電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第563回

電動車は先端半導体からレガシーまで全網羅


SDVへ高まる電子デバイスの重要性

2024/8/2

 この数カ月、自動車関連に従事する関係者へのインタビュー取材、情報交換などの機会が相次いだ。前回の本コラムでも自動車業界が変革期の渦中にあることをテーマに執筆させていただいたが、改めて自動車・モビリティーが今後、半導体や電子部品にとって先端半導体からレガシー半導体まで包含する有力な主力市場の1つに位置づけられていくこと、一方で、各自動車メーカーの差別化要素がソフトウエアへと大きく変化していく流れをより強力に意識するに至っている。電動化、自動運転など従来意識されてきた領域に、さらにAI、クラウドなどの要素も加えながらの車両設計、ソフトウエアを主軸に据えてハードウエアが選ばれるという判断基準の変化が生じているようだ。

 自動車業界ではセントラルコンピューティング、ゾーンコントロール、E/Eアーキテクチャー、SDV(Software Defined Vehicle)などのキーワードを耳にしない日はないくらい常態化している。実際には2020年代後半にかけて各自動車メーカーから立ち上がってくるとされているが、ティア1サプライヤー、半導体メーカー、電子部品メーカー各社では具体的な製品開発が繰り広げられている。

 全貌を筆者自身がまだ理解しきれているわけではないが、車の価値がソフトウエアによって決まる時代に突入すること、自動車のネットワーク構造は現状のドメインアーキテクチャーからゾーンアーキテクチャーへと進化すること、セントラルコンピューティングを担うSoC/プロセッサーは生成AIを含む最先端のAIプラットフォームにも対応する必要があること、一方でセントラル以外では既存の車載用半導体主要メーカーのSoC/プロセッサーやMCUの技術進化を必要とし、かつパワーウインドウなどを担うシンプルな電子化パーツなどではレガシー半導体の活躍フィールドも多数存在、さらにUXに向けて新たな半導体や電子部品に新たな商機到来という、まさに先端からレガシーまで全網羅の巨大なアプリケーションツールになり得ることが改めてイメージされる。

自動車専用の最先端SoC/プロセッサー開発へ挑戦

 この構造をイメージしながら、まずセントラルに該当する半導体に着眼しながら取材や情報交換を通じて検証してみた結果、生成AI並みのAIプラットフォームを満たすSoC/プロセッサーを実用レベルで実現できている陣営として名前が挙がってきたのは米NVIDIA、米Tesla、セントラルの中でもIVI(in-vehicle infotainment)、ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems)の領域になるとNVIDIA、Teslaに加え、米クアルコム、モービルアイ、ルネサス エレクトロニクス、蘭NXP Semiconductors、米AMD、米Ambarella、中国HiSilicon Technology、中国Horizon Roboticsなどもプレーヤーとなることが確認される。また、これら半導体の製造プロセスはおおむね7~5nmとみられる。

 Teslaは半導体の外販はしていないことから、生成AIを含む先端AI向けでは車載向けでも現状、NVIDIAの牙城であることが把握される。ただし、NVIDIAのチップは自動車専用ではない。そのため、オーバースペックやコスト高が自動車1台の車両コストを考えた際、無視できないレベルになっており、こうした実態が、日本勢結集の自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)発足の要因の一端であるようだ。

 ASRAには現状、日系自動車メーカー6社(スズキ、SUBARU、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業(Honda)、マツダ)、日系電装部品メーカー3社(デンソー、パナソニックオートモーティブシステムズ、日立Astemo)、半導体関連企業5社(ソシオネクスト、日本ケイデンス、デザイン・システムズ社、日本シノプシス、ミライズテクノロジーズ、ルネサス エレクトロニクス)の計14社が加盟している。「日本の自動車業界を担う各レイヤーの主力プレーヤーが結集して、自動車専用SoC共通のアーキテクチャー設計ができる仕組みを作ろうとの思いで立ち上がったのがASRA」とデンソーも電子デバイス産業新聞の取材の折にコメントしており、今後、セントラルコンピューティング向け最上位のSoCが日本勢一丸で急ピッチで開発されていく流れになりそうだ。

