電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第451回

ナトリウムイオン電池は蓄電池の主流に躍り出るか


車載電池トップCATLや国内外の企業が市場参入

2022/5/6

 電気自動車(EV)をはじめとする車載、エアモビリティー、エネルギー貯蔵システム(ESS)、携帯機器、ドローン、電動工具などあらゆる用途に普及拡大するリチウムイオン電池(LiB)。その市場規模は2020年の5兆円に対し、24年には10兆円に拡大すると予測されている。

 一方で、LiBの大きな課題がニッケル、コバルト、リチウムといったレアメタルを採用している点で、安定調達が困難になるとコストにも影響してくる。実際に、今回のロシアによるウクライナ侵攻により、ニッケル価格は3月に過去最高値を記録した。ロシアは世界3位のニッケル保有国だが、EVに使われる高純度ニッケルではシェアが最も高い。

 こうした中、注目されているのが資源量の豊富なナトリウム、マグネシウム、硫黄などを電極に活用した次世代蓄電池。うち、ナトリウムを使うナトリウムイオン電池(NaiB)は、車載用LiB世界最大手のCATLや、自動車大手のトヨタ自動車が研究開発に取り組んでいることから注目を集めている。サイクル回数もLiBと同等またはそれ以上を達成できるほか、低温稼働に対応しているなど、本格的な普及に向けて現実味を帯びてきた。

長所は低コスト化と急速充電性能

 NaiBは、正極材にナトリウム酸化物やプルシアンブルーなど、負極材にハードカーボンやソフトカーボンといった炭素材料、電解質に有機電解液や水系電解液、固体電解質などを採用する。充放電メカニズムはLiBと同様で、ナトリウムイオンが正極と負極を行き来するインターカレーション反応により電子を運ぶことで充放電を繰り返す。

 NaiBの最大の長所は低コスト化と急速充電性能。低コスト化の理由はナトリウムの豊富な資源量だ。地殻中の元素としては6番目に多く、世界中に分布するほか、海水にも豊富に存在する。これにより、材料コストをLiBの1/10程度に抑えられると言われている。

 これに対し、LiBに使われるリチウム、コバルト、ニッケルなどはいずれもレアメタル。例えば、リチウムは地殻量の0.0065%にしか過ぎないほか、その70%が南米に偏在している。このように安定調達およびコストの面でリスクを抱えている。

 加えて、NaiBは既存のLiB製造プロセス(塗工法)をそのまま転用できるため、製造コストも抑えられる。一部、新規投資も必要になるものの、最小限に抑えられるとみられている。

 一方、急速充電においては一般的なLiBの1Cレートに対し、NaiBは5Cレート以上に対応する。CATLの開発品は約15分で80%程度充電できる。なお、Cレートは充放電速度を示す。1Cは1時間、2Cは30分、3Cは20分で充電(放電)でき、Cレートが高いほど充放電速度が速くなる。

最大の課題は低いエネルギー密度

 一方で、NaiBの最大の課題が低いエネルギー密度だ。そもそもナトリウムはリチウムより原子量が大きいため、エネルギー密度を上げるのは困難。現状、車載などに使われる高性能LiBは200~270Wh/kg(重量エネルギー密度)で、数年後には上限が300Wh/kgに達するとみられている。これに対し、NaiBは200Wh/kgにも達していない。

 ただし、高容量電極を活用するなどしてエネルギー密度を高める試みも積極的に行われている。東京理科大学の駒場慎一教授らの研究グループは21年、ハードカーボンの高容量化に成功したと発表。ハードカーボンは黒鉛に似た層状構造の部分と、ナノサイズの空孔(ミクロ孔)の2つの領域で構成されるが、ミクロ孔の領域のほうがより多くナトリウムを貯蔵できる。同研究グループは、このミクロ孔を多く持つハードカーボンを合成。これにより、エネルギー密度を19%向上できるとしている。

 NaiBの2つ目の課題は、LiBなどよりも重量が重い点だ。このため、携帯機器やドローンには向かないと言われている。一方、重量の制約が比較的少ないESS、EV(主に低速EV)、電動バイクなどは有力用途として期待されている。ESSはLiBがメーンに使われているが、先述の低コスト化の長所により、NaiBの採用が拡大していく可能性がある。

CATL、23年にも実用化

 NaiBを開発している企業としては、先述のCATL以外にナトロン・エナジー(Natron Energy)、ファラディオン(Faradion)、ティアマト・エナジー(Tiamat Energy)、ヒナ・バッテリー・テクノロジー(HiNa Battery Technology)、日本電気硝子などが挙げられる。


 うち、CATLはNaiBをLiBの代替または補完する技術として位置づけている。その理由の1つとして今後リチウムの調達が難しくなる点を挙げている。

 中国はリチウム生産大国だが、品質が悪いため8割は輸入に頼っている。今後、外国の経済政策により規制される恐れがあるが、資源量が豊富なナトリウムは調達リスクが低くなる。同社は23年をめどにNaiBのバリューチェーンを構築し、実用化を目指す方針。NaiBとLiBを併用し、NaiBの短所である低エネルギー密度を補完するシステムの開発も進めている。

 ファラディオンは、EVやESSといった大型用途を中心に展開している。20年4月、同社はICM Australia(オーストラリア・メルボルン)からNaiBを初受注したと発表した。21年以降は複数の企業との協業を明らかにしている。その一社、AMTE Power(英ロンドン)とはESS分野でライセンス契約を締結。これはファラディオンのNaiB技術をAMTEの蓄電池生産ラインに転用し、製造を可能とするもの。同社はNaiBを同社製ESSに搭載し、家庭用、マイクログリッド、再生可能エネルギーなど幅広い用途に展開していく考え。

 また、ファラディオンはPhillips 66(米テキサス州)とNaiB用負極材の共同開発を進めている。同社は蓄電池関連材料の特許を数多く所有しており、2社は低コストかつ高容量のNaiB用負極材の開発を推進する。

 日本電気硝子は固体電解質を採用した「オール酸化物全固体NaiB」を開発している。正極と負極に結晶化ガラス、固体電解質に酸化物セラミック材料を採用し、これらを焼成一体化することで部材間に良好なイオン伝導パスを形成し、優れた蓄電池性能を発揮するとしている。また、固体電解質はイオン移動による劣化が小さいためサイクル特性にも優れるとしている。さらに、シンプルな構造で、かつ高電位系活物質により高エネルギー密度に対応するという。

次世代蓄電池の有望株

 次世代蓄電池の最有力候補はLiBの延長線上の技術である全固体電池と言われている。各社の開発品を見ると、エネルギー密度、サイクル回数、充放電レートなど、すべてにおいて優れている。ただし、ニッケル、リチウムなどレアメタルを採用しているケースが多く、冒頭で述べた原材料の安定調達という課題が払拭できない可能性がある。

 一方、NaiBにはこの課題が当てはまらないものの、エネルギー密度が低いという課題がある。今後、いかにエネルギー密度を高めていくかがNaiBの本格的な普及に向けたカギとなる。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東哲也

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