中国の半導体設備投資攻勢が急ピッチで上昇するなか、もう1つの大国であるインドの半導体産業に対する準備がようやくにして進んできている。何しろ約13億人を擁する大国であり、国土は329万km²と広大で、日本の約9倍のスケールなのである。人口ボーナスは2050年ごろまで続くと言われており、中長期的に見てインドは有望投資先でも中国に次ぐ2位と言われている。
「インドは、IT系の企業の立ち上げはかなりの勢いで進んできている。しかして、半導体産業については、これまで本格的な取り組みにはなっていなかった。ところがここに来て、半導体関連産業の企業誘致や、外国の半導体デバイス企業との協業などの動きが水面下で進んでいる」。
こう語るのは、インド大使館にあって在日の主席公使であるマヤンク・ジョシ氏である。同氏は、ウッタラカンド州の出身で、ボンベイの近くのプネ大学で経営/マーケティングを学んだ。このプネエリアは、インドの自動車産業の集積地として知られている。
さて、インドが親日派の国であることは、つとによく知られている。東京裁判の折にも、インドだけは日本の太平洋戦争は侵略戦争ではないとして、唯一、日本の方向性を公正に評価した。これは、驚くべきことなのだ。そしてまた、戦争前からインドと日本との交流は非常に進んでいたという事実がある。どのような地方の動物園に行っても、インドの象だけは常に存在しているのである。
「インドにとって、日本という国はナチュラルパートナーであり、これまでも、これからも友好性を保っていくことは間違いない。インドは2030年までの計画で、様々なインフラ整備を進めているが、とりわけ重要なことは、電子デバイスにおける中国への依存率が高すぎることだ。何としても、まずは最も中核となる半導体の内製化に取り組まないことには、独立性を保てないと思う」(マヤンク氏)。
何しろ中国の半導体設備投資は、2020年に2兆円を超えてきており、台湾、韓国と並んで世界トップレベルの水準にある。中国半導体が巨大化すればするほど、インドは仕方なく中国に頼ってしまう。これまでも、日本の半導体や電子部品の技術の移転や協業を考えてきたが、これらの手当てがついたとしても、結局は中国のEMSに全面依存してしまうために、なかなかデバイスからのサプライチェーンが築けないでいた。
一方で、日本側としては、何しろインドのスマホや自動車はあまりに安すぎるために、コストパフォーマンスがとれない、という事情がある。しかしながら、インド政府が本気になって技術の高度化を進め、なおかつ国民の購買力を上げていけば電子デバイス産業が根付くというポテンシャルは十分にある。
ちなみにインドでは、携帯電話は10億台普及しているが、単価は1000円以下であり、これでは日本企業としてもどうにもならない。また、スマホは累計3億台くらいは普及していると思われるが、単価は1万円を切っている。かつては韓国サムスン製が主流であったが、現在ではシャオミーなど中国勢が強い。
米中貿易戦争が激化しており、ここにイギリス、フランス、さらにはオーストラリアなどが加わってくる動きが加速する中にあって、インドはひたすら中立的な立場を表面上は保っている。これは、独立の父であるガンジーの「非同盟主義」が今も物を言っているわけであり、特定の勢力、特定の国には決して頼ることをしない、というポリシーが貫かれているからだ。
「日本という国が非常に評価できるのは、半導体材料において断トツのマーケットシェアを持つことであり、また、製造装置についても米国に比肩するほどのシェアを持っていることだ。つまりは、装置と材料に強い国ニッポンであり、インドとしては、日本の協力がどうしても必要なのだ。今後は、日本企業の誘致活動に注力する。そしてまた、インド独自で立ち上げる半導体産業に日本の技術的な支援をしてもらえればと思う」(マヤンク氏)。
ちなみに、インドという国の最大の特徴は、ひたすらオープンであることであり、一方で日本のようなシャイな国ではないことなのだ。そしてまた、異文化を許容するという点でも優れたものがある。何よりも、平和を愛する人たちがものすごく多い。
ただ、インドもまた、新型コロナウイルスの影響を受けてなかなか経済の回復が見えてこない。まずは世界第4位の自動車市場、世界第1位の二輪車市場をさらに拡大して、経済復興を図っていく考えだ。そしてまた、EV(電気自動車)の普及率についても2030年までに新車販売の3割をEVに移行すると明確にうたっている。
とにもかくにも、世界の各国に比して足りないのは、いまや安全保障の要であり、産業力のコアである半導体産業なのだ。また、注目されるのは、インドは日本の大企業ばかりを見てはいない。日本のものづくりの足腰とも言うべき中小企業に多くの関心を持っている。インドというもう1つの大国に興味を持つ中小企業がいればありがたい、とマヤンク氏は笑いながらも鋭い視線で協力要請をするのであった。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。