大航海時代に関する本を読んでいて、その一節に少しく心を動かされた。それはフランシスコ・ザビエルが言ったといわれる談話である。それはこのようなものだ。
「日本という国はキリスト教を布教するのに最も難しい国だと言わざるを得ない。この国は民度も高く、かなりの人が字を読める。道徳もあり礼儀正しい。そして何よりも一般民衆レベルが、盲目的に為政者の言うとおりにならない。つまり民度が高いのだ。歴史も長く文化も高い。まずもってキリスト教会がこの国を支配することはできない」
まことに当を得ている発言であるとしか言えない。文化が高いかどうかは人により評価は分かれるだろうが、江戸時代にあって日本人の識字率は50~60%は超えていたという推測がある。明治維新の牽引役であった長州(山口県)に至っては、農民ですらほとんど字を読めたといわれており、識字率は100%近いというのだから驚き以外の何ものでもない。なぜなら、その同じ時期に米欧をはじめとする先進諸国の識字率は20%程度に過ぎなかったからだ。
かの高杉晋作が奇兵隊を立ち上げ、功山寺の会合に集まってきた人たちはみな平民であった。ところが平民でありながら、奇兵隊の隊員募集の高札をみな読むことができたのだ。一方、薩摩(鹿児島県)においても郷中教育という独自のやり方で、子供の頃から知的レベルの高い環境にあった。明治維新を推進した薩長は軍事力においても強かったが、教育レベルも非常に高かったことに注目する必要がある。
そしてまた「江戸城無血開城」というミラクルにも驚かされる。勝海舟は幕府総裁という立場にありながら、坂本龍馬や西郷隆盛に向かって「徳川幕府など滅ぼしてしまいなさいよ。そうしなければ世直しはできないでんしょう」などと平気で言っていた。そして何よりも勝が西郷に説いたことは「アジア全土を植民地化した欧米列強は、最後に残る黄金の国、ジパングを狙っているんだぜ。日本人同士が争っている時じゃねえ。何としても日本という国を守るために一致団結あるのみ。まあ平和路線で行きましょうや」ということなのだ。
この「江戸城無血開城」により、日本は平和革命ともいうべき明治維新を成し遂げ、和魂洋才の精神で瞬く間に近代化を図っていく。アジアにおいて植民地にならなかった稀有な国ニッポンは、伝説ではあるが神武天皇即位以来、何と万世一系の国として2700年近くもの間、独立国家としての道を歩んでいる。実のところ、オランダもポルトガルもフランスもスペインもイギリスも、そしてまたアメリカも日本には手が出せなかったのだ。
ここに来て日本へのインバウンドは加速度的に伸びている。最近では東京、大阪、名古屋などの大都市だけでなく福岡、熊本、鹿児島、静岡、仙台、そして北海道などローカルを訪れる外国人客も数多い。彼らが一様に驚くのは、町の清潔さ、おもてなし精神、そして何よりも日本の伝統、文化の素晴らしさなのだ。
そしてザビエルの予言したことは的中した。大航海時代の侵略方法はまずキリスト教を流布し、教会をあちこちに立てて、その後貿易による経済交流、そして圧倒的な軍事力で屈服させるというものであった。これが全く日本には通用せず、今日の日本にあってキリスト教信者はたったの190万人しかいないという状況なのである。
クリスチャンでもないのに
教会チャペルで式をあげる人は多い!!
それにしても、日本人の宗教観はとんでもないと思えてならない。クリスチャンでもないのにクリスマスになれば「きよしこの夜」を唄い、ハロウィンでははしゃぎまくる。正月になれば神社に詣でて柏手を打つ。人が亡くなれば「ああ仏様になったのね」とつぶやき、お寺に数珠を持って線香をあげに行く。こんな国を一色の宗教でまとめ上げることなどできないという感想を持ち、古くなったモチをほおばっている。
(企業100年計画会報より転載)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。