電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第585回

中国ARグラスメーカーが専用チップ発表


日本ベンチャーも自社開発ARグラスを展開へ

2025/1/10

XREALがARグラス用チップを開発

 2024年12月11日~13日に都内で開催された、XR・メタバースをテーマとしたカンファレンス「XR Kaigi」で、ARグラスを開発・販売する中国のXrealが新製品「XREAL One」を発表した。価格は6万9980円(税込み)。日本では1月17日から販売開始する。

 驚いたのは、専用の「空間コンピューティングチップ」の「X1」を発表したことだ。自社でこのARグラス専用チップを設計し、TSMCで量産している。プロセスノードは12nm。2年半をかけて開発・製造にこぎつけた。

XREALの24年を振り返る高天夫氏
XREALの24年を振り返る高天夫氏
 同社CEOの徐馳氏が、何度もTSMCにプレゼンをして量産化を納得させたというX1チップは、「当社の設立当初から構想にあったもの。この新チップを搭載したのがXREAL Oneで、前機種Air2シリーズの後継機種にあたるが、ここから始まるという意気込みを込めてAir3という名称にはしなかった」(日本XREALプロダクトマネージャーの高天夫氏)という。今後、全ての製品にこのX1チップを搭載していく。また、同チップはAIにも対応する。

AR市場シェアの約半数を獲得

 同社は北京市に本社を置き、無錫市に光学系を製造する自社工場を持つ。前機種Air2Ultraの売れ行きが好調で、24年にも工場を拡張したが、現在もさらに増強しているという。24年上期のARグラス市場(世界)においては、同社が47.2%のシェアを占め(調査会社IDCより)、日本市場においては3年連続市場シェア1位をキープし、24年の売上収益は前年比31%増となった。また、XREAL日本市場のコンテンツ発信量はXREAL全体の46%以上を占めたという。

 同社はXR分野で米クアルコムともパートナーシップを構築している。先般、Googleがサムスンとの協業により開発したXR向けOS「Android XR」を発表したが、Googleはクアルコムのパートナー企業であるXREAL、Lynx、SonyのAndroid XRデバイスの開発を支援していくという。なお、サムスンは開発コードネーム「Project Moohan」として進めてきたヘッドセットにこのOSを搭載し、25年に発売する予定だ。

XREAL Oneは3msの低遅延を実現

 1月17日に日本発売となる新製品XREAL Oneは、X1チップを搭載したことで3msの低遅延を実現しており、表示遅延を大幅に短縮化した。これまでは、有線接続するスマートフォンやパソコンなどのホストデバイス側で映像を処理してグラスで表示するという作業が発生していたが、X1チップにより本体側で処理できるようになったためである。

 また、外付けデバイスの「XREAL Beam」につなぐことで可能にしていたぶれ補正や画面固定が、ARグラス本体でできるようになった。3DoFに対応し、リフレッシュレートは全モードで90Hz(最大120Hz)、輝度は最大600ニット、視野角は50度を実現した。ディスプレーにはソニー製の0.68型OLEDoS(マイクロ有機ELディスプレー)を採用し、片目解像度1920×1080のフルHDで、最新の自社光学エンジン3.0を搭載した。4m先に147インチ、10メートル先に367インチの画像を見ることができる。

 スペック的には同社ハイエンド機種のAir 2 Ultraが勝る部分もあるが(視野角52度、6DoF対応など)、こちらは価格が約10万円。OneはUltraで採用されて好評だった調光モードも本体に搭載している。

 視野角がARグラスでは最大級の50度にできたことは、0.68型のOLEDoSや光学系の設計が寄与しているが、同程度であれば日常使いをするARグラスには必要十分であり、どんどん視野角を広げていくことがARグラスにとっての最適解ではないという。同社がターゲットとするのはコンシューマー市場で、人々が簡便にARグラスを使えることを目標としている。常にユーザーアンケートによるフィードバックを次世代製品の開発に反映させており、それによると、ワイヤレス化(現状はスマホなどと接続している)の実現の方が関心が高いようである。

日本ベンチャーもARグラス開発

 また、XR Kaigiには日本のベンチャーCellid(セリッド)も出展した。同社はARグラス用ディスプレーと空間認識エンジンの開発を手がけるファブレス企業で、24年11月に自社開発したARグラスを発表した。CES2025で同製品や最新のウエーブガイドを出品している。同社のARグラスは最先端の光学シースルーディスプレー方式のウエーブガイド(DOE方式)やマイクロプロジェクターなど、スマートグラス向けの最先端テクノロジーを体験できる検証用モデルとして、国内外の法人に向け提供中だ。

セリッドが発表した法人向けARグラス
セリッドが発表した法人向けARグラス
 最先端の光学レンズを採用したことで、通常のメガネと変わらないデザインと約58gの軽量化を実現したという。自社開発したウエーブガイド(ARグラス用ディスプレーレンズ)は、一般的なメガネレンズと同等の薄さと軽さを保ちながら、鮮やかなフルカラー表現を実現した。この技術は、世界最大のディスプレー学会であるSID(The Society for Information Display)から「2024 Display Component of the Year Award」を受賞しており、業界内で高い評価を得ていることから、国内外の大手企業とARグラスの普及に向けて、共同開発および量産に向けた取り組みを進めている最中だ。

医療でAR技術の活用の期待

 同社はまた、東京科学大学の研究グループによる医療用に特化したARグラスの開発・研究プロジェクト「メタマテリアル技術を活用した医療用ARグラスの実現」にも参画している。近年、AR技術は多岐にわたる分野での活用が期待されており、とりわけ医療分野におけるARグラスの活用として、遠隔での診断支援、手術の前段階のシミュレーションや手術中の生体情報の可視化などが期待されている。

 同プロジェクトは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の24年度の戦略的創造研究推進事業に採択されたもの。セリッド、東京科学大学、三井化学といった分野の異なる組織が連携し、素材開発から光学設計、製造技術の確立、ソフトウエアアプリケーションを含めた実装、臨床現場での検証に至るまで一気通貫の体制で実施される。

ポストスマホの波は着実に

 これまでにも、メガネ型のスマートグラスの開発・実用化は進められてきたが、一過性のブームとして終わってきた。近年のXRデバイスブームの波は、プラットフォーマーや半導体企業が牽引役となっていること、スマホに代わる次世代デバイスの開発とそれによるエコシステムの構築が目指されていることから、一過性にはならず確実に市場展開される製品として開発が進められている。

 長らく噂が先行していたアップルのXRデバイスは、メガネ型ではなくヘッドセットではあるものの「空間コンピューティングデバイス」として24年に上市され、同社の製品動向をうかがいながら慎重に計画を練っていたサムスンも25年には新製品を発表するとしている。

 メタはすでにヘッドセットを上市済みで、次世代製品としてARグラスのプロトタイプを発表しており、アップルやサムスンもこれに続くかもしれない。中国では世界市場で活躍するXREALのほか多くのベンチャー企業が立ち上がり、製品展開がすでに進められている。日本でもセリッドやNTTコノキューデバイスが自社開発した製品の展開を開始している。聞くところによると、27~28年には「ポストスマホ」を担うXRデバイスの量産展開が本格化するそうで、30年ごろにはスマホを片手に情報を得る生活が変化しているかもしれない。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子

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