電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第108回

米中情報安全の競合と協商


中国ビジネスにしたたかな米大手IT企業

2015/8/7

米国政府、中国製スパコン向けCPUの輸出禁止令

 米国政府はインテルとエヌビディアに対して、中国のスーパーコンピューター(スパコン)運営・技術センター向けのスパコン搭載用CPUの輸出を禁止したと、米メディアが4月に報じた。中国には、人民解放軍国防科学技術大学(NUFT、湖南省長沙市)開発のスパコン「天河一号(TH-1)」とこれを改良した「天河二号(TH-2)」がある。「天河二号」は世界のスパコン処理能力ランキングで5連覇中の世界最速のスパコンだ。中国が世界一とはいっても、実際はその中身のCPUやGPUには米国製チップがぎっしり詰まっている。

Intelと共同開発するRockchip製APを搭載した中国タブレット端末
Intelと共同開発するRockchip製APを搭載した中国タブレット端末
 中国のスパコンは石油探査やフライトシミュレーターなどに利用されるほか、核爆発のシミュレーションにも利用されている。米国政府はこれが核開発につながることを理由に、インテルのx86系プロセッサーで最高演算速度を持つCPU「ジーオン(Xeon)」とエヌビディア製GPUを2月から輸出禁止にしていた。

インテルは清華大学とx86サーバー技術で提携

 すでに2月には輸出禁止になっていた米国製スパコン用チップの報道が、どうして4月になってニュースとして報道されたのだろうか。これについては、「この輸出禁止措置のニュース発表の直前に、「インテルが清華大学とx86サーバー技術での提携を発表していたことが関係している」(中国の半導体業界関係者)という指摘がある。インテルは4月、清華大学とx86サーバーのハードとソフト両面の技術で開発提携関係を結んでいた。今後、清華大学の研究者や学生を米国に呼び寄せ、トレーニングや技術会議などを行う予定になっている。「中国のスパコン開発を牽制するというよりも、インテルの中国シフトを牽制する米国政府の意図を感じる」(同関係者)。

中国政府は、インフラ建設からハイテク技術で経済成長を牽引するモデルに転換中
中国政府は、インフラ建設からハイテク技術で
経済成長を牽引するモデルに転換中
 米中両政府は情報安全面で対立の色合いを濃くしているが、米企業にとって中国市場に出遅れることは、もっと見過ごすことができない深刻な問題だ。インテルは中国スパコンの「天河二号」には、「Xeon E5」プロセッサーを約3.2万個供給している。その販売額は、実に4800万ドル(約59.6億円)に及ぶものとみられる。米中はお互いに反目し合っていても、実際は相互に依存した複雑な関係である。本音と建前を使い分ける、これが米中パワーバランスの実態といえよう。

中国市場重視の米系ハード企業たち

 IBMは2014年春、23億ドル(約2850億円)でPCサーバー事業を中国のPC最大手のレノボ(聯想)に売却すると発表した。10年前にもIBMはレノボに12.5億ドルでPC事業を売却したことがある。追われる立場になって利益率が落ち込んでいる事業ならば、次の時代に稼ぐ準備を済ませて早期に売却してしまう。これがIBMの強みだろう。また、今の中国には、開発時間を短縮するために企業や技術を「爆買い」するだけの資金力がある。

 HPも先ごろ、中国の清華紫光グループにルーターやサーバー製造の現地合弁企業の株式51%を23億ドルで売却した。中国政府が進める国有銀行のサーバー国産化指令に沿って、レノボや清華紫光は海外企業を買収してサーバー事業の強化に邁進している。
 シスコは先ごろ、中国での研究開発やイノベーション、人材育成、中国企業への出資参画などの目的で100億ドル(約1.2兆円)の長期投資方針を発表した。エドワード・スノーデン事件以降、中国政府はシスコ製ルーターの利用を警戒し、シスコは中国のルーター市場でシェアを急速に落としていた。

13億の人口を抱える中国は、IoT技術によるエネルギー効率活用で省エネ化を図る
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エネルギー効率活用で省エネ化を図る
 中国政府がクラウドとビッグデータを活用して製造業やサービス業を高度化させる「インターネットプラス」の国家戦略を発表後、米系IT企業は中国ビジネス展開を加速している。米中関係を単純な「競合」関係とだけで捉えているようでは、その実態はなかなか掴めない。両者は技術移転と市場確保のバランスポイントをうまく導き出して、ともに発展しようと「協商」の道を模索することができる。そのために、米企業トップは中国の政治トップと接触する手段を持っている。中国のエレクトロニクス技術発展の道は、米中の大局観を軸に大きなロードマップとその布石が敷かれていくのだろう。日本はその過程でいかに要所要所のビジネスに食い込んでいけるかがカギとなるだろう。日本は中国を見ているだけでは戦略を誤る可能性がある。米中の協商シグナルを見落としてはならない。


電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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