2025年4月13日に開幕し、25年10月13日までの184日間にわたり大阪で開かれる「日本国際博覧会」(略称「大阪・関西万博」)。テーマに『いのち輝く未来社会のデザイン』、サブテーマにSaving Lives(いのちを救う)、Empowering Lives(いのちに力を与える)、Connecting Lives(いのちをつなぐ)を掲げ、161カ国と9の国際機関、国内の32団体、展示館32館(日本政府、日本万国博覧会地方公共団体出展準備委員会、2公共企業体、28民間企業・団体)の参加・出展が決まり、開催期間中2820万人の来場者を見込む。
多くの出展、出品の中で2つのユニークな技術・製品として、SPACECOOL(スペースクール)と軟骨伝導聴覚がある。いずれも日本発、関西発の優れた技術・製品であり、万博を機に世界の人々、企業への情報発信と普及を目指している。
太陽光と大気からの熱をブロックし宇宙に放射
大阪ガスが開発したSPACECOOLは、太陽光と大気からの熱をブロックし熱吸収を抑えるだけでなく、宇宙に放射を行うことで熱を捨て、ゼロエネルギーで外気より低温にする新素材の光学フィルム。独自の多層構造によって、太陽光をブロックし熱吸収を抑える遮熱機能(反射率95%以上)と、「大気の窓」の波長域の赤外線を増大し、宇宙に放射を行うことで熱を捨てる放射冷却機能(放射率95%以上)を両立した。
大気には光をよく通す(透過率が高い)波長と光をよく吸収する(透過率が低い)波長が存在し、エネルギーの形で熱を宇宙空間に輸送するには大気の透過率が高い波長が優れており、特に透明性が高い波長8~13μmの波長範囲を「大気の窓」と呼ぶ。SPACECOOLは、周辺の熱エネルギーを「大気の窓」の波長域の光エネルギーに変換し、マイナス270℃の冷たい宇宙空間に輸送する。宇宙空間へ熱を放射することで熱を捨て、ゼロエネルギーで外気より低温にする新素材である。
電子機器劣化抑制や空調効率向上
製品はフィルム、マグネットシート、ターボリン・キャンバス、建築用膜材料の4タイプがあり、用途として、屋外機器(屋外盤、蓄電池、キュービクル、基地局)では、屋根・外壁面に施工することで、日射および内部発熱による電子機器の劣化を抑制する。故障トラブルやメンテナンスのコスト低減、交通輸送(ラック荷台、バスなど)では、モビリティーの外装や空調機に施工することでモビリティー内を冷却し、暑熱問題の解消と空調効率の向上、建築物(工場、倉庫、空港等の大型施設)や仮設資材(ユニットハウス、テント倉庫、コンテナなど)では、屋根・外壁面に施工することで、日射による入熱を最小化し内部空間を冷却可能とするほか、空調効率を向上させ、省エネ・CO2削減効果が期待できるとしている。
「ガスパビリオン おばけワンダーランド」イメージパース
万博では、日本ガス協会が出展する「ガスパビリオン おばけワンダーランド」に、SPACECOOLを活用した膜材料が採用された。「ガスパビリオン おばけワンダーランド」は、24年11月5日に建物が完成、24年内に内装と展示が完成する。
500年ぶりの発見、軟骨伝導聴覚
注目する2つ目の技術は軟骨伝導聴覚で、これは、奈良県立医科大学の理事長兼学長の細井裕司氏が2004年に発見したもの。それ以前から知られる「気導」および「骨伝導」に続く第3の聴覚として、実に500年ぶりとなる発見であり、医学・生物学的な意義にとどまらず、そのメカニズムから医療・福祉はもとより、人々の暮らしを豊かに便利にし、また、産業化への大きなポテンシャルを秘める。
17年の補聴器の発売に続き、22年の(株)オーディオテクニカの世界初となる軟骨伝導ヘッドホンの発売により、テレビや新聞などマスコミに紹介されることが増えたことなどから認知度が向上し、23年には日本オーディオ協会から「音の匠」に顕彰され、第36回ミュージック・ペンクラブ音楽賞、24年8月には(株)船井総研ホールティングス主催のサステナブルグロースカンパニーアワードを受賞し、俄然注目度が高まってきた。大阪・関西万博においては、24年9月20日現在、日本政府パビリオン、パソナパビリオン、大阪ヘルスケアパビリオン、関西パビリオンに軟骨伝導機器の導入や展示が決定している。
HMDから水中音楽鑑賞・耳ツボ刺激まで
振動子で耳周囲の軟骨を振動させて耳の中に「気導音源」を生成させて外耳道、鼓膜、中耳、蝸牛へと伝える原理であるため、スマートウォッチ・腕時計・リストバンド・指輪に振動子を装着すれば、指先に振動子の振動が伝わり、その指先を耳軟骨に当てると明瞭に会話音を聞くことができ、さらにペン型など極小の電話も実現可能である。眼鏡のツルに振動子を付ければ眼鏡型の軟骨伝導イヤホンとなるし、マイクと一体化すれば眼鏡型電話となり、さらに音が漏れない、外部音を遮断することなく聞こえるといった軟骨伝導の優位点を備えたスマートグラスやヘッドマウントディスプレー(HMD)が実現する。
業務向けでは、通信用インカムとして両耳装用軟骨伝導通信機が実現する。従来の片耳装用ではオペレーター、イベント会場のスタッフ、SPなどの警備員にとっては周囲の音声が気になり、聞き取りにくいことや、周囲の状況および声がけの方向が判りづらいが、軟骨伝導の両耳聴取ならこれらの支障はない。騒音の大きい職場環境において、現在の片耳は騒音性難聴になりやすいが、両耳では片耳装用より6~10dB小さい音圧で聴けるため難聴になりにくく、健康経営の観点から従業員を騒音性難聴から守ることができる。
これにとどまらず、振動により音源を生成することから、水中での音楽鑑賞が可能で、すでに実験を終えており、また、その振動を利用して音楽鑑賞やラジオを聴きながら耳ツボ刺激効果も得られることがわかっている。関西医療大学神経病研究センターによる日本東洋医学会では、脳血管障害後左片麻痺患者の手指巧緻運動障害に対する軟骨伝導pink noise印可による治療的試みにより、拇指の分離した屈曲が可能となったといったことが報告されている。軟骨伝導聴覚発見者の細井氏は、この技術を応用した製品を開発・販売する企業を募集している。
電子デバイス産業新聞 編集委員 倉知良次