電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第138回

「Qualcomm/TDK提携」で見えてきたもの


~モジュールを制するものがRF業界を制す~

2016/3/18

 昨今、電子部品メーカーが半導体メーカーを買収する、あるいは半導体工場を取得するといった「電子部品と半導体のボーダーレス化」が急速に進んでいる。村田製作所は早くからこうした取り組みを進めており、SAWフィルターの生産拠点として富士フイルムからCCD工場を取得したことを皮切りに、半導体工場および事業を社内に取り込んでいった。

 村田製作所だけでなく、太陽誘電やTDK、京セラ、ミネベアなど国内の大手電子部品メーカーの多くが半導体分野への傾注を強めている(表参照)。個々の案件によって、取得や買収の意図は異なるが、共通しているのは「単品商売からの脱却には半導体が必須」ということではないだろうか。


 16年1月に発表した米QualcommとTDKの高周波部品における提携、合弁会社の設立も、「単品商売からの脱却」を図ったものといえるのではないだろうか。半導体メーカーと電子部品メーカーの異色タッグは、業界内でも大きな関心を集めており、今回は改めてこの提携の意味を考えてみたい。

「単独での路線は厳しい」

 両社は17年初頭をめどに、高周波部品を手がけるシンガポール法人の合弁会社「RF360 Holdings Singapore PTE. Ltd.」を設立。本社は独ミュンヘンに置く。TDKはSAW/BAWフィルターのほか、デュプレクサー、高周波モジュールを新会社に譲渡。Qualcommはパワーアンプ(PA)やスイッチなどを新会社に移管することで、より広範な製品ポートフォリオが求められるRFフロントエンド分野で有利に事業を進めていきたい考えだ。

 新会社はQualcommが株式の過半(51%)を持ち、同社は会社設立後の30カ月後にTDKの株式保有分49%を取得できるオプションを保有する。オプションを行使する場合の譲渡価値は、約30億ドルになる見込み。なお、TDKが新会社にカーブアウトする高周波部品事業の年間売上高は約10億ドル(16年3月期見込み)、従業員は約4200人。

 TDKは今回の合弁会社に至った背景として、スマートフォン(スマホ)用RF部品事業では「単独での独自路線は厳しい」(上釜健宏社長)ことを挙げている。これまで、TDKはPAメーカー向けを中心に、ディスクリート部品の単体供給を主軸に展開。着実に利益を生み出せる状況も作ってきたが、「今後のモジュール化の進展を考慮すれば、(決断するのは)今のタイミングが最適」(同氏)と判断。Qualcommとの合弁会社設立に至った。

CA化で拍車

 やはり、TDKが単独での事業展開を諦め、Qualcommをパートナーに選んだのは、このモジュール化の流れが想定以上に進んでいることが背景にある。スマホではLTE化の進展に加え、複数の周波数帯を端末1台で対応する多バンド化が進展している。これにより、SAW/BAWの搭載員数拡大という大きなプラス効果が生まれているのだが、加えてLTE化・多バンド化はモジュール部品の拡大にも拍車をかけている。

 機器メーカーにとっては、これまでは部品単体をマザーボードに実装するディスクリート実装で対応していたが、LTE化・多バンド化による機器設計の難易度向上に加え、実装面積の制約からモジュールを部品メーカーから調達するケースが増えつつある。これにより、モジュールを手がける部品メーカーの権限・発言力が増すと考えられており、単品供給からモジュール供給を目指す流れが生まれている。

 さらに日本で導入が進み、16~17年からは中国でも本格化するCA(Carrier Aggregation)も、モジュール実装への流れを強めている原因の1つだ。CAは異なる周波数帯を束ねることで、通信の高速化・安定化を図る技術であるため、インピーダンスの管理など機器メーカーの設計負担が増すと考えられており、「BOMコストは上がるが、モジュール部品の方が機器メーカーにとっては断然楽」(電子部品メーカー)という心理が働いている。

 TDKはQualcommと提携することで、SAW/BAWフィルターのディスクリート供給から、Qualcommが保有するPA、スイッチICを組み合わせたモジュール部品での提案で生き残りを図っていく考えだ。Qualcommの場合、他社に比べてPAやスイッチICの性能や技術力は劣るが、ベースバンドプロセッサーを押さえているという他社にはない強みがあり、今後の展開次第では競争環境を大きく変える勢力にもなるかもしれない。

村田 vs 米系PAメーカー

 現状のRF部品業界を考えると、モジュール部品で提供可能な企業は限られてくる。日本では村田製作所が有力サプライヤーとして名を連ねているが、残る競合他社はSkyworks、Qorvo、Broadcom(AvagoがBroadcomを買収するが社名はBroadcom)の米系メーカーになってくる。


 技術トレンド的には現在、スマホ分野では従来のFEMiD(Front-end Module in Duplexer =デュプレクサー内蔵フロントエンドモジュール)からPAを組み合わせたPAMiD(Power Amplifier Module in Duplexer)へ移行が進んでいる。業界内では、「PAメーカーに有利な展開になっている」との見方もあるが、村田製作所で高周波部品事業を統括する通信・センサ事業本部長の中島規巨取締役常務執行役員は15年12月のアナリスト向け説明会で、「(競合する米系PAメーカーに対して)デバイス、プロセス設計は同等レベル、あと顧客の要求する『癖』に対応できるかどうか」とコメント。競合メーカーにキャッチアップできている現状を表現した。

 モジュールを制するものがRF業界を制す――スマホ業界ではまさにこの言葉が当てはまる状況となってきた。16年はモジュールを核にしたRF部品業界の主導権争いに注目していきたい。

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉雅巳

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