電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第140回

有機EL材料、市場拡大本格化のとき


日本の切り札「TADF」がテイクオフ

2016/4/1

 スマートフォン(スマホ)への搭載拡大が見込まれるなど、次世代ディスプレーの本命として有機ELの需要本格化が見込まれるなか、当然のことながら有機EL材料の市場規模も大きく拡大すると予想される。
 調査会社IHSの予測によると、有機ELの需要面積は、2015年の250万m²から、19年には約5倍の1230万m²まで拡大する。これに対して、燐光発光材料の最大手である米Universal Display Corporation(UDC)の15年の売上高は1.9億ドルだった。果たして、19年にはどこまで伸びているだろうか。

 また、調査会社Allied Market Researchが15年12月に発表した予測では、有機EL市場は20年に372億ドルにまで拡大する見通し。俗に、有機EL材料の市場規模はパネルの5%前後と言われており、これを単純に当てはめると、有機EL材料市場は20年に20億ドル近くまで膨れ上がる可能性がある。
 まさに、一大市場を形成しようとしている有機EL材料について、直近の各社の動きをまとめてみた。

UDC、16年は15%増収を見込む

 UDCは、赤色・緑色の発光材料を主力とする燐光材料の最大手だ。16年1月には米国保有特許が2000件を突破し、米国、欧州、日本、韓国、台湾、中国、インド、オーストラリア、ブラジル、イスラエルなどで発行済みの特許が2000件以上、申請中が1600件以上という重厚なIPポートフォリオを持っている。

 だが、15年の業績は、14年比でほぼ横ばいの売上高1.91億ドルと足踏みした。ディスプレーメーカーの生産拡大が思ったほど進展しなかったことも要因の1つだが、最大の理由はホスト材料の販売不振にある。売上高1.91億ドルのうち、材料の売上高は1.13億ドル(前年比11%減)。この1.13億ドルのうち、燐光発光材料は同18%増の1億ドルとなり、初めて1億ドルの大台を超えたが、ホスト材料が同70%減の1250万ドルと低迷した。燐光発光材料の出荷量は伸びたが、顧客が「UDCの燐光発光材料を使用するため、ホスト材料はUDC製を購入しない」方針であるためだという。


 とはいえ、15年のロイヤルティー&ライセンス収入は同23%増の7777万ドルに拡大。17年まで燐光材料の供給契約を締結しているサムスンディスプレー(SDC)からのライセンス収入は6000万ドル(14年は5000万ドル)に増加した。今後はLGディスプレー(LGD)からの収入増も見込めるだろう。有機EL照明メーカーの独Osramや米OLEDWorksをはじめとしてパネル各社との提携関係を引き続き拡大しており、16年は売上高を前年比15%増(ここをベースとして±5%)と想定している。

メルクは新工場建設で首位を狙う

 ここにきて有機EL材料ビジネスを強化しているのが、液晶材料の最大手である独メルクだ。18年までに有機EL材料のリーディングサプライヤーを目指すと公言しており、15年6月には、本社のあるダルムシュタットに有機EL材料の新工場を建設すると発表した。本社で近年実施された最大の単一投資案件だという。投資額は約3000万ユーロで、延べ床面積2000m²の規模を備える。16年7月に完成する。

 これに先立ち、15年5月末には韓国・平澤市に「有機ELアプリケーションセンター」(OAC)を開設した。総投資額は700万ユーロ。韓国の顧客へのサービス体制を強化し、有機ELの研究開発をさらに加速する。OACは、クリーンルームに有機ELの蒸着試験設備や信頼性解析装置を備え、さらなる投資によってインクジェット成膜機能などを整えていく。15年2月に完工し、同年4月に最初の青色デバイスが製造できたという。OACの完成によってメルクコリアは、11年に整備した有機ELの物理アプリケーションセンターおよび化学アプリケーションセンターを1つのサイト内で運営することになった。

 メルクコリアは、液晶を含めた業務を統合するメルクアドバンストテクノロジーズ(現メルクパフォーマンスマテリアルズ)を02年に設立。初期投資は生産センターと倉庫のみだったが、08年には先端技術センターの建設を決定し、1100万ユーロを投じて10年5月に稼働した。11年10月にはドイツ以外で初の化学アプリケーションセンターを韓国に設立していた。ちなみに、メルクは有機ELのインクジェット成膜技術を開発しているセイコーエプソンと長年協力関係にある。

