電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第96回

ちょっと気になる人工光合成


太陽エネルギーの新たな活用法

2015/5/15

 近年、太陽エネルギーの新たな活用法として、人工光合成が注目されている。植物が通常行っている光合成は、太陽光、水、二酸化炭素から、酸素と糖を作り出すプロセスだが、このプロセスを人間が真似ようと頑張っているのが人工光合成である。人工光合成の目的は、太陽エネルギーを用いて、水と二酸化炭素から水素や化学製品を生成することであり、これは太陽エネルギーを化学エネルギーに変換するプロセスと言い換えることができる。
 もちろん、植物と全く同じプロセスで光合成を再現するのは難しいが、最近では「擬似的」ではあるが、高い効率で光合成を再現することができるようになってきた。

 我が国が、プロセスとしては単純なようで実際は難しい「人工光合成」の開発に取り組む背景として、輸入に依存する化学産業の現状がある。ちなみに、日本の化学産業は、原料の95%をナフサに依存している。加えて、二酸化炭素の排出量増加も看過できない。国立環境研究所の調査によると、2012年における国内製造業全体の二酸化炭素排出量は3億1400万tで、このうち、化学産業の排出量(16%、5000万t)はトップの鉄鋼(48%)に次いで2番目に多い。化石資源に依存せず、二酸化炭素の排出抑制を実現する新規化学品製造技術として、人工光合成への期待は高い。


 人工光合成では、太陽エネルギーで水を分解するというプロセスが重要なカギを握る。もちろん、水分解のためのエネルギーは太陽エネルギー以外にもあるが、このエネルギーを確保するために、化石資源の消費や環境負荷が増加しては意味がない。そして、太陽エネルギーで水分解できることは、40年以上前に日本の研究者が発見している。有名な「本多・藤嶋効果」である。

 「本多・藤嶋効果」では、水中の酸化チタン電極に光を当てることで、酸化チタン電極から酸素が、また、対極の白金電極から水素が発生し、電極間に電流が流れることが明らかにされた。ただ、この時点では、水素の生成率が低く、酸化チタンは紫外光しか吸収できないため、用途は環境浄化材料などに限られていた。ところが、2000年代に入り、可視光を吸収して水分解できる触媒が登場したことで、改めて人工光合成の研究が活発化している。

メタンの生成効率は2%に

 太陽エネルギーを利用して、水と二酸化炭素のみで有機物を合成する人工光合成の実証に世界で初めて成功したのが豊田中央研究所である。同社は11年9月、水を電子源とした人工光合成(イオン交換膜を用いた2室セル)でギ酸(HCOOH)の生成に成功したことを発表した。この時の太陽エネルギー変換効率は0.04%だったが、13年には、水酸化反応にSrTiO3光電極、二酸化炭素還元反応に半導体/金属錯体ハイブリッド光電極(InP/RuCP)を組み合わせたセルで、効率は0.14%まで向上した。
 SrTiO3光電極はギ酸を光分解しないため、1室セルが可能で、1室セルを用いて変換効率0.08%でギ酸を生成することに成功している。また、新しい半導体光触媒を用いた一体型デバイスも開発中で、6時間の稼働で直線的にギ酸生成が進むことを確認している。

人工光合成装置(パナソニック)
人工光合成装置(パナソニック)
 パナソニックは12年7月、独自に開発した人工光合成システムで有機物(ギ酸)の生成収率が0.2%を達成したことを発表し、13年末には、人工光合成装置を初めて一般公開した。パナソニックの人工光合成装置も、水を分解するセルと有機物を合成するセルの2つに分かれている。まずは、水中の光触媒に太陽光を照射(10倍程度に集光)することで水を電気分解する。光触媒の材料としてパナソニックが着目したのがGaN(窒化ガリウム)である。

 水の電気分解で発生した水素イオンは、イオン交換膜を通って、隣の炭酸水に沈めた金属触媒に向かう。そして、この金属触媒上で電子と水素イオン、二酸化炭素が反応し、有機物が合成される。二酸化炭素を効率よく還元するには、金属触媒の選定も重要となる。同社では、ギ酸の生成にはIn系の金属触媒、メタンの生成にはCu系の金属触媒を使っている。

 同社はその後、還元電極(Cu電極)でのエネルギー変換効率が0.3%に達したことを発表(14年9月)している。従来、還元電極でのメタンの生成効率は0.04%程度だったが、これが5倍の0.2%に向上した。また、還元電極ではエタノールも同時生成(効率0.1%)され、合計で0.3%の効率を実現した。

 今回の効率改善には、光電極の最適化が貢献している。光電極のGaNにInをドープすることで、吸収波長が長波長シフトした。さらに、GaN:In電極とSiのpn接合電極(太陽電池と同じような構造)を組み合わせたハイブリッド電極を採用した。GaN:In電極で短波長側、Si電極で可視光を吸収するなど、幅広い波長領域の吸収を実現し、二酸化炭素の還元に必要な十分なエネルギーを確保できたことから、メタンの生成効率が大幅に改善したという。
 一方、14年11月には、ギ酸の生成効率も大幅に改善したことを明らかにした。ギ酸の生成効率は13年末で0.2%だったが、これが0.97%(約1%)まで向上した。ちなみに、還元電極には従来と同じIn系電極を使用している。

