電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第591回

量産化に拍車がかかるSIB


大規模工場計画も進行中、次世代蓄電池の2番手

2025/2/21

 次世代蓄電池の1つとして期待されるナトリウムイオン電池(Sodium ion Battery、SIB)。リチウムイオン電池(LiB)最大手CATL、同2位のBYDをはじめ、数々の中国メーカーが参入している。日本勢では日本電気硝子が全固体SIBを開発しており、年内をめどに量産化する計画だ。

 富士経済によると、2024年のSIB市場(見込み)は60億円だが、45年には1兆3000億円規模に達する予測だ。次世代蓄電池の本命は言うまでもなく全固体電池だが、これに次ぐ2番手としての存在がSIBだ。SIBの動向を追った。

長所は低コスト化や急速充電性能

 SIBは、正極材(正極活物質)にナトリウム酸化物やプルシアンブルーなど、負極材(負極活物質)に炭素材料(ハードカーボンやソフトカーボン)、金属ナトリウム、電解質に有機電解液、水系電解液、固体電解質などを用いる。充放電メカニズムはリチウムイオン電池(LiB)と同様で、ナトリウムイオンが正極と負極を行き来するインターカレーション反応により電子を運ぶことで充放電を繰り返す。

 SIBの最大の強みは低コスト化と急速充電性能である。低コスト化の理由はナトリウムの豊富な資源量。地殻中の元素としては6番目に多く、世界中に分布するほか、海水にも豊富に存在する。これにより、材料コストをLiBの10分の1程度に抑えられると言われる。これに対し、急速充電性能においては一般的なLiBの1Cレートに対し、SIBは5Cレート以上に対応する。

 また、既存のLiB製造プロセス(「塗工法」または「ロール・ツー・ロール法」)を転用できる点も大きい。正極材、負極材、固体電解質など部材の変更はあるものの、既存設備で対応できるなど、新規投資を最小限に抑えられる。

短所は高エネルギー密度化や小型・軽量化

 一方、SIBの短所は高エネルギー密度化と小型・軽量化だ。ナトリウムの原子量は23で、LiBの7.0の3倍程度大きいため、エネルギー密度を上げるのは困難だ。

 現状、電気自動車(EV)などに使われる高性能LiB(量産品)の重量エネルギー密度は300Wh/kg前後だが、SIBは200Wh/㎏にも達していない。加えて、原子量が大きいため重量が重く、かつ体積も大きくなる。従って、携帯機器やドローンには不向きとされる。ただし、重量・体積の制約が比較的少ないエネルギー貯蔵システム(ESS)、無停電電源装置などは有力とされる。さらに、SIBはLiB同様に安全性も懸念される。特に金属ナトリウムは空気中の酸素と反応すると発火する恐れがあると言われる。

 なお、マグネシウム、カリウム、カルシウム、アルミニウムを用いた次世代蓄電池の開発が行われているが、いずれも原子量がリチウムより大きいため、LiB以上の高エネルギー密度化や小型・軽量化は困難とされる。

中国勢が続々参入、大規模工場計画も進行

 現状、SIBの参入メーカーは中国勢が圧倒的に多い。具体的には、CATL、BYD、Xing Kong Nadian、Farasis Energy(孚能科技)、Fan Cun New Energy(方寸新能源)、Guanzhou Great Power(広州鵬輝能源科技)、HiNa Battery Technology、Li-FUN Technology(立方新能源)などが挙げられる。うちCATL、BYD、Xing Kong、HiNa、Farasis、Li-FUNはEV向けを中心に量産フェーズに入っている。

 CATLは23年4月、中国自動車メーカーChery Automobile(奇瑞汽車)のEVに採用されたと発表。EVの車種や発売日、エネルギー密度などは不明だが、LiBとのハイブリッドとみられ、少量生産ながらすでに出荷済みだ。BYDはSIBを搭載した、自社EV「海鴎(Seagull)」を市場投入する考えで、同じくLiBとのハイブリッドである。

JACの乗用EV「花仙子」
 HiNaのSIBは、JAC(安徽江淮汽車集団)傘下のEVブランド「Yiwei」の乗用EV「花仙子」に搭載され、24年初頭より販売している。一充電航続距離は252kmで、SIBを搭載した世界初の乗用EVの量産モデルとなる。HiNaはSIBベンチャーとしていち早くSIBの商用化に成功し、小型EV、電動三輪車、電動バイク、ESSを含む、様々な分野向けに出荷してきた実績を有する。

 FarasisのSIBは、Jiangling Motors(江西江鈴集団新能源汽車)が24年初頭にリリースしたEV「EV3」に搭載されている。

 また、従来の少量生産から大規模生産に移り変わりつつあり、一部大規模工場の建設計画も進んでいる。BYDは傘下のFinDreams BatteryがトライサイクルメーカーのHuaihai Groupとともに徐州市(江蘇省)にSIBの大規模工場を建設中だ。設備投資額は100億元(約2200億円)で、生産能力は年産30GWhを見込む。他方、HiNaは23年に阜陽市(安徽省)に同5GWh対応の大規模工場を建設済みだ。

日本電気硝子、25年に量産化

 中国メーカー以外では英Faradion、仏Tiamat Energy、米Natron Energy、日本電気硝子などが取り組んでいる。Faradionは、Infraprime Logistics Technologyと協業し、インドの商用EV向けに安価なSIBを開発している。同時にインドで大規模工場を建設する計画を進めている。Tiamatは25年までにSIBをEVなどに搭載していく考えで、30年までに同6GWhの生産体制を目指す。

 日本電気硝子は正極、負極、固体電解質をすべて結晶化ガラスとした全固体SIB「オール結晶化ガラス酸化物全固体ナトリウムイオン電池」を開発している。用途としては電子機器、モビリティー、ESSなどを想定している。サンプル出荷を開始しており、今年中の量産開始に向けて本社のある大津事業場(滋賀県大津市)で量産設備の立ち上げなどを進めている。

低コスト化有望も現状はLiBと同等

 SIBの商用化が進む中、長所のひとつである低コスト化については強みを失いつつある。現状、SIBセルの平均価格は80~90kWhとされており、LiBより若干低い程度だ。ただし、リン酸鉄リチウム(LFP)正極を用いたLiBはこれより低く、中国製のLFP正極LiBでは70~80kWhと言われている。従って、SIBが著しくコストが低いとは言えず、今後もLiBの低コスト化が進むことからコストメリットは低くなる。

 ただし、長期的には材料コストの低いSIBは有利で、LiB以上に急速に低コスト化が進むとの見方もある。また、短所とされる高エネルギー密度化も研究開発の進展により改善していく見通しで、今後、普及の後押しになるとみられる。


電子デバイス産業新聞 東 哲也記者

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