「東芝が戦略的に分社化したキオクシアがついに上場にこぎ着ける。一時期は絶体絶命の危機と言われ、日本最古のエレクトロニクス企業である東芝がぶっつぶれるかもしれないというドラマを散々見せつけられた。しかして、やはり東芝の半導体は生き残っていた。感慨無量という意外にない」
これは、東芝と長くライバル関係にある日立製作所の元幹部から聞いた談話である。日立も東芝もバリバリの100年企業であるが、東芝はその発祥からして、日立よりは格が一枚も二枚も上の会社である。何しろ創業が明治8(1875)年7月であり、明治新政府が熱望していた電話機の国産化に成功したのであるからして、その後、歴代政権からは常に手厚い待遇を受けてきた。
しかして、原子力事業でつまずき、巨大な負債を負い、事業の切り売りを続け、なおかつ倒産がささやかれていた時期には、多くの人たちが「東芝はもうダメかもしれないな」と言っていた。そうした中にあって、常に先頭に立ち、檄を飛ばし、まさに仁王立ちとも言うべき戦いをしてみせた人が成毛康雄氏であり、当時は東芝副社長の任にあった。
筆者は成毛氏には何回もお目にかかっている。朝毎読日経であっても一切取材には応じないという頃に、筆者のインタビューだけには応じていただいたわけであり、実は涙がこぼれるほど嬉しかった。一見して優しい顔立ちの方であるが、芯は非常に強い。そして全軍総崩れの中で、成毛氏だけは一切ぶれることはなかった。「東芝の半導体メモリーこそ世界一」という強い信念を持ち、必ずや再生の道はある、とも言っておられた。
2014年春、東芝は総額5000億円を投入する3D-NANDの四日市工場における新棟建設をアナウンスした。その折に成毛氏はこう語っている。
「東芝のNANDフラッシュメモリーは、多くの主要スマホメーカーのフラッグシップ(旗艦)モデルに使っていただいている。今後もスマホ向けは市場を引っ張っていくだろう。NANDの19nmへの切り替えは、順次進んでいるが、まだまだ微細化は加速していく。スマホ向けの価格の軟化はなく、堅調に推移している。そして、多層化の技術についてはどこよりも先行していると思っている」
力強い挨拶をされていた成毛康雄氏
(2019年1月10日 SEAJ新年会)
分社化されたキオクシアの社長に就任されたものの、病に倒れて長い治療の日々が続く。そして2020年7月27日、壮烈な戦死を遂げられた。享年65歳であった。病魔には勝てなかったのだ。その報を聞いた時に、東芝の半導体に命をかけた人たちの顔が次々と浮かんできた。もちろん、その中には成毛氏の顔もあった。
その成毛氏の強い意志を引き継いだキオクシアは、10月6日にも株式上場を予定する。同社の2020年4~6月期売り上げは2675億円であり、営業利益は147億円を計上した。2020年1~3月期も121億円の利益を上げており、2期連続の黒字を確保したことが株式市場に好感を持たれた。上場すれば株式時価総額は3兆円超になると言われているから、大変なことだ。
そしてまた、調査会社大手のオムディアのリサーチによれば、最近の世界半導体ベスト10の中でキオクシアはついに第10位に食い込むことになった。稼働率は90%以上とも聞いている。テレワーク、5G高速、データセンター投資などを追い風にして、コロナ禍にも関わらず業績は絶好調なのだ。台湾のライトオン社からSSD事業を買収することにも成功した。さらに世界最大の半導体製造装置メーカーであるアプライドマテリアルズ社の元社長であるマイク・スプリンター氏を役員にも迎えることになった。
すなわち、世界で戦う東芝のメモリー半導体が一大気炎を上げたと言って良い。フラッシュメモリーという半導体に一生涯を賭けた成毛氏の闘魂は、今を戦うキオクシアのエンジニアに乗り移っていると考えるのは筆者だけではないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。