COへの変換効率1.5%

人工光合成システム(東芝)
人工光合成システム(東芝)
 14年12月には、東芝が世界最高効率の人工光合成技術を開発したことを人工光合成に関する国際会議「ICARP2014」で発表した。同社は、新たに開発した多接合半導体光電極と、ナノサイズの構造制御技術を適用した金ナノ触媒を用いることで、二酸化炭素から一酸化炭素への変換効率1.5%を達成した。多接合半導体光電極を採用したことで、紫外光から可視光までの幅広い波長領域の吸収が可能になった。また、ナノオーダーの金ナノ触媒の作製条件を検討することで、二酸化炭素を一酸化炭素に変換する活性サイトが増加し、一酸化炭素への変換効率が大幅に改善したという。この技術は、火力発電所や工場などの二酸化炭素排出設備において、二酸化炭素を分離・回収するシステムへの応用を目指している。

 なお、東芝グループでは、太陽光や風力、水力発電といった再生可能エネルギーを利用した発電システム、水電解装置、燃料電池などの技術を融合し、水素の製造から利用までを実現する水素ソリューションを積極的に展開する方針を打ち出している。15年4月には、開発拠点となる水素エネルギー開発センターを府中事業所内に開設した。20年度には、水素関連事業で売上高1000億円を目指している。
 同社が水素ソリューションを成長戦略の1つに位置づけているのは、太陽光や風力のような再生可能エネルギーの貯蔵・運搬に水素が適しているからだ。同社では、燃料電池を含めた水素関連の機器・インフラ産業の市場規模が30年には40兆円に達すると予測している。

自立型エネルギー供給システム「H2One」(東芝)
自立型エネルギー供給システム
「H2One」(東芝)
 そして、15年4月下旬には、川崎市港湾振興会館および東扇島中公園(川崎マリエン)において、再生可能エネルギーと水素を用いた自立型エネルギー供給システム「H2One」が実証運転を開始した。「H2One」では、太陽光発電設備(出力30kW)で発電した電気を用い、水を電気分解することで発生させた水素(最大製造量1m3/h)をタンクに貯蔵(最大33m3)し、電気と温水を供給する燃料電池の燃料として活用する。通常は、水素の製造量、蓄電量、発電量などを最適に制御する水素エネルギーマネジメントシステム(水素EMS)として、電力のピークシフトおよびピークカットに貢献するが、災害時には、貯蔵した水素を使い、300人に約1週間分の電気と温水を供給することができる。また、コンテナ型パッケージのため、トレーラーでシステム自体を被災地に輸送することも可能だ。

 東芝は、今回の実証実験を通じて、完全地産地消型のエネルギー供給システムの構築を目指している。まずは、離島や遠隔地など、発電コストが高い地域での「地産地消型」エネルギー供給システムの実用化を図る。そして、25年をめどに、海外での大規模風力発電などにより安価に生成した水素を国内に輸送し、水素ガスタービン発電所で発電を行う水素サプライチェーンの構築を計画している。水素ソリューションでは、大電力網を整備しなくても、クリーンエネルギーの大量導入が実現すると期待している。

 ちなみに、最近では、理化学研究所が太陽電池と電気化学セルを用いて、水の電気分解から高い効率で水素を取り出すことに成功している。タンデム型太陽電池(2直列)と電気化学セル(3直列)、さらには追尾&集光用のフレネルレンズを組み合わせたシステムで、水の電気分解に必要なエネルギーを効率よく生成することに成功。結果、15.3%という高いエネルギー変換効率を実現した。同研究所では、太陽光エネルギーを水素に変換・貯蔵する、安価で簡便なシステムだと説明している。

水素生成効率2%実現

 人工光合成の研究は、12年度から始まったNEDOプロジェクト「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」でも鋭意進んでいる。研究を進めるのは、12年10月に発足したARPChem(人工光合成化学プロセス技術研究組合、理事長:菊池英一早大名誉教授)だ。プロジェクトの期間は12~21年度までの10年間。材料開発から出発する光触媒と分離膜は10年間、既存技術の改善から出発する合成触媒は5年間で開発する。



 同プロジェクトでは、太陽エネルギーを利用した水の電気分解による水素の製造、さらには、水素と二酸化炭素を原料としたオレフィン(炭素数2~4)の合成を目指している。具体的には、光触媒(水の電気分解)、分離膜(水素と酸素の分離)、そして合成触媒(オレフィン合成)の開発に取り組んでいるが、なかでも技術的なハードルが高いのが、太陽エネルギーを直接利用して、水を電気分解し、水素と酸素を製造する技術である。プロジェクトでは、可視光で水を電気分解し、高効率に水素を生成できる光触媒の開発が大きなテーマになっている。

