電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第87回

マシーンがやってくる


もう、人間に残された仕事はないのか?

2015/3/13

 人間と機械(マシーン)がどこまで共存できるか、という議論は昔からある。そもそも、現代人はすでに、多くの仕事を機械に依存している。ただ、あくまでも意思決定者は人間(たぶん)で、機械は命令されたことを忠実に実行するというすみ分けができている(と思う)。しかし、これでは満足しないのか、機械に自律性を求める動きが加速している。人間が指図するのではなく、自分で考えて、自分で動けというわけだ。
 自律的に動くことと意思を持つことが、果たして同義かどうかは分からないが、ビッグデータ、高速集積回路、センサー、そしてアルゴリズムを組み合わせることで、人間の思考回路を擬似的に実現することが可能になってきた。

 自動車も自律に向かってひた走っている。ADASと呼ばれる先進運転支援システムはその一例だが、最終的に目指しているのは自動運転である。自分で運転しないのであれば、TAXIに乗った方がいいような気がするが、いずれにしても、GoogleやApple、Tesla Motors、さらには世界の主要自動車メーカーが開発に鎬を削っている。すでに、自動運転車は一般公道での走行実験が始まっている。国内でも、金沢大と石川県珠洲市が自動運転の実証試験を開始することを発表している。
 一方で、事故発生時の責任の所在など、解決すべき課題も多い。実現には数十年もしくは100年以上かかるという否定的な意見もある。かと言って、今さら引き返すわけにもいかないだろう。ちなみに、最近では、Googleが学習機能を備えた人工知能「DQN」を開発したことを発表している。

 住環境でも、機械の自律化が進んでいる。三菱電機は先ごろ、次世代の住環境を実現する「三菱スマートホーム」コンセプトを発表した。家庭内の電力消費をITで最適管理することで住宅の省エネ&創エネを実現する「スマートハウス」は広く知られているが、「スマートホーム」では、家電や住宅設備と人間の連携に重点を置いているのが大きな特徴だ。人間と機械がコミュニケーションすることで、生活環境の向上を目指している。

ドアハンドルから家族の生体情報を取得
ドアハンドルから家族の生体情報を取得
 三菱電機が「スマートホーム」の機能として着目したのが玄関とキッチンである。例えば、家族が玄関のドアに近づくと、カメラが認識し、ドアのハンドルから体温や脈拍などの生体情報を取得する。取得した健康状態やスケジュールなどは、玄関壁面に表示することができる。冷蔵庫にもセンサーが設置され、庫内の食材をディスプレイ表示する。取得した家族の生体情報を基に、体調を考慮しながら、庫内の食材の中から推奨するメニューを表示する。選んだメニューの調理フローはキッチンの調理台に投影され、調理作業をアシストする。

玄関壁面に関連情報を表示
玄関壁面に関連情報を表示
 このコンセプトを自動車に応用すれば、飲酒や薬物による危険運転を排除できるかもしれない。ステアリングやダッシュボードに配置した各種センサーがドライバーの健康や精神状態を検知し、事故発生確率が高いと判断すれば、強制停止するような機能があれば、子供や高齢者も安心して歩道を歩くことができるだろう。さらに、悪質ドライバーを車内に閉じ込めて、自動運転で警察署まで連行する機能があってもいい。
 

推奨メニューや調理フローも提供
推奨メニューや調理フローも提供
 サービス業にも、機械化の波が押し寄せている。ハウステンボスで2015年7月に開業する「変なホテル」という名前の変なホテルは、フロントをはじめ、ポーター、清掃といった主なホテル業務の多くをロボットが行うという。「おもてなし」の有無はともかくとして、ロボット化の最大のモチベーションは人手不足の解消と人件費対策だという。
 もちろん、完全無人化ではないが、それでも人件費は大幅に低減できるらしい。確かに、24時間営業のホテルには、24時間勤務が可能なロボットが適している。

「変なホテル」では、多くのホテル業務をロボットが担当する
「変なホテル」では、多くのホテル業務をロボットが担当する
 今後、人間と機械の境界はますます不明瞭になるだろう。人間と機械の決定的な差は暗黙知の有無だということは、多くの識者が指摘している。暗黙知を言葉で表すのは案外難しい。個人の技術やノウハウ、思考プロセスなど、経験や勘に基づき獲得した能力、と考えればいいだろうか。センスという表現が比較的近いかもしれない。いずれにしても抽象的な概念で、数値化するのは困難だ。
同上
同上
 ただ、自動車の運転には、この暗黙知の能力が大きく関わってくる。一般公道を安全に走行するには、刻一刻と変化する周囲の状況を的確に素早く判断し、実行できる能力が求められるからだ。サービス業も暗黙知の有無で顧客満足度に大きな差が出てくる。

