電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第121回

ロボット大国ニッポンは過去のもの?


危機が迫る日本ロボット業界

2015/11/13

 「日本はロボット大国である」――、様々な場所でよく聞く言葉のように思えるが、筆者がロボット関係者からこの言葉を聞くことはほとんどない。むしろ危機感を含んだ悲観論を聞く機会のほうが多い。なかには「日本はロボット大国だった」と過去形で話す人もいるほどだ。本稿ではそういった言葉の背景について考察していく。

製造用ロボットメーカーは堅調

 ロボットは様々な分類がされているが、大別すると工場などで使用される製造用ロボットと、非製造用ロボットいわゆるサービスロボットと言われる分野になる。そのうち製造用ロボットについては、日本はグローバルで大きな存在感を発揮しており、直近の2015年度上期(4~9月)においても、安川電機のロボット部門の売上高が前年同期比8.3%増の982億円、ファナックのロボット部門の売上高が同24%増の924 億円を記録するなど堅調に推移。9月にはオムロンが米国の製造用ロボットメーカー「アデプト テクノロジー」の買収を発表するなど、一見まさに「ロボット大国ニッポン」といえる状況にある。

海外では軍事用ロボットの開発が活発化

 経済産業省の試算では、日本のロボット市場は25年に約5.2兆円、35年には9.7兆円まで拡大していくと予測されている(表)。分野別では、製造用ロボット市場も安定した成長が見込まれているが、それ以上の勢いでサービスロボット市場が拡大していき、25年にはサービスロボットが製造用ロボットを上回ると見られている。ルンバに代表される掃除用ロボットやソフトバンクの人型ロボット「Pepper」などを目にする機会も増えてきたが、今後、日常風景のなかにロボットがいる世界がさらに広がっていくだろう。


 そうしたなか、注目すべきはロボットに関する国家レベルの取り組みが海外で急速に進んでいることだ。特に軍事用ロボットの開発が加速しており、「現在およそ70カ国で軍事ロボット開発が行われている」(ロボット業界関係者)とされる。その最たる例が米国で、13年にロボットに1270億ドルという巨額の研究費を投入する議案を可決し、15年までに3分の1の地上戦にロボット兵を投入する目標を掲げた。そういった流れを受け、国連ではロボット技術を応用した無人機の戦闘利用の制限や戦闘ロボットの使用禁止が議題にのぼるほど、軍事用ロボットに関する動向が慌しくなっている。

ロボット分野でも軍事から民生への流れ

 周知のとおり、エレクトロニクス技術と軍需産業は切っても切れない関係にあり、例えば米国の半導体産業は軍需産業を基盤として発展した。また、インターネットの原型となった技術も軍事利用を目的に米国防総省内の機関で開発されたと言われている。

 ロボット関連企業「イノベーション・マトリックス」のCEOで、米国のロボット業界に約40年間携わってきた大永英明氏は、現在の米国ロボット市場について「米国政府が4年ほど前からロボット分野を強化する方針を打ち出し、多くの予算を計上するようになった。また、米国では軍事用途で開発された技術を民生用へ展開していく歴史があり、その流れがロボット分野にも起こっている印象だ」と本紙のインタビューで語っている(電子デバイス産業新聞15年10月8日号およびhttp://www.sangyo-times.jp/article.aspx?ID=1622に掲載)。

アイロボット社は、軍事ロボットで培った技術を掃除用ロボットに応用(写真提供:アイロボット社)
アイロボット社は、軍事ロボットで培った技術を
掃除用ロボットに応用
(写真提供:アイロボット社)
 自走式掃除ロボット「ルンバ」を展開する米アイロボットも、もともとは軍事用ロボット開発をメーンとしていた企業で、その技術をサービスロボットに応用した。こういった事例は今後次々に現れると見られ、高い技術力を持つが開発費で劣る日本のロボットベンチャーなどは苦しい立場に立たされることが予想されるのだ。

海外への人材流失が加速

 そしてここにきて目立っているのが、海外の政府や企業から日本のロボット技術者へのヘッドハンティングである。海外の政府関係者のほか、13年後半にロボット関連メーカー8社を相次いで買収したグーグルのように大手企業からのアプローチも増えている。
 グーグルが買収した東京大学発のベンチャー「SCHAFT(シャフト)」は、国から補助金を得て開発を進めていたが、製品化に向けての資金調達が難航していた。そんなときにグーグルでデモンストレーションを行う機会を得たところ「4時間半で買収が決まった」(ロボット業界関係者)と言われている。そのスピードも驚くべきものだが、グーグルは8社の買収費用や今後の開発費など「ロボット関連予算として2000億円を計画している」(同)と囁かれており、まさに桁違いだ。

 こういった人材の引き抜きは、もはや珍しいものではない。現在、多くの国や企業が日本人ロボット技術者への関心を寄せ、「大手メーカーで開発の責任者だった人が韓国企業に引き抜かれた」といった話や、「中東の政府関係者から研究所を設置してほしいというオファーを受けている」という関係者の話も聞こえてくる。「日本での開発予算の10倍を提示された」というケースもあり、このままだと開発環境が充実した海外への人材流出は今後ますます加速するだろう。

実用化では海外勢が先行する分野も

 日本のロボット開発の問題として「開発のための開発になっている」という意見も聞かれる。つまり、次の補助金を得るための開発が行われ、製品化への意識が低いという指摘だ。確かに日本はロボット大国だと言われながら、我々がロボットを実際に目にする機会は多いとはいえない。それどころか福島第一原子力発電所の事故後に行われた内部調査で活躍したのは米国製のロボットで、北海道の酪農現場ではオランダ製のロボットが活躍するなど、実用化では海外勢が先行している分野も少なくない。仮に製品化への取り組みを進めたとしても、シャフトの件が示すように、未知の市場を開拓するうえで資金調達に苦慮している企業も多く、最後に支援の手を差し伸べるのは海外の政府や企業という流れができつつある。

将来的にはソフトウエアの勝負に

 さらなる懸念材料もある。今後、ロボット技術を競う舞台がハードウエアからソフトウエアへ移り変わっていくことだ。つまりロボット製品のコモディティー化が進み、廉価タイプのロボットが次々と生み出される。その一方で、人工知能などのソフトウエア分野の重要度が増していくという流れだ。この分野は米国を中心とした海外勢が先行しており、日本は遅れをとっている。「IBMの(人工知能システムである)ワトソンなどを見ると、日本があのレベルに追いつくことは難しい」というロボット関係者も少なくない。

 こういったことを総合し、冒頭に述べたような悲観論がロボット関係者のなかで拡大している。日本のエレクトロニクス業界は「技術では先行していたが、実用化や市場形成は他国に先行される」という歴史を何度も経験しているが、このままではサービスロボット市場でもそういった状況に陥る可能性が高い。そしてそれは遠い未来の話ではなく、すぐそこに迫っているという認識を持つ必要があるだろう。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 浮島哲志

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