次世代パワーデバイスの実用化が進んでいる。すでに2010年ごろから本格的な市場投入が始まったSiCデバイスは、エアコンや太陽光発電用パワーコンディショナーを皮切りに、産業機器や鉄道に採用を拡大している。今後は自動車への本格搭載が期待される。これに続き、GaNパワーデバイスも実用化に向けた開発が佳境を迎えており、早晩市場投入が進むと予想される。
ところで、これら次世代パワーデバイスのさらに次に位置づけられる、「次々世代パワーデバイス」の存在をご存知だろうか。実用化までの道のりはまだまだ遠いが、着実に研究開発が続けられているその半導体はダイヤモンド。そのポテンシャルから「究極の半導体」とも呼ばれている。
絶縁破壊電界、移動度などで既存材料を凌駕
そもそも次世代パワーデバイス材料は、現在の主要な半導体材料であるシリコンに勝る物性値を持っていることから注目され、実用化が進められてきた。ダイヤモンドは、シリコンにとどまらずSiCやGaNをも凌駕する物性値を持ち、半導体として活用すればこれまでにない特性を引き出せると期待されているのだ。「究極の半導体」とされるゆえんである。
具体的に見てみよう。表1はダイヤモンドとSiC、GaN、シリコンの物性値を比較したものである。特に禁制帯幅(バンドギャップ)、絶縁破壊電界、移動度、熱伝導率でほかの材料を大きく上回る値を持つことが確認できる。バンドギャップと絶縁破壊電界の高さは、それだけ出力電圧を高くできることを示す。また、移動度が高いため電流を流した際の抵抗値が低くなり、消費電力を低減できる。さらに熱伝導率が高いので放熱性に優れ、高電圧をかけた際の熱リスクを抑制可能である。このほか、飽和ドリフト速度がシリコン並みであることから、高周波特性にも優れる。つまり、非常に高効率かつ高電圧・高周波のデバイスを実現できる材料なのである。
研究開発は高品質・大型基板の実現が主眼
ダイヤモンド半導体の研究開発は2000年代前半から本格化しており、産業技術総合研究所(産総研)、NTT物性科学基礎研究所、早稲田大学らが取り組んでいる。早稲田大学は15年に、耐圧1600V、耐熱600Vとどちらも世界最高を達成したダイヤモンドトランジスタの開発を発表した。ただ、実用化に向けてはまだまだ時間を要すると目されている。量産を想定した開発に必要な高品質かつ大型のダイヤ基板が実現していないためだ。
周知のとおり、人工的に製造されたダイヤモンドは数十年前から実用化されており、工具などに利用されている。ただ、半導体材料として用いるためにはより高品質かつ大型の単結晶基板が必要になる。サイズでは研究開発設備の関係で2インチ以上は必須であるとされ、その実現に至っていないことがデバイスメーカーに開発の動きが広がっていない要因になっている。
ダイヤ基板の開発は、産総研のホモエピ(ダイヤ種結晶ベース)、青山学院大学のヘテロエピ(イリジウム基板ベース)の2つの手法に大別できる。それぞれ高品質化、大型化に向けた開発を進める一方で、事業化の動きも始まっている。産総研はスピンアウトベンチャーのイーディーピーが、青山学院は大学発ベンチャーのAGDマテリアルが事業展開しており、両社ともにすでに1インチ基板を商品化している。現在は2インチ基板の量産化に向けて開発が進んでいるところだ。
さらに第3の存在として、世界的なダイヤモンドメジャーであるデビアスの子会社、エレメントシックスもダイヤ基板およびデバイスの開発に取り組んでいる。同社は単結晶基板にデバイスを形成するのではなく、多結晶基板をGaNの通信デバイスの下地にする手法のため、厳密な意味でのダイヤモンド半導体とは異なる。しかし、ダイヤモンドを半導体製造に応用した取り組みの一環としては注目に値するだろう。
内閣府SIPの研究テーマに選定
上記のとおり、ダイヤモンド半導体の研究開発体制は十分とは言えない。SiCの例を振り返れば、高品質な大型基板の実現の契機となった結晶成長手法の開発からデバイスが市場に広まるまでに約20年かかっており、このような新材料の実用化には長時間を要するのは確かだ。しかし、関係者からリソース不足の声が聞かれるのも事実であり、研究開発を後押しするためにはより多くの企業、研究機関の参画が必要である。現状では基板の大型化が進まないためデバイスメーカーが参入しづらく、デバイス研究が立ち上がらないので基板研究にも十分なリソースが集まらないという「鶏が先か、卵が先か」のジレンマに陥っている。
そうしたなか、14年度に始まった内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の研究テーマの1つ、「次世代パワーエレクトロニクス」において、将来のパワーエレクトロニクスを支える基板材料にダイヤモンドが選定された。国としてSiC、GaNに続くパワーデバイス材料にダイヤモンドが位置づけられたことになる。14~16年度までは要素技術の検証および絞り込みを行い、17年度から実証開発を開始するという中長期的な取り組みで、長い目線でバックアップする姿勢が国から示されたのは喜ばしい。
まだ可能性を含めて検討中の段階だが、このプロジェクトではダイヤ単結晶をそのまま大型基板に成長させることを視野に入れているという。これまで産総研で開発してきた手法は、高品質の種結晶を基板にして並べて接合し、それをベースに成長させて板状にカットして大面積基板にするものだった。この場合、接合部分がデバイス性能に影響を与える可能性が問題視される。これに対して、もし一から大型基板を成長させることができるのであれば、よりダイヤモンドのポテンシャルを最大限に引き出したデバイスの実現が期待できる。今後も注目していきたい取り組みだ。
半導体開発を支えるダイヤ需要の増大
これまで見てきたように、ダイヤ半導体の実現までの道のりはまだまだ遠い。となると、それまで事業をどう継続していくのかが問題になる。実は、その観点からするとダイヤモンドはSiCやGaNに勝っている。なぜなら、工具用素材としての需要がすでに立ち上がっており、順調に拡大を続けているからだ。
09年に創立した産総研スピンアウトベンチャーのイーディーピーは、11年秋に最初の工場を設立した。ところが予想を上回って需要が伸びたためにスペースが足りなくなり、12年末により広い工場に移転した。その後も需要の拡大が続いたため、15年夏には新工場を設立した。最初の工場を立ち上げた時と比べて生産能力は約10倍となった。同社のダイヤ単結晶は従来のものと比べて硬度に優れ、大サイズのためこれまで不可能だった長尺工具を実現できる。特にスマートフォン(スマホ)の筐体加工に多く使用されており、これが追い風になっている。これによって安定的に業績を成長させていることが、半導体用基板の開発を支える地盤である。ほかにも大型単結晶ダイヤはヒートシンクや光学部品などへの応用が期待されており、今後の成長性も大きい。
同社は数年後をめどに株式上場を計画している。ダイヤモンド半導体の実現にはまだ多くの時間を必要とするが、その歩みは着実に進んでいる。今はまだ世間的にほとんど知られていない存在だが、数十年後には世界を支える技術となるかもしれない。その夢に向けて、志ある投資家が一人でも多く参画してくれたらと願う。
電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村剛