九州シリコンアイランドといわれれば、米国のシリコンバレーにあやかって命名されたことを覚えている。何しろ現時点では日本国内で生産される半導体の半分以上を九州エリアが担っているのだから、これはただごとではないのだ。
そして業界における最古参記者となってしまった筆者にとっては、九州シリコンアイランドと言えば、まず浮かび上がるのは九州日本電気(現在のルネサスの熊本川尻工場)である。1980年代後半にあって、日本電気(現NEC)は世界トップの生産額を誇り、君臨していた。そのメーン工場である九州日本電気は世界最大の半導体メモリー(当時はDRAM)工場であり、何回となく訪問したものだ。
そして少し時移り、東芝の1M(メガ)DRAMが世界シェアの9割を握る時代にあっては東芝大分工場が九州日本電気を追い抜き、ワールドワイドトップの半導体メモリー工場になった。この頃、東芝大分周辺にはいくつもの有力な協力企業が貼り付き、現在においては大分LSIクラスターを形成している。ファンドリー事業の拡大を目指すジャパンセミコンダクターの存在も頼もしいものがある。
今日の熊本にあっては、なんといっても、台湾のシリコンファンドリー世界トップのTSMCの進出が最大のエポックメーキングとなっている。同社の第1工場は1.2兆円を投じ立ち上がり、2兆円投入の第2工場も建設が開始されている。第3工場についても熊本県下に設置されるとの見通しが出てきた。さらにCMOSイメージセンサーで世界トップのソニーが合志に37万m²の巨大用地を取り、大型工場建設を進めている。
こうした半導体デバイスの設備投資に呼応して、東京エレクトロン九州の新たな研究開発棟の新設、横浜に本社を置く日本精密電子の荒尾新工場、プリント基板老舗の京写の玉名新工場などの投資ラッシュが始まっている。
ところで台湾TSMCは売り上げ13兆円を超え、半導体生産額でいえば、事実上の世界チャンピオンである。メディアの中には、TSMCが自ら選んで熊本進出を決めたかのように報じているものもあるが、これは事実ではない。
今や九州半導体産業の象徴にもなりつつあるTSMCの熊本工場
TSMCの熊本新工場については、経済産業省の若手官僚が、これこそ死に物狂いになって誘致活動に総力を挙げていたのだ。“ニッポン半導体復活”のためには、どうあってもTSMC誘致しかないという強い意志がそれをさせたのだ。
こうした動きは九州の各県にも少なからぬインパクトを与えている。佐賀県下では、シリコンウエハー世界No.2のSUMCOが過去最大のクラスの新工場の建設に踏み切り、日本政府はここにも大型の補助金を出すのだ。宮崎県下においては40万m²という巨大な土地にローム・東芝の連合軍がパワー半導体の新工場を計画。長崎においては、京セラが半導体部品関連の大型工場建設を決めている。鹿児島県においては、数十万m²の半導体関連工場誘致のための産業団地の準備が始まっている。
九州最大の県である福岡県においても、北九州に半導体パッケージの世界最大手である台湾ASEの進出が予定されている。ちなみに台湾政府は台湾企業の日本進出を支援すべく「台湾貿易投資センター」を福岡に設置することになった。これは今後も台湾企業が九州に多く進出することを意味する出来事であり、やはりそのコアは福岡が握ることになったのだ。そして福岡県自体も100万m²を超える土地を手配し、半導体関連の企業誘致に総力を上げていく構えなのである。
九州エリアには約1000の半導体製造拠点が存在している。そして、今後の国内外企業の投資拡大により、九州シリコンアイランドの新たな夜明けが始まったと言っても過言ではないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。