電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第112回

Qualcomm、試練の時


~スマホ市場減速と内製化ブームで逆風~

2015/9/11

 スマートフォン(スマホ)市場の急成長に伴い、ここ数年は半導体メーカーのなかでも群を抜く成長率を見せてきた米Qualcomm。しかし、ここにきてその成長に陰りが見えてきている。スマホ市場の成長鈍化と顧客であるスマホメーカーの戦略転換を受け、逆風に晒されている。試練の時を迎えた同社の現状と今後の戦略について、レポートする。

5年で売り上げ3倍に

 Qualcommはまさにスマホ全盛期における「時代の寵児」ともいえる存在であった。フィーチャーフォンからスマホへのシフトに伴い、アプリケーションプロセッサー(AP)とベースバンドプロセッサーを1チップに統合したチップセット「Snapdragon」で一世を風靡。スマホ黎明期で競合関係にあった米Texas InstrumentsやSTMicroelctronicsを蹴落とし、一気にトップに上り詰めた。09年度時点で61億ドルだった売り上げ(QCT部門)は、14年度には187億ドルとわずか5年間で3倍に拡大。半導体メーカーの売上高ランキング(ファンドリーを除く)でも今やインテル、サムスンに次ぐ3位の座にあり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を遂げてきた。

 スマホが爆発的な成長を遂げていた12年当時、Qualcommが市場投入を開始した最新チップセット「MSM8960」が供給面で問題を抱え、Androidスマホ各社の製品出荷計画が大幅に狂ったことはまだまだ記憶に新しく、同社の動向が与える業界へのインパクトは年々強まっていった。とりわけ、ファブレス半導体メーカーである性質上、生産は基本的にファンドリーやOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly & Test)企業に委託するため、Qualcommがどういった製品展開をするのか、あるいは生産アロケーション(生産委託先の配分)をどう組んでいくのかについて、今でも大きな関心事となっている。

最大顧客が戦略転換

 しかし、ここにきてQualcommの業績は低迷基調にある。グラフにもあるとおり、15年の年明け以降、売上高およびMSMチップセットの出荷数量は減少傾向にある。背景としては、スマホ市場全体の減速および主要顧客の戦略転換がある。


 15年のスマホ市場は現在のところ、出荷台数ベースで前年比10%増の約14億台というのが、業界内でのコンセンサスとなっている。これまで20%以上の成長を遂げてきたスマホ市場だが、徐々に飽和状態となっている。最大市場である中国のスマホ市場が15年は前年比1.2%増(調査会社IDCの最新予測)とほぼ横ばいで推移する見通しで、業績を牽引する材料が乏しくなっているのは事実だ。また、15年2月に中国当局と和解に達した独禁法違反に関する問題も、中国市場におけるシェア低下につながっている。Qualcommはこれに伴い、9.75億ドルという制裁金を課せられており、これまでのように、中国国内でアグレッシブな事業展開を行いにくくなっていると見られる。

 これ以上にQualcommを苦しめたのが、韓国Samsungの戦略転換だ。同社は自社の「Galaxy」シリーズにおいて、Qualcomm製品を大量に採用してきたが、15年春から市場投入された「Galaxy S6」において、そのほとんどを自社APの「Exynos」に切り替えた。これから市場投入が本格化する「Galaxy Note 5」も同様にExynosプロセッサーをメーンに搭載する見通しで、Qualcommにとっては最大顧客の受注を失ったことになる(ただし、ミッドレンジやローエンドモデルにはQualcomm製品を採用)。

 本紙15年7月9日号1面でも報じたように、スマホ大手各社がAPを自ら設計・開発するケースはSamsungだけではない。中国スマホメーカーで今最も勢いがあるHuaweiも自社のフラッグシップモデルを中心に、傘下のHisilicon社のAPを中心に採用。Appleは当然のことながら、中国XiaomiもAPファブレスのLeadcoreと提携し、APを内製化することをアナウンスしている。
 Qualcommはこうした事態を受け、すでにリストラ策(従業員の約15%にあたる1500人前後の削減)を発表している。

14nmはSamsungに生産委託

 こうした意味で、Qualcommが現在打ち出している生産戦略は非常に興味深い。Qualcommはもともと、先端チップセットの生産の多くを台湾TSMCに委託していた。しかし、15年末から16年初頭にかけて量産開始が予定されている最新のチップセット「Snapdragon 820」に関しては、主力の生産委託先としてSamsungが有力視されている。


 「820」はQualcommのチップセット製品において、初めて14nm FinFET技術を採用した製品で、巻き返しを図るうえで大きな役割を期待されている(図参照)。TSMCとの長年の協力関係を破棄してまで、なぜSamsungに生産委託を行うのか。
 答えとして考えられているのが、Samsungスマホ向けの巻き返しだ。Qualcommは最大顧客であったSamsungからの受注を取り返すべく、主力の生産委託先をTSMCからSamsungに切り替えるという条件を提示したというのが有力な見方だ。

 周知のとおり、Samsungはスマホメーカーであると同時に、半導体メーカーでもある。とりわけ、ファンドリーを含むロジック部門はTSMCとの競合環境が激化しており、Qualcommの受注に成功すれば、TSMCとの差を縮める大きなアドバンテージとなる。自社APのExynosプロセッサーの需要減少という「副作用」があるものの、今やSamsungの屋台骨を支えているのはスマホ事業ではなく、半導体事業だ。両者の思惑が合致するかたちで、Qualcommの生産戦略は大きく舵を切ることになりそうだ。

 正念場を迎えたQualcomm。現在の閉塞感をどういった手で打開してくるのか、今のところ、その全体像はまだ見えてこないが、M&Aは今後、同社にとって有効な手段になりそうだ。半導体業界は大型M&Aが相次いでおり、今後ここにQualcommも本格参戦してくることも充分に考えられる。同社の「次の一手」に是非とも注目したい。

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉雅巳

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