不足問題は4月後半になると、どんどん解消されていった。ニンジンと紫玉ねぎ、あまり食べたことのない中華葉物野菜、豚のかたまり肉などのように支給品目が偏ってはいるものの、概ね食べることの問題はほぼなくなった。しかし、物流混乱による工場資材の不足は4月末になっても解決せず、むしろ慢性的な欠品続きで4月末から5月にかけて問題が肥大化している。5~6月には大幅な減産や、最悪の場合は生産停止にまで発展していく心配がある。

 中国の劉鶴副首相は4月18日、円滑な物流の確保に向け「全国統一の車両通行証を十分な量発行する」ことを指示した。閉鎖措置を行う地域の車両往来に関するPCR検査について、「陰性証明の条件を48時間以内で全国統一」するルールも発表した。中国の半導体業界関係者は「ついに待ち望んでいた始皇帝の全国統一ルールが登場した」と冗談混じりに喜んでいた。

ゼロコロナ政策は堅持

 この劉鶴副首相の物流改善ルールの発表と同日、商務省の王文濤省長(大臣)が、海外の商工会組織に対して「ゼロコロナ」政策の当面の継続を伝えた。「18日は、アメとムチの両方を言い渡された気分だった」(日系企業の駐在員)。王文濤大臣は、「ゼロコロナ政策を緩めた場合、中国で1年以内に200万人の死者が出る」との試算を示して理解を求めた。

 中国の年間死亡者は1200万人だから、これが1400万人に増えるというのはかなりの増加数(前年比16%増に相当)といえる。しかし、ウィズコロナが普及している日米欧社会から見ると、「ここまで経済損害を出してまでゼロコロナ政策にこだわる必要があるのか」と疑問に思う人も多い。

 私個人としてはこう考えている。上海に住んでいる日本人の目に触れる機会は少ないが、中国で最も発展している上海ですらまだ隔離暮らしに十分な生活条件が整っていない人が多い。例えば、1室に10人相部屋で住んでいる出稼ぎ労働者や、自宅にトイレやキッチンがない集合住宅(共同キッチン、公共トイレを利用)に住む上海の低所得層、中国の大学生は基本的に寮生活で個人部屋が与えられていないなど、上海でもまだ住環境は不完全だ。共同トイレと共同シャワーが、隔離しても感染の再拡大を続けた原因の1つだろう。

マンション単位で数日おきのPCR検査を実施
マンション単位で数日おきのPCR検査を実施
 上海ロックダウン関連のSNS動画で、食糧難やストレスから封鎖されたマンションを抜け出して暴動を起こす人々の映像もたくさん見た。今回のロックダウン(もしくは準ロックダウン)都市は全国45都市、全人口の25%、全GDPの40%に相当するエリアだ。ウィズコロナをやって、もしこれが全国に拡大してしまったら、どうやって防疫コントロールすればいいのだろう。各地で群発する小規模な暴動を放ったらかしにしておけるだろうか。中国には中国の事情があり、代案のない批判をいくら言ってもしょうがないと思う。

ラストワンマイルに自動搬送ロボット

 中国のゼロコロナ政策の今後を考えるならば、政策継続の是非を想像するよりも、ゼロコロナにもウィズコロナにも対応できる社会、それをIoT技術でどうやって実現していくのか、その可能性に目を向けてみたい。先日、日本の業界関係者に中国のデジタルインフラ投資の最新状況についてコメントする機会があり、ファーウェイの港湾施設の事例を紹介した。

 ファーウェイの紹介映像を見ると、タンカーで運ばれてくるコンテナを、港湾施設のガントリークレーンが陸運するトレーラーの荷台に積み替える作業を遠隔操作で行っていた。これまでは10階のビルの上の高さから、ワカサギ釣りの穴を覗くように腰を曲げて、真下に伸びるクレーンの先をコンテナフックにかける高所作業を職人技でやっていた。それが、今は複数のカメラとセンサーを配置して、遠隔地のオフィス内の4Kパネルを見ながら、5G通信で遅延なく、センチメートル単位でクレーンを操作できるようになった。こういった職場には珍しい若い女性もコントロールしていた。

 以前は1日中腰を曲げて下を向いて作業しているのでヘルニアを患う作業員が多く、平均リタイア年齢は40歳くらいだったという。ハイテク技術が危険作業を安全作業に変え、生産効率を向上し、雇用体系まで変えている。このシステムは将来さらにセンサーの搭載数を増やし、操作アシスト機能を強化して熟練者でなくても操作できるようになるだろう。さらには、AIを使った効率的な荷上げ・荷降ろし作業の完全自動化までできるようになるかもしれない。それが実現できていたら、今回の上海ロックダウンでの港湾物流の混乱も大きく改善されただろう。

 現状では、乗用車の完全自動運転の導入にはまだ時間がかかる。しかし、特殊条件下(例えば、都市封鎖中で通常車両の市内走行を禁止している時など)であれば、物流トラックの自動運転を実装することが容易になるだろう。

ネット宅配サービスの美団が開発する自動配達車
ネット宅配サービスの美団が開発する
自動配達車
 今回のロックダウンでは、各地域コミュニティー近辺(集合住宅や町内会)までトラックで食品を運べても、そこから先の各家庭までのラストワンマイル配達ができないことで困った。京東(JD.com)や美団(MeiTuan)は、このラストワンマイル配達車両の実地配備をこれから増やしていくだろう。近い将来、マンション内でウイルスの抗原反応検査キットを各家庭に配布・回収するロボットが配備される日も来るかもしれない。ゼロコロナ政策を続ける以上は、このような物流対策を完備していく必要がある。

20年と22年のロックダウンの違い

 最後に、20年と今年のロックダウンで何が違ったのかについて考えてみたい。私個人の考えでは、中国でのビジネスや中国とのビジネスを敬遠する傾向が明確になったのが今回の大きな特徴ではないかと思う。単純に、中国に駐在したくないと考える日本人ビジネスマンは増えただろうし、中国に一緒についていきたくないという家族は相当増えただろう。上海の日本人学校は4月後半になっても新学期の教科書が配れていない(上海港で通関が遅れている)し、ネット授業の準備が遅れて十分な授業ができていない。

 企業側でも、今回の物流混乱の経験から中国や上海から別の地域に生産地を振り替える動きが出始めている。これは一時的な振り替えにとどまらず、今後のリスクを考えると固定化される可能性も考えられそうだ。イアン・ブレマーが中国のゼロコロナ政策を世界トップリスクに予見していたことが、あらためて大きな問題提起であったと今さらながら思い知らされる。

電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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