電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第425回

「ゲームチェンジャー」なるか? グラフェンバッテリー


米中ベンチャー相次いで開発、生産拠点構築も進む

2021/10/29

 リチウムイオンバッテリー(LiB)を超える高性能バッテリーの実現に向け、様々な画期的な電極材料が検討されている。シリコン、シリコンナノワイヤー、リチウム金属などが挙げられるが、いずれも高容量であるため、これまでにない高性能バッテリーの実現が期待される。こうした中、同じく注目されているのがグラフェンだ。軽量、高熱・電気伝導度、高強度といった優れた特徴を有することから、世界中の企業や大学・研究機関がバッテリーへの応用を模索している。

 グラフェンは、多層構造であるグラファイト(黒鉛)を1層のシート状にしたもので、1原子厚の六角形格子構造をとる。軽量でかつ熱伝導度や電気伝導度に優れる。また、炭素同士の結合力が強いことからダイヤモンド以上の引っ張り強度を実現する。さらに透明で、柔軟性にも優れる。このほか、窒素などをドープすることで半導体特性も付与される。用途はバッテリー、液晶ディスプレー、半導体、太陽電池、モーター、センサー、導電性ポリマー、ヒートシンク、スポーツ用品など幅広い。

 バッテリーの電極材料として応用すれば高容量化に寄与し、LiBの高エネルギー密度化が期待できる。また、軽量であるため、従来のLiBを超える軽量化が可能で、電子機器などの軽量化に寄与する。ドローンやHAPS(高高度基盤ステーション)などの飛行体に搭載すれば飛行時間を飛躍的に伸ばすとも言われる。

米中ベンチャーが相次いで開発

 グラフェンが発見されたのは2002年。10年にはマンチェスター大学のアンドレ・ガイム博士およびコンスタンチン・ノボセロフ博士がノーベル物理学賞を受賞している。極めて画期的な材料であるため、世界中の企業や大学・研究機関がこぞってバッテリーへの応用を試みた。ただし、一部のベンチャー企業などを除いて実用化が進んでいないのが現状。この大きな要因は高純度グラフェンの製造が難しいことや、製造コストが高いといった製造面での課題が残るためとみられる。

 一方で20年以降、ナノグラフ(米イリノイ州)、ナノテクエナジー(米カリフォルニア州)、リアルグラフェン(同)、アピア(同)、ヤデア(中国江蘇省)といった米中ベンチャーが相次いで独自のグラフェンバッテリーを開発している。いずれも製造プロセスの詳細を明らかにしていないが、上述の課題に対処しているもよう。例えば、ナノテクエナジーは20年、含有率95%の単層グラフェンの製造プロセスを確立し、従来の同50%の壁を破ることに成功した。今年はこれを同98%にまで引き上げた。また、製造コストは一般的なLiBの製造プロセスと同等としている。

 ナノグラフはすでに実証済みの湿式化学プロセスを採用し、大量生産にも対応する。製造コストも低くできるとしている。

ナノテクエナジー、事業化を加速

ナノテクエナジーのグラフェンLCOバッテリー
ナノテクエナジーのグラフェンLCOバッテリー
 先述のベンチャーのうち、最も急ピッチで事業化を進めているのがナノテクエナジーだ。同社は米カリフォルニア州チコの工場において電極材料に高純度グラフェンを活用したグラフェンバッテリー「グラフェンLCOバッテリー」の18650型(円筒型)セルを生産中。今後、同社はオランダ・アムステルダムに欧州本部を開設するとともに、22年後半をめどに米ネバダ州リノに新工場を新設する予定。さらに既存のチコ工場の増強も図ることも視野に入れている。

 一連の投資にはシリーズC・D投資で調達した9000万ドル規模の資金を活用する。一方、日本国内においては合同会社ジェイコネクションが日本総代理店となり、今年から本格展開をスタート。国内に生産体制を構築する考えで、その生産パートナーを検討中だ。

 グラフェンLCOバッテリーのセル仕様は、電圧3.7V、重量エネルギー密度165Wh/kg、体積エネルギー密度416Wh/L、サイクル回数(寿命)1400回、動作温度範囲マイナス20~60℃。いずれも一般的なLiBと同等だが、サイクル回数においてはLiBを凌ぐ。また、高温での使用にも耐え得る独自の有機電解液「オルガノライト」を採用し、高い安全性も確保する。

 用途は携帯機器、コードレス電動工具、電気自動車(EV)、通信機器、電力貯蔵システム、航空・宇宙など小型機器から大型機器まで多岐にわたる。

ナノグラフ、軍事やEVなどに

 ナノグラフは、電極材料にシリコン/グラフェンを活用した18650型セルを開発した。体積エネルギー密度は800Wh/Lで、これは一般的なLiBの1.5倍~2倍に相当する。また、パック重量を従来のLiBより15%程度軽くできるという。

 同社は米国防総省や米エネルギー省などから出資を受けており、短期的には米軍兵士が携帯する電子機器(GPSやナイトビジョンなど)に搭載される見込みだ。その後、EVや携帯機器などにも展開していく予定。現在、同社は米国において生産拠点を構築することを検討しており、22年にも製品出荷を開始したい考え。

ヤデア、電動二輪車に搭載

 ヤデアは電極材料にグラフェンを活用した「Graphene 3.0 Battery」を開発した。容量においては通常の鉛蓄電池と比較して20~25%向上。サイクル回数では最大1000回に対応し、これは一般的なLiBと同等だ。

 一方で、特徴的なのが低温特性だ。独自の不凍電解液の導入によりマイナス20℃~55℃の範囲内で駆動できる。これにより、冬場においてEVの航続距離を縮めることがないなど、様々な環境条件下に適応できるという。同社は電動二輪車を製造・販売しており、将来的にはこのバッテリーを同社の電動二輪車に搭載する考えだ。

 このほか、アピアのグラフェンバッテリーは軽量、高エネルギー密度、長寿命さらには高速充電に対応。今年1月にはこのグラフェンバッテリーを搭載した世界最軽量スマートフォンの受注を開始した。

 同社はまた、グラフェンバッテリーの開発・製造分野でフォックスコン(台湾・台北市)と提携している。今後、同社の開発機能やスマート製造システムを採用することで、開発を促進するとともに低コストに対応した生産体制を確立していく考え。

 以上、グラフェンバッテリーの動向をまとめた。現状、性能面では一般的なLiBを遥かに凌ぐものではないが、今後、さらに高性能化が進展していくとみられる。ただし、LiBの高性能化も飛躍的に進んでおり、現状、グラフェンバッテリーの性能面での優位性は限定的と言える。

 一方で、グラフェンは軽量、高強度、高柔軟性といった特徴をあわせ持つなど、ポテンシャルは極めて高い。例えば、EVに搭載されれば車両重量を大幅に軽くでき、航続距離を伸ばすことにつながる。高柔軟性により、曲がるIoTデバイスも実現できるだろう。このようにグラフェンバッテリーは「ゲームチェンジャー」となる可能性を秘めている。

電子デバイス産業新聞 東哲也記者

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