 公式アナウンスでは28年までにチップレット技術を確立、30年以降の量産車対応へ、とされているが、世界のスピード感から若干前倒しで進行することも推測される。なお、このチップレット技術が手段として有力視される背景については、「チップレットの良さは、最先端品からレガシー品まで世代の異なる複数チップを混載できる点」(デンソー)にあるようだ。製造委託先選定において、各機能で違うメーカーに製造委託できる製造面での柔軟性などの利点も想定される。

中国ではIT系企業と協業の動き

 一方、中国では24年4月の北京モーターショーを筆頭に、各自動車メーカーから中国国内展開においてAIの演算能力などを活用するパートナーシップ、協業などが相次ぐ。たとえばトヨタ自動車はテンセントと、日産自動車は百度(バイドゥ)と、ホンダもファーウェイなど現地企業との連携強化を打ち出すなど、IT系企業との連携強化に動いている。

 これらのIT系企業は、中国EVメーカーはもちろんのこと、欧米系自動車メーカーとも協業・パートナーシップを結んでおり、Intelligent Vehicleとして公開されている「百度Apollo」の関連情報を確認してみると、自動車関連主要提携企業にはトヨタ、ホンダ、ヒョンデ、BYD、フォード、Tesla、NIO、KIAなどの自動車メーカーが、そしてオープンなパートナーシップエコシステムにはNVIDIA、クアルコム、テキサス・インスツルメンツなどの大手半導体メーカーも名を連ねており、自動車業界に浸透していることがうかがわれる。中国が自動車のEV化のみならず、デジタル化領域でも先行している証でもある。

 電子デバイス産業新聞2023年12月7日号でテクノ・システム・リサーチ(TSR)の岩波宏幸氏が「自動車を取り巻く環境が急激に様変わりし、もはや自動車のみならず、各需要地別のスマートシティ、デジタル社会の進展度合い、通信インフラ、データセンターまで総合的環境の中で自動車の位置づけを考察する必要性が生じている」「グローバル化から特定国地域ごとにビジネスを循環するエコシステム化へと転換していく方向性にある」と語っていたことの一端とも受け取れる。

車載向けMCUはハイ~ローまで全網羅

 さて、こうした先端領域を除くゾーンコントロール(場合によってはセントラル向け製品群が選択される可能性もあり)以降の領域では、今後も引き続き車載向け主要半導体メーカー活躍のフィールドとみる。筆者が把握し得ている車載用MCU主要メーカー4社(ルネサス エレクトロニクス、インフィニオン・テクノロジーズ、NXP Semiconductors、STマイクロエレクトロニクス)の車載用MCU製品群を確認してみると、各社が核となる製品ファミリーを用意し、そのファミリー内にハイエンド(製造プロセスノード28~40nm)~ローエンドまで各シリーズ展開で取り揃えていることがわかる。

 SDVの時代を迎え、これら半導体メーカーの話によれば、自動車メーカーがどんなソフトウエアを動かしたいかによってハードウエアが選ばれるという事情が、これらの豊富なMCU製品群の広範なシリーズ展開の背景にありそうだ。つまり、自動車メーカーが自動車で何を提供したいのかを決め、それを実現するためのソフトウエアを生み出し、それを動かせるハードウエアが選ばれるということになる。主要半導体メーカー各社は、自動車メーカーとの連携を密にし、いかなるニーズにも応え得る製品ラインアップ強化に向けて今後も技術革新に挑み続けることになりそうだ。

