電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第179回

IoT時代をにらむ世界バトルのなかでソニー半導体が驚異の追い上げ


~15年前はロジック中心、今は黄金武器のCMOSセンサー~

2016/4/15

 手元に一冊の本がある。筆者が所属する産業タイムズ社発刊の『半導体産業計画総覧2001年度版』である。今から15年前の2000年におけるソニーおよび世界の半導体状況を調べようと思い、見ていたら驚くべき事実を発見した。

30年以上も売れ続ける『半導体産業計画総覧』(産業タイムズ社刊)
30年以上も売れ続ける『半導体産業計画総覧』(産業タイムズ社刊)
 ITバブルといわれたこの年、日本の半導体メーカーは全33社合計で1兆6000億円の設備投資を断行し、10年ぶりに世界一の水準となったことが記載されていた。まだまだこの頃はニッポン半導体もかなりの元気があったのだ。15年後の15年度は約5000億円という水準であり、実に設備投資は3分の1にシュリンクしている。ちなみに、この『半導体産業計画総覧』というイヤーブックは業界のバイブルという高い評価をいただいており、約30年以上にもわたって売れ続けているロングセラーなのだ。

 それはさておき、00年度におけるソニーの半導体売り上げは4000億円であり、国内ランキングでは東芝、NEC、日立、三菱電機、富士通、松下に続く第7位にランクされている。ところが、前年度比の伸び率は、上位メーカー中、断トツの42.9%を記録し、99年度の2800億円から一気に押し上げている。

 しかしながら、15年後の15年度と比べれば、その製品構成が全く違うことに驚かされる。その頃は、全半導体のうちMOSロジック/マイコンが42%、バイポーラ20%、CCD20%、メモリー8%、半導体レーザー7%、その他3%となっている。現在にあってソニー半導体を支えるCMOSセンサーはまだ影も形もないのだ。00年度時点ではデジタルカメラに使う高画素のCCDの世界市場シェア60%を獲得しており、CD向けの半導体レーザーも世界で60%シェアを持っていた。

 こうした状況下から15年間をかけてソニー半導体がやってきたことは、ひたすら選択と集中であったことが良く分かる。すなわち、モノもカネもヒトも一気にCMOSセンサーに投入し、オンリーワンともいうべきミラクルデバイスを作り上げたのだ。

 さて、IoT時代の開幕を迎えて、世界半導体戦争は大型事業再編を巻き込み激化する一方だ。米国においては、パソコン向けCPUの先行きを危ぶむ世界チャンピオンのインテルが167億ドルという巨額を投入し、カスタムLSIのFPGA業界2番手のアルテラを買収した。アルテラの持つアクセラレーター技術がデータセンター分野での事業にどうしても必要であったからだ。また次世代の車載向けマイコンはFPGAを採用する可能性が強く、インテルとしては自動車に食い込むためにアルテラの技術が欲しかったのだ。

 米アバゴテクノロジーズ社は、ファブレス半導体メーカー大手の米ブロードコムを何と370億ドルで買収することを決めた。来るべきIoT時代に向けてブロードコムの持つブロードバンド、接続インフラ、ネットワークなどの技術を入手し、有線無線通信用半導体のグローバルリーダーを目指すための大きな一手だ。やはりIoT時代を考えた大型買収といえよう。

 米国勢はいまだ半導体生産シェアにおいてはブッチギリの50%以上のシェアを持ち疾走している。その他にもマイクロチップのマイクレルおよびアトメルの買収、サイプレスのスパンション買収、グローバルファウンドリーのIBMの半導体製造事業買収、クアルコムの有力無線企業CSR買収など、それこそ雨あられのM&Aが行われており、IoT時代に対応する戦略を着々と整えている。

 ここに来て見逃せないのが、今やGDP2位の大国である中国の半導体生産およびM&A戦略だ。中国半導体産業は01年で19.7億米ドルしかなかったものが、今やその25倍に膨れ上がり、約500億米ドルまで急浮上してきたのだ。M&Aについても、いわば「札束でビンタしてでも手に入れる」という積極姿勢を見せている。中国政府が主導するかたちで立ち上げた半導体ファンドは、かつて2兆円程度といわれていたが、現状では4兆円が集まっているといわれる。

 こうした世界バトルのなかで、ニッポン半導体の地位は全体として低下傾向を避けられない状態にある。しかして、そのもがき苦しむニッポン半導体の中にあって、直線一気に追い上げてきたメーカーがただ1社ある。それがミラクルデバイスのCMOSセンサーを持つソニーなのだ。16年段階で1兆円の生産を掲げるソニーは、すでに15年の世界ランキングにおいてもベストテンに入ってきた。

 ある半導体大手商社幹部と酒を酌み交わした折に、筆者は素朴な疑問をぶつけてみた。それは次のようなものだ。
 「確かにこのソニーの追い上げは、競馬で言えば4コーナーを回って最後方からごぼう抜きし、瞬く間に上位に躍り出るような劇的展開といってよいだろう。しかしながら、CMOSセンサーというただ一本の武器で世界と戦う、というのはいかがなものか」

 これを聞いて外国系半導体を売り続けて30年というベテランの商社マンは、大きく笑いながらこう応えた。
 「君は何を言っているのだ。それなら25年間にもわたって半導体の世界チャンピオンのベルトを巻いているインテルは、何のデバイスで戦っているのだ。はっきり言えば、パソコンおよびサーバー向けのCPU一本槍でこれだけの地位を築いている。ソニーが黄金の武器ともいうべきCMOSセンサー一本槍で世界で戦うことに何の不思議もない」


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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