電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第412回

蓄電池業界が挑む、LiBの低コスト化と高エネルギー密度化


エネルギー密度は限界値を突破、全固体電池の出番も後退か

2021/7/30

 車載用リチウムイオン電池(LiB)市場の急拡大を背景に、LiBの低コスト化が急速に進んでいる。一方で、電気自動車(EV)の航続距離を伸ばすため高エネルギー密度化も進展している。後者においては、数年前に限界値とされていた250Wh/kg程度を超え、270Wh/kg程度が達成されている。さらに、数年後には300Wh/kgを突破する見通しとなっている。

 こうしたなか、LiBの発展型とも言える全固体電池の出番が遅れるとの観測も出てきた。LiBの低コスト化と高エネルギー密度化の動きを探ってみた。

LiB平均価格は100ドル/kWh以下へ

 ブルームバーグによると、LiBの平均価格は2010年の1191ドル/kWhに対して20年は137ドル/kWhと、過去10年間で約90%下落した。今年は125ドル/kWhとなる見通しであるほか、24年に100ドル/kWh、30年に58ドル/kWh、35年に45ドル/kWhに減少していくと予測している。100ドル/kWhを切るとガソリン車と同等のEV車両価格が実現される見込みで、EV普及にさらに拍車がかかるとみられている。

 こうしたなか、LiBメーカーは低コスト化と高性能化の両方を進めている。その方法は、(1)セルの最適化、(2)パックの最適化、(3)工場立地などだ。

 (1)では、セルコストの半分程度を占める正極材にフォーカスした試みが挙げられる。例えば、車載用LiBの主力であるNMC正極材において、NMC622(ニッケル6割:マンガン2割:コバルト2割)を、コバルト比率の低いNMC811(ニッケル8割:マンガン1割:コバルト1割)とすることで低コスト化と高エネルギー密度化を両立できる。

 電極工程では正極活物質を集電体であるアルミ箔上、負極活物質を銅箔上に形成するが、その際にアルミ箔と銅箔を薄肉化することで活物質の量を増やす動きもある。これにより電極容量が向上し、結果、エネルギー密度も向上する。

 (2)は、パックに使われるコンポーネント量を減らし、パックコストを下げるものだ。中国の電動バスでは安全性の高いLFP正極材を採用することでコンポーネント量を削減し、NMCによる電動バスと比較してパックコストを低減している。

 (3)は、人件費やエネルギー費を抑えるための試み。有望な国はハンガリー、ポーランド、タイ、インドなどだ。ハンガリーにサムスンSDI、ポーランドにLGESがそれぞれギガファクトリーを建設済みだ。

日産自動車のサンダーランド工場
日産自動車のサンダーランド工場
 また、輸送費を抑えるためEV工場の近くに立地するケースも増えている。直近では、日産自動車とエンビジョンAESCが日産の英サンダーランドにおいてEVとLiBを同所で生産するエコシステム「EV36Zero」を発表している。これは日産がEV年産10万台体制を構築し、AESCが同社サンダーランド工場の隣接地に同9GWhに対応したLiB工場を新設するもの。AESCは30年までに同25GWh、将来的に同35GWhにまで引き上げることでコスト削減効果を図っていく。

テスラら、負極材にシリコン

 従来、LiBの高エネルギー密度化に向けて、より高容量に対応したハイニッケル系正極材の開発が進展してきた。例えば、先述のNMC622やNMC811、それにNCA85(ニッケル85%)、NCA90(同90%)などが挙げられる。

 一方で、負極材においてはシリコン系が本格化しつつある。現状、負極材としては黒鉛(グラファイト)が広く用いられているが、これに高容量のシリコンを含有することで容量を向上できるというものだ。ただし、充放電に伴いシリコンが膨張・収縮を繰り返すためサイクル回数が伸びないという課題があった。

 これに対し、最近ではイオン伝導性ポリマーの活用などによって抑えるめどがたった。円筒型LiBを生産するテスラ・パナソニック陣営は、シリコン含有量を高めている。具体的には、現行の「2170」(直径21×高さ70mm)ではシリコン含有率5%だが、23年以降に出荷する「4680」(同46×80mm)では同50%に向上する。これにより、エネルギー密度は313Wh/kgを達成するという。

VW・テスラ、野心的な低コスト化目標

 ブルームバーグの予測以上に低コスト化を進めているのが、自動車最大手のフォルクスワーゲン(VW)と、EV最大手のテスラだ。いずれも25年までに60ドル/kWh程度を目指している。

 VWはコストを最大50%削減する「Unified Cell」(UC)を開発している。その内訳は、セル設計で15%、低コスト正極・負極材料で20%、生産プロセスで10%、バッテリーシステムで5%だ。同社は23年からUCの採用をスタートし、30年には同社製EVの8割に採用していく考え。主にEV量販車向けが中心だ。

 一方で、テスラは車載用LiBを生産する米フリーモント工場内に研究開発・量産設備群を導入し、次世代LiBの研究開発を進めている。開発内容はハイニッケル系正極材やシリコン負極材など多岐にわたる。同社は20年9月、自社イベント「Battery Day」において新技術導入、リチウム自社生産、製造プロセス改良などによりEV価格2万5000ドル(約260万円)を実現できると言及している。

さらなる高エネルギー密度化、全固体電池の出番は?

 先述のハイニッケル系正極材、シリコン負極材などのほか、負極材にグラフェンやリチウム金属を適用する動きもみられる。また、正・負極活物質の均一分布、新規の導電助剤や電解液の導入による電極内抵抗の低減など、高容量化の余地は多い。これらにより、今後も高エネルギー密度化は進展していくとみられる。

 こうしたなか、LiBの発展型とも言うべき全固体電池の出番が遅れる可能性も出てきた。現状、日米欧のLiBメーカーが全固体電池の設備投資を始めているが、EV向けに限ってみると、BMWやフォードらが出資するソリッド・パワー、フォルクスワーゲン出資のカンタムスケープ、GMら出資のソリッド・エナジー・システムズ(SES)、それにCharge CCCV(C4V)といった米国ベンチャーが注目されている。うち、ソリッドとC4Vは試作ラインを構築済みで、カンタムスケープは試作ラインを構築中だ。また、SESは23年までに試作ラインを構築する計画だ。

 エネルギー密度を見ると、ソリッドが330Wh/kg程度、カンタムスケープが380~500Wh/kg、SESが500Wh/kg程度、C4Vが300~500Wh/kgとなっており、いずれも既存LiBを上回っている。

 一方で、コスト面ではどうか。LiBと同様、製造プロセスに塗工法を採用するソリッドやC4Vは、LiBと同等としている。その理由は、変更部分がセル組立工程の巻回・積層工程と電解液注入工程となるため。具体的には、巻回・積層工程ではセパレーターの代わりに固体電解質を電極とともに巻回・積層し、また電解液注入工程は不要となる。ただし、ソリッドやSESは負極材にリチウム金属を採用するため、材料コストが高くなる可能性が高い。

 他方、真空プロセス、エアロゾルデポジション、インクジェットを用いた製造プロセスも提案されているが、コストは不透明だ。

 VWは当初、25年ごろから全固体電池の採用をスタートするとしていたが、最近では前倒しすることも示唆している。トヨタ自動車は20年代早期に実用化するとしているが、全体的には25年ごろから普及するとみられる。ただし、LiBの低コスト化と高エネルギー密度化の進展次第では後退する可能性も高い。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東哲也記者

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