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第420回

移動診療車が無医地区で医療提供


災害時・パンデミックにも対応

2021/9/24

 高齢化、過疎化の進展と、それに伴っての医療機関の廃業が相次ぎ、医師不足で訪問診療も十分に行き渡っていない。また、通院に多大な費用と時間を要するといった課題に対し、その解決策として、移動診療車が注目されている。

伊那市と浜松市はオンライン診療とセット

 長野県伊那市は、松本市、長野市に続き、県で3番目の面積を有し、その広大な市域に7万人弱の人口が分布する。一方で、伊那市が属する上伊那医療圏は医師少数区域で、とくに高齢化が進む中山間地域における医療体制の整備が大きな課題となっている。

 そこで伊那市は、トヨタ自動車(株)、(株)フィリップスジャパン、ソフトバンクグループ(株)などが設立したMONET Technologies(株)(モネ・テクノロジーズ)と次世代モビリティーサービスに関する業務連携協定を結び、2年間の移動診療車の実証を経て、2021年4月から「モバイルクリニック事業」を開始した。

 移動診療車は、トヨタのハイエースを改良し、オンライン診療用のディスプレー、簡易ベッド、心電図モニター、血糖値・血圧測定器、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)の測定器(パルスオキシメーター)、AEDなどを搭載している。医療診療車には、運転手と看護師が乗り込み、患者宅へ出向いて、医療機関に残った医師との間でオンライン診療を行う。医師が出向かないため、移動時間がかからないのが大きなメリットだ。2年間で、伊那中央病院を含む市内6医療機関が参加し、延べ約100件(実利用者数32人)のオンライン診療を行った

 現在、市内6つの医療機関が事業に参画しており、20年6月から実際の保険診療を開始し、さらに21年2月からは、遠隔服薬指導への適用も始まった。今後は市販薬だけでなく、調剤薬まで戸宅配送が可能な一気通貫の医薬提供体系を構築していくという。

 MONET Technologies(株)は、20年10月から12月にかけて、静岡県浜松市が天竜区春野地区で実施した「春野医療MaaSプロジェクト」に参加し、移動診療車を活用したオンライン診療の実証実験を行った。実証実験は、春野町にある診療所の患者(10人程度)を対象に、医療機器などを搭載した移動診療車を活用してオンライン診療を実施。看護師が移動診療車で患者の自宅付近まで訪問し、車両内のテレビ会議システムを通して医師が遠隔地から患者を診察した。

 また、オンライン診療を実施した患者に対して、オンラインで服薬指導を行うとともに、ドローンや薬局の配送員による薬剤の配送を行った。診療所の医師が服薬指導を行った場合はドローンによる配送、薬局の薬剤師が服薬指導をした場合は配送員による車両での配送を行った。

 参加企業・団体は、(一社)磐周医師会(医療関係者などの事務調整)、仁成堂小澤医院(オンライン診療、オンライン服薬指導)、MONET Technologies(企画・運営、移動診療車および運行システムの提供)、(株)杏林堂薬局(オンライン服薬指導、薬剤の配送)、トラジェクトリー(株)(ドローンによる薬剤の配送、それに伴う3D地図の作成)、(株)博報堂(報告書の作成)、浜松市モビリティサービス推進コンソーシアム(実装に向けたコンソーシアムでの情報共有)。

 MaaS(Mobility as a Service :「マース」)は、色々な種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合することとされている。浜松市モビリティサービス推進コンソーシアムを中心に、医療のほか、フードデリバリー、移動販売、観光、商業施設など浜松版MaaS構想を推進する。

きっかけは東日本大震災

 12年6月からGEヘルスケア・ジャパン(株)、青森県、青森県東通村、診療所を中心とした複合施設「東通地域医療センター」(東通村)で携帯型医療機器を搭載した小型ドクターカーを運行する「ヘルスプロモーションカーモデル実証プロジェクト」を開始し、12年秋からは活用を開始した。「走る往診かばん」をコンセプトに小型の超音波画像診断装置や生体情報モニター、心電計、AEDなどの医療機器を搭載している。

 GEでは、先行して東日本大震災の後、軽自動車を改造し、小型の検査機器などを搭載したドクターカー「めんこい」を開発、11年秋に岩手・福島・宮城の3県に寄贈している。

広島県北部は地域医療再生基金を活用

 広島県北部地域移動診療車は、無医地区などの通院困難な住民の受療機会を充実させるため、中国・四国地方で初めて12年7月から運行を開始した。実施主体は、市立三次中央病院、荘原赤十字病院、神石高原町立病院と関係市町村で、診療車の体制は、医師、看護師、薬剤師、検査技師、事務職員各1人が搭乗し、巡回診療による定期的な診断・治療を手がけている。診療車には、診察台、生化学自動分析装置、自動血球数CRP測定装置、吸引機、心電図、生体情報モニター、超音波診断装置、与薬カートなどを搭載している。地域医療再生基金を活用し、事業費4000万円をかけた。

 四国の愛媛県西予市では、18年8月から移動診療車を同市野村町惣川、城川町遊子川の両地区で運用開始した。診療車には、超音波診断装置や心電計、血液や尿の検査装置も搭載し、検査結果をその日のうちに判明する。診療には西予市立野村病院の医師や看護師が従事し、公民館を待合室として利用している。

 同市では、診療車導入に伴い、18年7月末で両地区の診療所を閉鎖したが、従来の診療体制を維持しながら収支改善や診療の質向上を図っている。また、大規模災害時の活用も視野に入れている。診療車の整備費用は約4000万円。