 従来、こうした能力を機械に求めるのは難しいとされていたが、演算処理能力、記録容量、通信技術の高速化&高度化、さらにはアルゴリズムの進化で、機械が人間に迫る判断能力を獲得しつつある。早晩、暗黙知が欠落した人間よりも、機械による自動運転や接客の方が安心かつ安全であることが証明されるだろう。

 そうなると一体、人間には何が残るだろうか。英Oxford大学が2014年に発表した興味深いレポートがある。その名も「10年後に消滅する職業ランキング」。多くの職業人が自分の仕事の行末に不安を抱えているだろう。産業革命以来、人間の仕事は次々に機械が肩代わりしてきた。3Kな仕事を機械に押し付けて、人間は随分と楽をしてきたが、これから機械が狙うのは人間が嫌がる仕事ばかりではない。人間しかできないと思われていた高度な専門職、ずばり、ホワイトカラーがターゲットになる。

 ホワイトカラー(すでに、こういう表現は死語になりつつある)の仕事は創造的で高度な専門知識を要する(本当?)ため、機械が代替できるはずがない、という認識はもう通用しそうにない。ビッグデータと呼ばれる膨大なデジタル情報と予測アルゴリズムを駆使することで、人間の意思決定に近い、もしくは、人間以上に合理的な判断ができるらしい。もはや、あらゆる職業が機械との競争に晒される。

ウォール街から人がいなくなる?
ウォール街から人がいなくなる?
 10年後に消滅する職業の中には、なるほどと納得するものもあれば、まさかと疑うものもある。詳細は触れないが、医療や司法、金融といった仕事も例外ではない。と言うより、すでにこうした領域では、機械がバリバリ働いている。医療診断や判例検索・調査などは、すでにコンピュータの処理能力が必須だ。ウォール街では、数学的アルゴリズムを駆使した投資集団「Quant」が有名だが、最終的に、投資業務に関する仕事はすべて機械が行い、いずれはトレーダーが不要になるという指摘もある。

 そして、機械への置き換えはあらゆる階層で起こりうる。企業経営や政治も機械にお願いする日が来るかもしれない。ついでに言えば、自分では何もできないくせに、上から目線で他人のことを好き勝手に書き散らかしている記者のような職業も先行きは暗い。

 さすがに機械に文化、芸術、芸能は無理だろう、と淡い期待を抱くのはやめた方がいい。こうした分野でも、今時の機械は恐ろしいほど柔軟に対応する。先日放送されたTV番組では、ロボットが人間相手に漫才をしていたが、これが結構面白い(ヤラセでなければ……)。途中、知らない言葉が出てきても、サイバー空間にアクセスして検索を行い、最適な表現を瞬時に選択する。完全に人間の思考速度を上回っている。

 もちろん、明日から仕事がなくなり、世界中に失業者が溢れかえるわけではない。さすがに、全面的に機械を信用するには早すぎるだろう。最大の懸念はプログラムの不具合による暴走だ。こうした危惧は昔からあるし、映画の世界でも、ロボットの暴走、反逆、逆襲を描いた作品は多い。
 未来のテーマパークを題材にしたWestworld(1973年)という作品がある。40年以上前の古い映画だ。スキンヘッドのYul Brynner扮するアンドロイド・ガンマンのプログラムに不具合が生じ、最初は撃たれ役だったのが、途中から人間を襲い始める、というストーリーである。

 さらに10年後。今度は未来からとんでもないアンドロイドがやって来る。殺人アンドロイド「T-800」こと、The Terminator(1984年)である。演じたArnold Schwarzeneggerは、ミスター・オリンピアから、ハリウッドスター、そしてカリフォルニア州の知事まで登りつめた、オーストリア出身のボディビルダーだ。2作目以降はすっかりフレンドリーになってしまうが、1作目では、見事に暴走マシーンを演じてみせた。Matrix(1999年)でも、機械と人間の破滅的な戦いを描いていた。

こうした暗黒の未来を招かないためにも、今の人間にはやるべき仕事が山ほどある。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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