電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第424回

飛躍の時を迎えたGaNパワーデバイス


カーボンニュートラルを追い風に市場急拡大

2021/10/22

 世界各国がカーボンニュートラルの実現目標を明確に設定するなか、GaNパワーデバイスの市場拡大に急加速がついてきた。急速充電器に加え、データセンター向けの各種電源や電気自動車(EV)などにも本格搭載の動きが出始めており、これに呼応するかのように専業メーカー、なかでも米国の新興企業が事業展開を活発化している。台湾の調査会社TrendForceは、2021年のGaNパワーデバイス市場が前年比73%増の8300万ドル(約93億円)になると予測しており、いま半導体市場で最も成長性の高いデバイスの1つと言えそうだ。


27年には約6000億円市場に

 GaNパワーデバイスは、18年ごろから主にスマートフォンなどモバイル機器の急速充電器に採用されてきた。中国Ankerや米RAVPowerをはじめとする多くのメーカーがGaN搭載モデルを市場投入し、中国スマホ大手のシャオミーはフラッグシップモデル「mi 10 Pro」に65WのGaN電源アダプターを同梱させた。

 この流れはパソコンにも波及しつつあり、台湾のASUSは超ハイエンドノートパソコン「ProArt StudioBook One」の付属ACアダプターにGaNを採用して小型化した。今後サムスンやアップルらが追随する可能性も囁かれており、そうなればIT機器用充電器向けだけでもGaNパワーデバイスには莫大な市場機会が訪れる。

GaN搭載の充電器は大幅にコンパクトになる(Navitasの説明資料より抜粋)
GaN搭載の充電器は大幅にコンパクトになる(Navitasの説明資料より抜粋)
 ちなみに、調査会社の米AllTheResearchによると、GaNパワーデバイス市場は21年から年率平均29.1%で成長を続け、27年に市場規模が52.5億ドル(約5900億円)に達すると予測している。

シェア首位のナビタスは株式上場へ

 TrendForceが「21年に出荷数量シェア29%で首位に立つ」と予測しているのが、米Navitas Semiconductor(ナビタス)だ。「GaNFast」のブランド名で、すでに顧客としてデルやアマゾン、レノボ、LGエレクトロニクス、シャオミー、オッポといった大手企業を抱え、2500万個を超えるGaNFastパワーICをGaN on Siliconベースの技術で出荷してきた。GaNFastパワーICを搭載した急速充電器は、21年に75機種から140機種以上へ増加したという。直近では、特別買収目的会社(SPAC)のLive Oak Acquisition Corp. IIと協力して上場準備を進めており、その企業価値は10.4億ドルにのぼると試算されている。

Navitasはシャオミーなど大手顧客を抱えている
Navitasはシャオミーなど大手顧客を抱えている
 ナビタスによると、GaNパワーICは既存のシリコンパワーICの最大20倍の速度で動作し、半分のサイズと重量で最大3倍の電力と3倍の高速充電を可能にして、消費電力を40%削減する。デバイスのフットプリントも1/4~1/10に小さくでき、トータルで20%のコスト削減につながるため、GaNへの代替が進めば、50年までにCO2排出量を2.6ギガトン削減できるインパクトがあると予測している。

 21年9月には、ハイエンドのサーバーやネットワーク機器向けの電源メーカーであるCompuware Technology Incorporated(コンピュウエア)とパートナーシップ契約を結び、データセンターの電源にGaNパワーICの適用を進めると発表した。ナビタスによると、データセンターのコストの44%が電力に関連しているため、GaNベースにアップグレードすると、年間で15TWhr以上または最大19億ドルの節約につながるという。

 同じく21年9月、EV用パワエレ技術を開発するBRUSA HyPower AGと開発パートナーシップ契約を結び、EV充電用コンポーネントの小型軽量化を図っていくことも明らかにした。GaNパワーIC技術を活用したDC/DCコンバーターと車載充電器を開発する。ナビタスでは、EVに関してはDC/DCのほか、オンボードチャージャー(OBC)やトラクションドライブにもGaNの需要があるとみており、30年までに累計5000万台のEVが生産されると25億ドル以上の市場機会があると試算している。

 生産は、TSMCの6インチFab2、0.35μm CMOSラインに委託しており、90%以上の歩留まりと12週間のリードタイムを実現している。一方でTrendForceは、需要の増加に伴い、ナビタスは21年下期にTSMCの6インチから他社の8インチに生産を徐々に移行するとみているほか、ファンドリー委託先として中国のSan’an IC(三安集成電路)も候補になると推定している。

イノサイエンスは8インチで自社生産

 出荷数量シェア予想でTrendForceが21年に大きな上昇を見込んでいるのが、中国のIDM企業であるイノサイエンス(Innoscience、英諾賽科)だ。15年12月に広東省珠海市で設立され、珠海と蘇州に工場を持ち、8インチのGaN on Siliconで30~650VのGaN-FETを生産している。GaNのエピ成長やIC製造技術などに関してimecや香港科技大学らが研究パートナーになっているほか、後工程に関してはWLPやQFNパッケージ、チップテストなどでJCET(長電科技)と共同開発を行っている。