熊本赤十字とトヨタ、FC医療車の実証実験

トヨタが開発したFC医療車
トヨタが開発したFC医療車
 熊本赤十字病院とトヨタ自動車(株)は、世界初となる水素を使って発電する燃料電池医療車(FC医療車)の実証実験を21年5月から開始した。両者は、今回の実証実験を通じて、医療や災害対策分野における商用燃料電池自動車の有効性を確認するとともに、カーボンニュートラルの実現を目指し、平常時および災害時に利活用できるFC医療車の運用モデルを構築することで、温暖化防止に向けたCO2排出量の削減に貢献する。


 両者の検討の結果、平常時には医療活動においてFC医療車を利活用するとともに、災害時には災害対応の一助として被災地で電力供給を行いながら、災害支援活動をサポートすることで、自然災害がもたらす問題の解決に貢献するという認識で一致した。

 トヨタは小型バス コースターをベースにFC医療車を開発しており、動力源には燃料電池自動車MIRAIに搭載されているトヨタフューエルセルシステムを採用し、走行時にCO2や環境負荷物質を排出しない優れた環境性能と、低騒音・低振動を実現した。高圧水素タンク3本を搭載し、水素貯蔵量は7.2kg。車内のほか、車外にもアクセサリーコンセント(AC100V)を装備し、様々な電気製品に電気を供給することが可能で、加えてDC外部給電システムも搭載し、高出力かつ大容量の電源供給能力(最高出力9kW、供給電力量約90kWh)を備えている。

宇陀市は、22年4月から運行開始

 奈良県宇陀市は、大宇陀地域において、17年に診療所2カ所が閉院し、1カ所となっている。その医療の確保対策として、2次医療病院である市立病院地域医療部から大宇陀地域に出向き、22年4月から移動診療車にてその医療提供を推進していく計画を策定し、必要な移動診療車を導入することにした。

 21年7月に行った「移動診療車導入業者」を選定する公募型プロポーザルによると、事業受託上限額は9000万円(税込み)で、契約期間は契約日~22年3月31日。

 移動診療車の規模、診療機器の搭載要望として、車両10m車体程度、医療機器用電源機器、一般撮影(デジタルラジオグラフィ、ポータブル撮影器、胸部撮影器)、心電計、血液検査計(全自動血球計数器、血液アナライザー)、自動尿分析器、多機能除細動器(除細動器・血圧計・SpO2・心電計)、空気清浄機(オゾン発生器など)を挙げている。

東京曳舟病院、11月にCT搭載の大型車両導入

 (医)伯鳳会グループは、シーメンスヘルスケア(株)のアドバンスト・モビリティー・ソリューション「Medical-ConneX(メディカル・コネクス)」の1号機を、11月に伯鳳会東京曳舟病院(東京都墨田区)に導入する。大型トラックに医療機器を搭載した救急災害医療向け車両となる。

 Medical-ConneXは、大型車両(日野自動車製の4tトラック、いすゞ自動車製の2tトラック)を基台とし、内部にCT装置、免疫生化学分析装置、自動血球装置、血液ガス分析装置、超音波画像診断装置、AI画像解析ソフトウエア、ITクラウドシステム、診療情報管理システム、ベッドサイドモニターなどを装備する。検査用車両と電源車両を独立させたことで、それぞれ単独で使用したり、用途に応じて他の車両と組み合わせたりするなど、多様な要望に対応できる設計になっている。

 また、単独運用から医療機関との連携運用、地域医療連携まで幅広く対応できるようなシステム構成を用意している。PACS(医療用画像管理システム)接続や電子カルテ接続などを別途追加することで、単独医療施設に加えて、グループ病院間や地域の医療機関同士の接続連携が可能になる(通信回線やクラウド利用料などは別途契約が必要)。

検査用車両のイメージ
検査用車両のイメージ
電源用車両のイメージ
電源用車両のイメージ
 同ソリューションは、自然災害やテロなど緊急性の高い現場に医療を迅速に届けること、また、高齢化・過疎化によって顕在化する高度医療へのアクセス格差を減らすことを目指し、シーメンスが長年世界規模で培ってきた軍事医療分野でのノウハウや、パートナーシップを結ぶ日本の医療機関との意見交換をもとに、日本で開発されたもの。



移動型災害緊急対応車をフェリーで全国へ

 伯鳳会では「過去の災害救援の現場で、被災地の医療機関が機能不全となり、助かる命も助けられない場面が多々あった。災害現場から域外への搬送が困難な事例のほか、域外搬送のトリアージの精度を上げたい事例もあった。災害現場に一定のグレードの画像診断装置、血液生化学検査装置が持ち込めれば、災害医療に貢献できるという思いから、CT、超音波、血液生化学検査の可能な診療所機能を持つトレーラーと、その電源車を準備したいと考えた。この車両の有効性が認められ、国内に10台程度配置できれば、日本の災害医療は必ず前進する」と説明する。

 さらに続けて、「移動型災害緊急対応車の活用は、11年3月の東日本大震災で注目され、その後、費用面や平時の活用での観点から棚上げされていたが、コロナ禍で再び検討され始めた。フェリーに災害時用の移動型対応車を積み込んで、災害地域に迅速に出動させれば、日本全体でも4~6艘のフェリーを準備すれば済むだろう。コロナ禍の米国では1000床の病院船を用意したが、移動型災害緊急対応車とフェリー(医療用資機材・薬品を装備)を併用すれば米国と同様の病院船の役割をも果たすことができる。また同車両は、テントを張れば仮設医療やワクチン接種センターとしても利用できる」と災害時医療、パンデミック下での迅速な医療提供体制の構築を提案している。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

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