電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第454回

東京大学はニッポン半導体復活の先頭に立って戦っている


アジャイル設計と積層SRAMの開発を前面に出して世界展開

2021/10/22

東京大学のd.labは画期的な半導体で勝負していく
東京大学のd.labは
画期的な半導体で勝負していく
 東京大学はここに来て、凄まじい勢いで、ニッポン半導体復活戦略の先頭に立ち始めた。2019年11月には、東京大学と台湾TSMCは戦略的提携を行った。データ社会の電力危機を乗り越えるためにはゲームチェンジが必要であり、カスタマイズされた専用チップを何としても作り上げ、TSMCで量産する、という図式が成立している。

 東京大学の考えは、エネルギー効率10倍、かつ開発効率10倍という新たな半導体の開発であり、その中心に立つd.labは2019年10月1日に設立されている。このセンター長である黒田忠弘教授は、東芝において超優れたエンジニアとして知られていた。

 d.labはオープンな組織であり、現状で40社が加盟している。デバイス関連では、ソニー、ローム、ルネサス、キオクシア、サムスン、マイクロン、SKハイニックス、村田製作所、アナログデバイセズ、半導体エネルギー研究所が中心メンバーとなっている。重要なことは、韓国や米国からも参加しており、いわゆる国粋主義、愛国主義にとどまらないグローバリゼーションを考えていることだ。そしてまた、積層セラミックコンデンサーを武器とする一般電子部品メーカーの大手である村田製作所が入っていることにも注意を払う必要がある。

 装置系では東京エレクトロン、アドバンテスト、ウシオ電機、SCREEN、ギガフォトン、ディスコ、ニコンが加わっている。化学系ではJSR、TDK、三菱ケミカル、ダイキン工業、東京応化工業、信越化学工業が加わっている。そしてまた、システムセット系では日立、IBM、富士通、パナソニック、三菱電機、トヨタ、デンソーなども参加している。このd.labがベースとなって、経済産業省のRaaSという組織につながるのだ。

 RaaSは、システムのDXとしては開発効率10倍のアジャイル設計プラットフォームを追求している。テクノロジーは素材・装置においてエネルギー効率10倍、および3D集積のチョークポイント技術を追求している。RaaSが中心となって作り上げたデバイスは、TSMCがすべてを生産することになっている。これが、TSMCがつくばに研究開発センターを作り、熊本に量産工場を進出させるきっかけとなる。もちろん、共同研究はIBM、imecなどとビジネス展開を中心に注力している。

 RaaSは、半導体のタイムパフォーマンスの改善に全力を挙げていく。エネルギー効率10倍、かつ開発効率10倍を達成し、カーボンニュートラル、グリーンイノベーションに貢献する半導体を徹底的に作り上げる考えだ。開発効率を高めるために、アジャイル設計プラットフォームを創出していく。簡単に言えば、チップユーザーがソフトウエアを書くように専用チップを作り、DXを実現するのだ。言い方を変えれば、アジャイルの3D FPGAを作り上げようとしている。微細化も追求するが、時間節約も非常に大きいのがアジャイルチップ設計なのである。

 アジャイル3D ASIC(7nm)は、通常のASIC(16nm)と比べて開発リスク(期間と費用)を大きく低減し、タイムパフォーマンスを4倍、コストパフォーマンスを2~5倍改善するという画期的なものである。そしてまた重要なことは、TSVを使わずに、ハイブリッドボンディング、すなわちCu/Cu接合を行うことによって、多層化、狭ピッチ化を追求できる。すでにCu/Cuの技術はソニーのCMOSイメージセンサーで実用化された技術であり、日本は大きく先行している。

 DRAM市場は急拡大していくが、微細化についてはもはやムーアの法則が通用しなくなっている。そこで、RaaSが考えたことは、積層SRAMでDRAMに置き換えるという考えだ。キャパシタを用いるDRAMの微細化は16nmでほぼ止まったが、なんとロジックプロセスで製造できるSRAMの微細化は、3nm以降も続く。そして積層SRAMはDRAM並みに大容量で、SRAM並みに高速なのである。超並列処理であるからAI処理に好適であり、周辺回路に微細CMOSを使えるわけで、DRAMよりも低コストになる。すなわち、SRAMの時代がやってくるのである。

 もちろん、サムスン、AMD、TSMC、インテルなどはこの積層SRAMにチャレンジし始めているが、日本企業もこれを徹底的にやることによって、もう一度、メモリー市場で覇権を取ることができる。この先には、東北大学がやっている画期的なSTT MRAMの世界があり、ここに天野教授のGaN on GaNの技術を加えれば、とんでもないSoCが作れることになる。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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