電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第28回

あの強誘電体メモリーがブレークするかもしれない


~ゲームに採用すれば70%の電力削減が可能~

2013/2/1

 次世代メモリーを巡る議論が活発化してきたように思う。現在の主力はなんといってもDRAMとフラッシュメモリーであるが、電子スピンを応用したMRAM、相変化(相転移)メモリーなどの量産化についての技術論議も高まってきている。一方で、かつては華々しかったのに、今は場末のバーで働く厚化粧の中高年ホステスのように忘れ去られてしまった存在のメモリーもある。EPROM、マスクROMなどがそれに当たるが、もっとオールドファンの人は磁気バブルメモリーもあるぜ、などと言って、若きエンジニアたちに「そんなの知らにゃい」といわれてしまうかもしれない。

 忘れられた存在といえば、強誘電体メモリー(FeRAM)もやはりそれにあたるだろう。今から20年以上も前のことであるが、ある有名なエレクトロニクス雑誌の特集に「強誘電体メモリー、一気急上昇で2兆円市場も夢ではない」との見出しが躍っており、筆者は本当かよ、と思いながらついついその記事をすべて読んでしまったのだ。しかして今日にあって、強誘電体メモリーは残念ながら大きな話題にはなってはいない。ロームや富士通が一部生産しているものの、組み込み用途に使われる程度で、とてもではないがそれなりの市場を築いたというにはほど遠い。

ロームの高須秀視常務
ロームの高須秀視常務
 強誘電体メモリーは、強誘電体のヒステリシス(履歴現象)を利用し、正負の自発分極を1と0とに対応させた半導体メモリーのことだ。強誘電体膜の分極反転時間が速い(1ns以下)ため、DRAM並みの高速動作が期待できるという。この強誘電体メモリーをブームのアップダウンに関わらず追求してきたロームは、世界初の量産へ持ち込もうとしている。ロームにあって研究開発のトップである高須秀視常務は、このメモリーの優位性について次のようにコメントしている。
 「強誘電体メモリーの価値は、なんといっても30個のトランジスタで引き回すところを、たった4個のトランジスタで処理してしまうことだ。つまりは、記憶というファンクションが実にシンプルなのだ。その意味では、マイナスとなる技術の壁を乗り越えた上で、将来的には大ブレークの可能性が充分にあるのだ」

 強誘電体メモリーの動作原理は、基本的にはDRAMとまったく同じである。DRAMと違うのはキャパシタが強誘電体であるということであり、このためリーク電流があったり、電源を切ったりしても情報が消えない。つまりは、NANDフラッシュメモリーやMRAMと同じ不揮発性メモリーなのだ。また、リフレッシュ動作が不要なため、消費電力が少ないという利点もある。こうした特性を活かして、ゲーム機などに本格搭載すれば、実に70%の電力削減が可能であるというから驚きだ。

 最近になって、ジルコニウムとハフニウムという材料の組み合わせを使えば、DRAMを製造する装置で強誘電体メモリーを作れるという技術論文発表があり、関係者を驚かせた。つまりは、強誘電体メモリーのために新たな大型投資をする必要がないのであり、DRAM製造装置の応用で量産移行が可能ということになる。この最先端の開発動向がどこまで進んでいるかについては、筆者は多大な関心を寄せている。

 一方で、経産省直下の研究組織である産業技術総合研究所も新しい原理による強誘電体メモリーの開発に成功しているという。これを民間に技術移転し、ベンチャーを起こすという動きも水面下で進んでいるようだ。

 「しかして、強誘電体メモリーを安値で売るという考え方には同意できない。差別化をつけた画期的なメモリーであるがゆえに、高収益化のための高価格化戦略が必要だと思う。コストを下げて数量を上げるのではない。価値を上げて販売価格を上げるのだ。先駆的な商品であればこれは可能だ」(ロームの高須常務)。

 さすがに利益率の高いビジネスモデルで戦ってきたロームならではの考え方だといえるだろう。ちなみに高須氏は、社内のみんなが合意したら、その開発は止めたほうがいい、とも示唆している。なぜなら、そうした開発は決して儲からないからだ。画期的な製品は常に多くの反対論を巻き起こす。そこを突き抜けてやる開発でなければ、決して世界ステージに飛び出すことはない、ともいっておられる。

 太陽の下ではじける若い女性の肢体も魅力的ではあるが、場末のバーに咲く日陰の花もまた美しい、と筆者は思うことがある。しかしながら、日本勢が諦めることなく追求してきた強誘電体メモリーは、決して日陰の花にはなってほしくはない。必ずや半導体の世界ステージに躍り出る日が来る、と固く信じている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索