出光は韓国で供給能力引き上げ

 日本勢では、蛍光材料トップの出光興産が生産能力を拡大している。15年10月、有機EL材料の事業体制を強化すると発表し、韓国子会社で生産体制や技術サポート体制を強化したほか、中国・上海市にマーケティング活動を行う現地事務所を開設した。

 韓国では、11年に設立した100%子会社「出光電子材料韓国」で有機EL材料の年産能力を、既存の2.5倍にあたる5tに引き上げた。有機EL材料は、07年4月に竣工した御前崎工場(静岡県)にも年産2tの能力を保有しているが、LGDが製造ラインを増強していることに対応して、韓国で供給能力を引き上げることにした。また、韓国では技術サポート体制も強化する。新規の有機EL材料に関するサンプル評価や品質評価を手がける設備を新たに導入。従来は千葉県にある電子材料開発センターで手がけていた評価を韓国で実施できるようにし、開発をさらに加速できるようにした。

 15年11月には、韓国の斗山(Doosan Corporation)と有機EL材料関連分野で特許の相互活用と製造協力に関する覚書を締結したと発表した。対象期間は20年末までの5年間。本件で両社は、一方の保有する有機EL材料関連特許を用い、他方が特定の条件下で材料の開発・製造・販売ができる協力関係の構築に合意した。これにより両社の材料開発の加速が見込まれるほか、未開発の分野で他方の知見を生かした開発を行うことで、新しい有機EL材料の創出につなげることが可能になる。また、静岡県御前崎市および韓国京畿道坡州市の出光の製造拠点と、韓国全羅北道益山市の斗山の製造拠点で製造設備を相互に活用し、製造面でも協力を進める。現在、出光は御前崎に年間2tと坡州に同5t、斗山は益山に合成能力として同4t、昇華能力として同12tの生産能力を保有している。この協力を通じて相互に生産能力を融通し合うほか、製造コストの低減と競争力の向上を目指していく。

TADFベンチャー「Kyulux」が事業本格化

 競争が激化するなか、最も大きな期待を集めているのは、熱活性型遅延蛍光(TADF=Thermally Activated Delayed Fluorescence)材料の事業化を目指すKyuluxだろう。有機EL材料は、一般的にRGBの発光材料、この発光層に電子を供給する正孔注入材料(HIL)、正孔輸送材料(HTL)、電子輸送材料(ETL)に大別でき、発光材料については、蛍光材料を第1世代、燐光材料を第2世代と呼ぶ。これに対してTADFは第3世代の発光材料と呼ばれている。

 第3世代と呼ばれる理由は、蛍光材料と燐光材料の良いところを融合した材料であるためだ。理論上では、燐光材料は蛍光材料に比べて約4倍の発光効率を持ち、発光効率100%を達成することが可能といわれるが、燐光材料では青色の開発ができていない。だが、TADFは、燐光材料と同じく100%の発光効率を実現できることに加え、燐光材料では必須のレアメタルを使用しないため、安価な発光材料が実現できる。発光材料としても、アシストドーパントとしても利用できるため、極端に言うと、既存の蛍光材料をベースにして発光効率100%の新材料を作り出すことができるのだ。

 このTADFを事業化するため15年3月に設立されたのがKyuluxであり、16年3月に15億円のシリーズA資金調達を完了し、いよいよ18年の実用化を目指して事業を本格的にテイクオフした。TADFは九州大学の安達千波矢教授が開発したもので、これをベースに九州大学が発足した最先端有機光エレクトロニクス研究センター「OPERA」が、10年から最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択された研究課題「スーパー有機ELデバイスとその革新的材料への挑戦」プロジェクトを進めてきた。Kyuluxは九州大学からの基本特許の実施許諾などによって、TADFの製造・販売を独占的に行う。

 性能もすごい。OPERAは14年、青色TADF材料の開発に成功。これを用いて有機EL素子の評価を行った結果、最大外部量子効率が19.5%に達することを確認した。また、蛍光発光材料を用いた有機EL素子中にTADF材料をアシストドーパントとして分散させ、内部EL量子効率100%の蛍光材料を発光材料とした有機EL素子の開発にも成功した。

 Kyuluxは引き続き燐光材料で実現できていない青色発光材料の開発を目指すという。ディスプレーの事業化では海外メーカーに後れをとってしまった日本だが、TADFの実用化はこれを巻き返す大きな起爆剤となる可能性がある。Kyuluxの今後からはますます目が離せなくなりそうだ。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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