 中国のCASA(第三代半導体産業技術創新戦略連盟)によると、中国のSiC/GaN半導体市場は20年に48億元(約814億円)だったが、21年は80億元(約1357億円)に拡大すると予測。さらに、22年は約130億元(約2206億円)に増え、25年には約315億元(約5345億円)まで拡大すると予測している。25年に車載用は全体の18%を占め、PV発電などのインバーター用が16%、GaN充電器向けが15%を構成するとみている。

トランスフォームは日本に生産拠点を取得

 米国の新興市場に一足早く上場を果たしたのがTransphorm(トランスフォーム)だ。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のウメーシュ・ミシュラ(Umesh Mishra)教授らが中心になって設立したGaNパワーデバイスのベンチャーで、13年に富士通グループと事業を統合したことでも知られるが、21年8月に生産委託先だったAFSW(旧会津富士通)を実質的に取得したと発表し、生産体制を強化した。

 650V品に加え、すでに900V品をラインアップに加えており、高電圧電力用途をカバー。21年5月には米Silanna Semiconductorと共同で、パソコンやタブレット、スマホなど民生機器向けに65W USB-C PD(Power Delivery)GaNアダプターのリファレンスデザインを開発した。21年4~6月期の業績発表では「民生用のアダプターやハイパワー市場の需要増を満たすため、3四半期連続でGaNパワーデバイスの出荷を2倍以上に増やした」と述べるなど、業績を伸ばしつつある。

Transphormは実質的に会津工場を取得した
Transphormは実質的に会津工場を取得した
 また、産業用ロボット大手の安川電機と関係が深く、17年の1500万ドルに続き、20年12月には複数年の開発協力契約を結んで新たに400万ドルの出資を受けると発表した。安川電機は、サーボモーターや可変周波数駆動アプリケーションをはじめとする様々な産業用電力変換用途にトランスフォームのGaNパワーデバイス製品を使用する予定で、次世代製品を強化していく。

GaNシステムズはBMWと供給契約

 カナダのGaN Systems(GaNシステムズ)も事業拡大を強力に推進している1社だ。21年9月には、自動車大手のBMWグループとGaNパワートランジスタの供給契約を結び、BMWにおける複数のEVアプリケーションに一定の容量を供給していくことになった。両社の関係は、BMW傘下のベンチャーキャピタル会社であるBMW I Venturesからの投資によって17年から始まり、DC/DCコンバーターやトラクションインバーターにGaNの採用を進めている。

GaN SystemsはBMWに供給
GaN SystemsはBMWに供給
 また、トランスフォームと同様に、GaNシステムズも21年3月にSilanna SemiconductorとGaNベースの65Wアクティブ・クランプ・フライバック(ACF)充電器向けにリファレンスモデルを開発し、USB-C PD充電器のデザインサイクルと市場投入までの時間を短縮できるようにした。

STマイクロも協業や買収で本格参入

 こうしたGaNパワーデバイス専業メーカーに加え、パワー半導体大手がGaNへの進出を加速する動きも出ている。

 SiCパワーデバイス市場で高いシェアを持つSTマイクロエレクトロニクスは20年2月、半導体ファンドリー最大手の台湾TSMCとGaN製造技術の開発やGaNベースの半導体製品の供給などで協力すると発表し、STマイクロのGaN製品をTSMCのGaN製造技術で生産する。STマイクロは、仏ツール工場で公的研究所のCEA-LetiとGaNを共同研究してきたが、TSMCとの連携でGaNパワーへの取り組みを強化する。

 さらに、STマイクロは20年3月、フランスのGaNパワー半導体メーカーであるエクサガン(Exagan)も買収した。エクサガンは8インチウエハーで製造できる技術を持っており、STマイクロは「サーバーや通信・産業機器向けの力率補正回路やDC/DCコンバーター、電気自動車用のOBC、車載用DC/DCコンバーターなど幅広いアプリケーションに対応する」と今後の展望を語った。

 そして21年6月、STマイクロは自動車大手のルノー・グループと戦略的提携を結び、EVやハイブリッド車のパワエレシステム製品、パッケージ技術の開発・製造・供給で協力すると発表した。STマイクロのSiCモジュールやGaNトランジスタを活用して小型・高効率のモジュール型コンポーネントを共同開発し、26~30年に大量のパワーモジュールやトランジスタを供給する。ルノーは「こうしたコンポーネントは、45%の電力損失削減や、電動パワートレインにおける30%のコスト削減に大きく貢献する」と期待している。

 このように、海外勢がGaNパワーデバイス市場を積極的に開拓しようとしているのに対し、日本勢は事業化で大きく出遅れている。前述のとおり、富士通のGaN開発はトランスフォームへ移管され、かつては開発成果を数多く発表していたパナソニックは半導体事業から撤退し、活発な研究成果の発表が見受けられるのは、18年にGaNシステムズとの協業を発表したロームくらいである。経産省やNEDOを中心にGaNを中心とした次世代パワーエレクトロニクス技術の研究開発が盛んに進められてはいるが、実用化や量産の動きにはまだ至っていない。シリコン300mmにしろ、SiCにしろ、GaNにしろ、パワーデバイス分野で日本勢の積極的な参入と事業拡大を切に願うばかりだ。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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