AR/VR向けFPDは成長減速も期待市場
右肩上がりの急成長を描いていくかと見られていたAR/VRデバイスは、その勢いが減速しつつある。調査会社のDSCCによれば、これら機器に搭載されるAR/VR用ヘッドセット向けFPD(フラットパネルディスプレー)の2024年の出荷数量は前年比12%増になる見通しであるものの、従来予測の1900万枚を大きく下回る見通しだという。しかし、今後5年間の長期予測について、減速はあるものの着実な成長となるとし、AR/VRがFPD業界にとって最も急成長する分野の1つであるとの見方は変わらないとしている。
XRデバイスのうち、市場形成が最も早く進んでいるVRデバイスでは、すでにメーンサプライヤーの顔ぶれが決まりつつあり、DSCC/Counterpointの調査によれば、24年第2四半期のAR/VR市場OEM別シェアランキング(出荷数ベース)は、メタ(米)74%、Pico(中)8%、DPVR(中)4%、Apple(米)3%、Sony(日)3%、その他8%となった。上位3社で90%を占める結果となっている。
VRデバイスは市場形成が進み踊り場に
VRデバイスは、ヘッドマウント(HMD)タイプで、すでに成熟市場であるゲームというコンテンツと非常に親和性が高いことから市場形成が早々に進んだ。今後のデバイスの進化は、筐体の薄型化、軽量化、アイトラッキングやディスプレーの高精細化などニーズはさまざまあるものの、どれも今あるデバイスをどう向上させていくかというロードマップの上にある。
搭載されるディスプレーで言えば、高精細化がメーンの注力テーマになっており、メタのVRデバイス「Meta Quest」シリーズなどで採用されているといわれる、(株)ジャパンディスプレイのVR向け高精細ディスプレーの開発ロードマップでは、25年に2000PPI、28年に2500PPIの開発達成を目標に掲げており、やがて3000PPIを目指すとしている(すでに2.15型で2527PPI達成を発表)。市場としてはサプライヤーが定まってきており、人気の機種が愛好家を中心に消費者にも行き渡り、一巡感が出てきている。今後は、広く一般企業などでの導入によって、裾野を広げていく動きに期待だ。
ARデバイスは黎明期もある方向性が
ARデバイスはいまだ黎明期に突入したばかりで、さまざまなデバイスが発表されたり(発表だけであったり)、斬新な用途が提案されたりと種々様々だ。ARデバイスがVRデバイスと比べて市場形成がなかなか進まないのは、ポストスマートフォンを目指すデバイスだからで、最終形態は日常的に使うモノになることだ。メガネ型なので、当然眼鏡のように身に着けていても自然でなければならないが、眼鏡に通信や演算機能、バッテリー、ディスプレー含む光学系など様々な機能を搭載するため、どうやっても眼鏡から遠ざかってしまう。これがなかなか、デバイスが完成しない難しい点だ。
そこで、1つの傾向として、眼鏡のように無線であり、かつAR機能を搭載するなら、完全なスタンドアローンは無理でもそれが可能な程度までに機能を絞ろうとする流れが出てきている。動画をしっかりと視聴するために高精細・高画質なディスプレーを搭載するのではなく、文字や数字、お知らせ機能など日常をアシストするような情報を見ることができるタイプだ。
これには、ウエーブガイド(導波路)方式と呼ばれる光学系の方式のARグラスが、今後拡大していくとみられている。ウエーブガイド方式とは、眼鏡のレンズに当たる部分にウエーブガイドを用い、その中で光(映像)を屈折させることで目に映す仕組みで、シンプルな構造であることから軽量化が期待できる。このため、高屈折率なウエーブガイドの開発や量産化、それに付加する機能の素材開発やナノインプリント技術などに関心が高まっている。
高屈折率ウエーブガイドの開発
大手ガラスメーカーの米コーニングは、2022年1月にウエアラブルデバイス向けAR/MR回折導波路の開発を後押しすべく、新しい組成のガラスを開発し発表した。同社はすでに1.8や1.9といった高屈折率なガラスをラインアップしているが、新製品は屈折率2.0と非常に高いもので、これにより、デバイスの視野角(FOV)の拡大が図れ、青色波長の光透過率など光学的透明性の向上ができるという。ウエハー径は150mm、200mm、300mmをラインアップした。
三井化学では、23年12月にAR/VR市場の拡大に向け、ARデバイスで用いられるウエーブガイド向け樹脂ウエハーのDiffrar(ディフラ)の開発を発表した。ウエーブガイドは、より軽くするために樹脂製のニーズが高いものの、ガラスと比べて高屈折率化が難しいとされている。同社が開発したディフラは、ウレタン系樹脂で1.67以上の高屈折率を持ち、高平坦性など優れた光学特性を持つため、ARデバイスユーザーへ広い視野角(FOV)を提供するという。樹脂製のためデバイスの安全性(耐衝撃性)や軽量化にも寄与する。光学樹脂ウエハーは3~8インチまでをラインアップした。なお、8インチサイズのARグラス向け光学樹脂ウエハーは世界初となる。
CellidのFOV60度を実現した
フルカラーのウエーブガイド方式
ディスプレー
また(株)オハラでは、24年1月にベンチャーのCellid(株)とARデバイス用ウエーブガイドの性能向上に向け、資本業務提携を締結したと発表した。提携内容は①AR用基板材料の開発、②①を推進するための人材や技術の交流。Cellidは、次世代デバイスであるARデバイス用ディスプレーや空間認識エンジンの開発を主軸に事業展開している。ARデバイス用ディスプレーとしては、光学シースルーディスプレー方式のウエーブガイド(DOE方式=回折光学素子方式)を製造するベンチャーだ。オハラでは、「最先端ウエーブガイドのイノベーション加速に貢献していけると確信している。新たなAR産業を創出し、社会の利便性向上および両社の事業成長に向け取り組んでいく」とコメントしている。
ナノインプリントで機能付加
また、ウエーブガイドの視野角拡大などを目的として、回折格子などの微細構造や機能を付加するためにナノインプリントプロセスが活用されている。
NTTアドバンストテクノロジ(株)は、24年9月耐光性に優れた屈折率1.9の高屈折率ナノインプリント樹脂を開発したと発表。25年1月から提供を開始する予定だ。可視光領域での信頼性が求められるAR/VRなどの光学デバイス用途に対して適用拡大が期待されるという。
23年4月には、DNP(株)とSCIVAX(株)が、ナノインプリントの量産ニーズに対応すべく、ナノインプリント製品の量産を行うファンドリー事業に関する資本業務提携を行っている。合弁会社のナノインプリントソリューションズ(株)を設立し、メーカーからのナノインプリント製品の量産ニーズに対応する。DNPが持つ最先端ナノインプリント用原版の製造技術ならびに量産ノウハウなどに、SCIVAXの量産製造設備と装置設計技術などを組み合わせ、両社のバリューチェーンをさらに統合していくという。
またAIメカテック(株)では、23年7月にオプトランと合弁会社ナノリソティックス(株)を設立している。AIメカテックが持つナノインプリント技術やインクジェット方式のパターニング塗布技術、オプトランが持つ高度な光学系薄膜成膜技術やドライエッチング技術を融合したナノインプリントによる量産技術を提供する。23年9月には、材料メーカーのJSR(株)も出資している。
これら取り組みにより、今後スマホと同等のポジションを獲得できるような、ARデバイスの登場を楽しみに待ちたい。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子