 可視光で水を電気分解できる触媒としては様々な材料が検討されている。例えば、水素発生用光触媒(p型半導体)では、酸化物系(Rh:SrTiO3など)、カルコゲナイト系(CIGSなど)、硫化物系(La5Ti2CuS5O7など)がある。一方、酸素発生用光触媒(n型半導体)は、酸化物系(BiVO4、SnNb2O6など)、(酸)窒化物系(Ta3N5、LaTiO2Nなど)がある。ちなみに、水素生成、酸素生成の部位にはいずれも助触媒が必要となる。

光触媒シート(ARPChem)
光触媒シート(ARPChem)
 今回、ARPChemは酸素発生用光触媒にBiVO4、水素発生用光触媒にCIGSを用いて、これをタンデム型に積層した2段階光触媒シートにおいて、変換効率2%を達成(15年3月)した。プロジェクトの目標は、14年度末で効率1%の実現だったが、これを前倒しするかたちで大幅な効率向上を果たした。水の電気分解による水素生成については、太陽電池を用いたプロセスで2%以上の変換効率が報告されているが、太陽エネルギーから直接、水素を生成する方法としては、今回が世界最高効率になるという。

光触媒シートを装着したモジュール(ARPChem)
光触媒シートを装着したモジュール(ARPChem)
 今後の技術課題として、長波長吸収の光半導体の開発、欠陥低減、助触媒との接触界面制御、元素戦略(レアメタルフリー)、コスト(安価な光触媒モジュール)、長寿命光触媒、水素/酸素の安全な分離などを挙げている。特に、水の電気分解でより多くの水素分子を得るには、多くの光子が必要で、そのためには長波長の光を多く吸収する光触媒が不可欠だ。

 光触媒の理論変換効率は、「量子効率を100%と仮定した場合で30~40%が可能」(光触媒開発チームリーダー:堂免一成東京大学教授)としているが、同プロジェクトでは、事業収益が見込める10%を最終目標に掲げている。今後、600~700nmの波長領域に吸収を持つ材料の探索を進める考えで、16年度までに材料を絞り込み、変換効率3%を実現する。そして、17~21年度の5年間で効率を10%まで引き上げ、光触媒の大量合成技術や大面積モジュールの生産技術を確立する。並行して、分離膜技術および合成触媒の技術開発も進める。

 プロジェクトの最終目的は、太陽光の日射強度が強いサンベルト地帯において、ソーラー水素プラント(太陽エネルギーを用いた水分解による水素製造)および大規模なオレフィン合成プラントを建設することだ。日射強度の強いサンベルト地帯では、単位面積あたりの水素製造量は日本の2倍以上とされている。ただ、一気にこれを実現するのは現実的には難しい。そこで、まずは、シェールガスなどから回収した水素と二酸化炭素を用いてオレフィンを合成することを考えている。また、国内でソーラー水素プラントを建設し、水素ステーションへの水素供給を始めることも提案している。


 国内での水素ステーションへの水素供給については、2万m²規模の水素プラントであれば、水素ステーションの約4割に相当する水素が供給できると試算している。プラント面積2万m²では、エネルギー変換効率10%として、水素生成量は44.8kg/時(233kg/日)。233kg/日の水素生成量であれば、43台の燃料電池車(水素重量換算で5.4kg/台)への供給が可能というわけだ。そして、最終目標である、サンベルト地帯での大規模な水素製造&オレフィン合成についても、原料が水だけなのでランニングコストは安いとし初期コストさえ回収できれば事業性は高いと見ている。

光捕集で可視光吸収増大

 人工光合成は、水を電子源として二酸化炭素から有用な有機物を合成するプロセスだが、水分解で電子を取り出すには強いエネルギーが必要となる。特に、可視光で強いエネルギーを作るには、より多くの太陽エネルギーを集める集光技術が不可欠だ。
 北海道大学は、密度が低い太陽光のフォトンを濃縮する方法として、AuやAgのナノ粒子を用いたプラズモンに着目している。同大では、プラズモン共鳴を示すAuナノ微粒子(Au-NPs)をSrTiO3(チタン酸ストロンチウム)基板表面に配置し、プラズモンによる水分解反応の誘起に成功した。光電極は、Au-NPs/Nb-SrTiO3/InGa/Pt/助触媒の積層構造で、これに光を照射すると、Au-NPs側(アノード)から酸素、Pt側(カソード)から水素が発生したという。
 さらに、同技術の応用として、窒素還元によるアンモニア合成も検討している。アンモニアは水素キャリアとして注目されているが、太陽エネルギーを利用したアンモニア合成は製造コストの低減が期待できる。

 豊田中央研究所は、人工光合成の光捕集アンテナとして、メソポーラス有機シリカ(PMO)に着目している。PMOは有機とシリカの骨格を持ったハイブリッド材料で、骨格有機基が吸収した光エネルギーを細孔内に濃縮する光捕集アンテナ機能を示す。このアンテナを利用することで、太陽光のフォトン密度を上げることができるという。同社は界面活性剤を鋳型としてPMOを作製しており、すでに二酸化炭素から一酸化炭素への還元を実証している。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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