電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第564回

HBM3Eをめぐる韓国勢同士の戦い


トランプ・リスクも再浮上

2024/8/9

 サムスン電子は、世界のAI市場を牽引する「大口取引先」であるNVIDIAに第4世代の高帯域幅メモリー(HBM3)を供給する。これにより同社は、2024年7~9月期にAI向けの高付加価値製品であるHBM3EもNVIDIAの品質テストを通過することができるのか、注目されている。NVIDIAへのHBM供給が拡大すれば、AI半導体市場の爆発的な成長の波に乗ることができ、HBM市場でトップを走るSKハイニックスに対するキャッチアップも見えてくる。サムスンは次世代HBMである第6世代のHBM4は25年の本格量産を目指す。


 サムスンのHBM3は、24年8月から中国市場に出荷予定のNVIDIAの「H20」GPUに採用される見通しだ。NVIDIAの従来の調達先であるSKは、HBM3Eの生産を増やすためにHBM3の供給制約が生じるとみられており、NVIDIAはHBM3を供給する第2のサプライヤーを必要としている。ただし、サムスンのHBM3が中国向け以外のAIプロセッサーにも搭載できるかは、いまのところ不透明だ。サムスンは23年7~9月期にHBM3を初めて量産、複数顧客への供給を開始すると同時に、NVIDIAとも取引を開始したのだ。

 ところが、AI市場の急成長により、半導体市場における関心はHBM3よりはHBM3Eに移行しつつある。韓国半導体産業界では、サムスンのHBM3Eは依然としてNVIDIAの品質テストに通過していないと分析している。サムスンはNVIDIAからHBM3E 8層の品質認証を24年7~9月期に、HBM3E12層の認証は24年10~12月期に完了する狙いだ。

 韓国証券街筋では、サムスンのHBM3EがNVIDIAの品質テストを通過するのは確実とみている。最近になって、NVDIAは委託先のTSMCに対して24年下期に出荷予定の次世代AIアクセラレーターである「Blackwell」の発注量を当初の計画より25%増やした。つまり、SKとマイクロンがNVIDIAにHBMを供給しているものの、サムスンのHBM3Eをこれに加えないとBlackwell向けの数量が足りないことを意味している。

 調査会社トレンドフォース(台湾)によれば、23年度の世界HBM市場シェアはSKが53%で断トツとなり、サムスンは38%とこれに続いた。24年7月、サムスンはすでにHBM3Eの量産準備承認(PRA)を終えたようだ。

HBM戦略を発表するSKハイニックス(写真提供:SKハイニックス)
HBM戦略を発表するSKハイニックス
(写真提供:SKハイニックス)
 PRA完了はNVIDIAとは無関係でサムスン内部のHBM基準を満たしたことを意味するが、量産直前のプロセスとみられる。韓国半導体産業に詳しいソウル証券街のあるアナリストは「HBM3とHBM3Eはパッケージ方法が同様であることから、サムスンがNVIDIAにHBM3を供給することは、24年内にもHBM3Eに対する承認が下される可能性は高い」とし、「メモリーの好況サイクルは上昇曲線を描いており、少なくとも25年と26年上期までは続く見通しだ」と分析する。

 韓国の輸出を牽引する半導体業界は、米国大統領の返り咲きに挑戦するトランプ氏による「台湾防衛費の分担金」の発言に緊張している。トランプ氏に続いて再選出馬を諦めたバイデン大統領も同盟国(日欧韓台)に対中国半導体制裁の強化を促しているため、中国国内に多くの半導体キャパシティーを持つ韓国メーカーの悩みは深まっている。

 これにより、サムスンとSKは、米国政府や議会などに的を絞ったロビー活動に熱心なことが分かった。サムスンとSKは「すでに前回のトランプ政権時の経験からいわゆるトランプ・リスク(アメリカファスト・保護貿易主義)への対応策を立てたことがある」とし、「米国における我々のロビー組織を総動員し現状を把握したうえで、それに相応する対策づくりを進めている」と語る。これから米国大統領選挙が佳境に入るにつれて、半導体関連の政策的なリスクはさらに浮き彫りになりそうだ。

 トランプ前大統領は先日、あるインタビューで「バイデン政権によるCHIPS法の支援で、台湾は米国半導体ビジネス全てを持っていったほか、いまや補助金まで受け取っている」と半導体支援法に批判的な見解をアピールした。これは台湾のTSMCと防衛費を指した発言で、韓国については直接的には言及しなかったものの、台湾と同じ論理だとすればサムスンとSKなどが米国からの補助金受領について文句を突きつける蓋然性は十分にあると、韓国半導体業界では予測している。

半導体同盟を強める米韓首脳(写真提供:韓国大統領府)
半導体同盟を強める米韓首脳
(写真提供:韓国大統領府)
 一方で、トランプ氏が米国大統領に返り咲いても、メモリー業界に及ぼす余波は大きくないとの分析が説得力を得ている。19年のトランプ政権時に中国産半導体に対する高関税賦課により、サムスンとSKはそれぞれ西安、無錫で生産する中国産半導体を中国顧客向けだけに販売し、米国顧客向けの製品は全量を韓国産半導体で対応している。

 いずれにせよ、いまや世界の半導体産業は一国の産業的な領域を超えて、諸国の安保に関わる最先端の武器となっている。また、1980年代に先鋭化していた東西冷戦を彷彿させるような半導体をめぐる駆け引きは、日欧米韓台という西側陣営と中露印という東側陣営との新冷戦が展開されているといえよう。そこに南北分断の韓国は東西新冷戦の最前線に位置しており、米国を後ろ盾とする先兵役を強いられている。米国の対中国半導体制裁は、長期間かつ徹底的なもので、簡単に妥協する事案ではないことが見て取れる。


電子デバイス産業新聞 ソウル支局長 嚴在漢

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