 この流れは、パソコンメーカーやスマートフォンメーカーが各機種にどんな機能を持たせるのかを決め、それを満たすソフトウエアを搭載してユーザー購入後も適宜ソフトウエアアップデートが行われ、ハードウエアメーカーが搭載する半導体・電子部品メーカーを選択し、全体のサプライチェーンを掌握している流れと類似していると感じる。

車両全体最適の中でのADAS進化に注目

 車両全体のデータと信号処理がセントラルの頭脳で掌握され、かつAIやクラウドの活用も加味した全体最適化が図られるにあたり、ADASもリッチ機能搭載一辺倒となり得るかはわからない。セントラルやゾーンを司る半導体の処理が重くなり、発熱問題などにも関連してくるからだ。そのため、「外周はカメラ、長距離はLiDARでという役割分担とし、AI使用とリアルタイムのSLAM生成でセンシング精度を上げれば、カメラの画素数を抑えてECU処理能力も抑制でき、レベル4以上の自動運転が実現する」と説くTSRの岩波氏の分析も一理あるといえる。

 ちなみに、ADAS向け大手のモービルアイはSoC生産でSTマイクロエレクトロニクスと長年にわたるパートナーシップを組んでおり、最近もリンクトインで報道機関の単独取材に応じた内容などを紹介し、前世代品比で計算能力を約4.5倍向上させたSoC「EyeQ6 Lite」で今後数年間で4600万個出荷する受注を獲得していること、120度の広視野角、画素数8Mピクセルのカメラが含まれていることを公表している。STマイクロエレクトロニクスも「EyeQ6 Liteの生産が加速している」と言及している。

 一方、ADAS関連では、NHITSA(米国運輸省道路交通安全局)が2029年9月までに米国の乗用車・小型トラックに昼夜歩行者検知(PD)を含むAEBS(衝突被害軽減ブレーキ)システム搭載義務化を公表しており、今後これを満たすセンシングツールも絡めながら、自動車メーカーが実現したい車両の全体最適化の中で選択されていくことになりそうだ。このセンシングツールを巡っても注目点が満載だが、また別の機会に検証してみたい。

周辺部品にはノイズ対策ニーズ

 こうした一連の半導体を巡り、ノイズ対策も必須となりそうだ。先端SoC周辺に向けては「ノイズ対策用バイパスコンデンサーをチップの下に直付け、もしくは回路のインターポーザーや、専用のシリコンダイ内に入れてしまう手法などが最先端開発領域では出てきている」(デンソー)との発言も聞かれる。また、TDKもOPEN Alliance EMC test specificationで規定されているライン間容量において、最も低いクラスⅣを業界初で達成した車載Ethernet通信10BASE-TIS用コモンモードフィルター(CMF)「ACT1210Eシリーズ」を24年7月にリリースし、ゾーンアーキテクチャーに向けて車両内のネットワーク構造が現状のCANからEthernet通信に統一された際、通信阻害要因となる通信回路上の各種電子部品の同合計容量を下げ、信号波形の乱れも改善し、接続するECUの数を増やせる利点を説いていた。別の電子部品メーカーからは、ハイパワーCPU近傍に高容量コンデンサーを配置したいニーズがあり、薄さ・高容量の両立が求められているとの声も聞かれる。今後も半導体周辺部品における新たなノイズ対策技術がブラッシュアップされていきそうだ。

 以上の内容に加え、今後はさらに「人」、つまり「パーソナル」を中心に据えたUX(User eXperience)という新たな領域が自動車向けに加わることになり、ここには自動車の域を超えた民生や家電などを含め異業種の知見やテクノロジー、電子デバイスが必要とされる。スマートホーム、スマートタウンなど、車外のあらゆるものとコネクトする斬新なアイデア、イノベーションが問われてきそうだ。逆に言えば、誰にでも参入の余地がある。ソフトウエアを動かすのは半導体であり、それを支える電子部品である。ワクワクする未来の車は「半導体」「電子部品」とともに創出され、進化し続けていく。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 高澤里美

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