電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第562回

「停滞する中国経済」と「台頭する中国のハイテク産業」


経済不調だからこそ、製造業のハイテクシフトを加速する

2024/7/26

 最近の中国経済の報道をみていると、「中国はかつての勢いがない。というか、中国はもうダメなんじゃないの?」という気がしてくるのではないだろうか。規制緩和しても不動産販売が停滞したままだし、製造業もイマイチ(製造業PMIの指数は5月と6月に「50」を切った。50以下は不調領域といわれている)。1~6月の消費者物価(CPI)の平均は0.13、マイナスではないからデフレではないのだが、水面スレスレからいつまでも浮上することができないでいる。

上海の地下鉄駅校内を歩く女性
上海の地下鉄駅校内を歩く女性
 このようにマクロ経済の数値は、いかにも「停滞」と「力不足」を示している。経済評論家にとってマクロ経済指標は「錦の御旗」みたいなものだから、声をそろえて「中国の時代は終わった」と言わんばかりだ。現在の中国イメージはまさにこんな感じと捉えている人も多いだろう。しかし、各部分を個別に見ていくと「中国の底力」や「チャレンジ」を実感する場面がたくさんある。とくにハイテク分野では、これが顕著だ!

10年前の中国はどんなだった?

 弊社の新聞媒体の『電子デバイス産業新聞』で担当記者が連番で書く「記者の眼」というコラムがある。私は2015年4月30日号の同コラムで、中国のハイテク製造の実力と展望についてこんな記事を書いたことがある。以下の囲み部分は今(2024年)から10年弱前の内容だ。

 中国の電機・電子業界を十数年間取材してきて、時代は大きく変わったと思わざるを得ない。人件費が上昇する中国では、生産ラインの自動化やコスト削減のための技術導入、ハイテクシフトが加速した。すでに「メードイン・チャイナ」という言葉は「安かろう悪かろう」という意味合いが薄れている。

 そうだからといって、中国の製造力がいきなり成長し、次々とハイテク製品を世に送り出せるようになったわけではない。中国はまだブランド力とイノベーション力が未熟で、世界トップとの技術格差は一朝一夕には埋められない。それでは、あと一体どれくらいでこの差が縮まるのだろうか。

 ある国が単純労働型からハイテク製造にシフトするのは、1人あたりGDPが1.3万ドルに到達した時に変化が起きるという分析がある。シリコンバレーが産声をあげた1980年頃の米国。低価格で高品質の家電製品や自動車を輸出しまくった1980年代中期の日本。2000年の米国ITバブル後に頭角を現した韓国と台湾。いずれの国もこのころにハイテクシフトを起こし、圧倒的な国際競争力を身につけた。

 昨年(2014年)の中国の1人あたりGDPは7500ドル。まだ1万ドルに届いていない。今の成長ペースで1.3万ドルに到達するのに、あと8年かかる。(以下省略)

※ちなみに、この8年後にあたる2023年に1人あたりGDPは1.3万ドルにリーチをかけ、24年についにこれを超えようとしている。

「安かろう、悪かろう」は過去形に

 約10年前にこのコラムを書いた後に起きたことを列挙すると、ホンハイ(鴻海精密工業)がシャープを約4000億円で買収し、日本のエレクトロニクス業界の凋落ムードが濃くなった。エアコンなどの家電大手のミデア(美的集団)が東芝の家電事業を約500億円で買収し、ハイアールも米GEの家電事業を54億ドルで買収した。

 ハイアールはサンヨーの家電部門も買収し、「アクア(AQUA)」ブランドとして日本で白モノ家電を販売するようになった。この時にイメージキャラクターに起用された小泉今日子のテレビCMを覚えている人も多いだろう。「家電に新しい風を」というキャッチコピーで、「一歩を踏み出すには、勇気がいる」というナレーションをバックに、小泉今日子が白いスタートラインから一歩を踏み出そうとする映像が流れた。

 この頃に、この大事な一歩を踏み出した中国のエレクトロニクス企業は多い。2011年にスマホ販売を始めたシャオミー(小米科技)の雷軍CEOは、全国人民代表大会(国会に相当)で「国産品運動」を提唱した。中国の消費者に国産品を見直してもらうような世界トップクラスの製品を世に送り出すと宣言した。

 この時の首相だった李克強氏は同会議の施政方針演説で、「ハードとしては、供給サイド改革を断行すること。そして、ソフトとしては日本やドイツを手本に「職人気質」を育成すべきだ」と主張した。ユーザーの目に触れない部分まで造り込むという考え方は、かつて日本が得意とし、アップルを創業したスティーブ・ジョブズにも共通するモノづくりの精神だ。

ギガキャスト成形されたSU7の車体シャーシ
ギガキャスト成形されたSU7の車体シャーシ
 そして現在、シャオミーは今年(24年)から米テスラのEV工場で導入された「ギガキャスト」(溶かしたアルミニウム合金で自動車の車体部品を一体成型する)技術を導入した北京の最新工場で、EV(電気自動車)の生産を始めた。従来なら72個必要だった部品を1部品に統合し、溶接箇所を840箇所減らして生産時間を45%短縮した。あれから10年が経ち、産業ロボットが勢揃いする中国の工場から時代をリードする製品が本当に生産されるようになった。

PVやEVを輸出しまくる中国

 欧米政府は24年に入って、中国製の太陽電池パネルや新エネルギー車(NEV、EVとPHV)に対して輸入関税の課税率を一気に引き上げた。米バイデン政権は5月、対中輸入関税の引き上げを発表した。EVは輸入関税を25%から100%に、リチウムイオン電池(LiB)は7.5%から25%に、太陽電池(PV)は25%を50%に引き上げた。また、EUは7月、EVの輸入関税(これまでの10%)に最大で約38%を暫定上乗せした。上海汽車は税率が約48%になり、BYDは27%、テスラは30%になった。「出る杭は打たれる」の言葉通り、中国に対する欧米の風当たりは厳しいものがある。

 これらの製品は、欧米社会が警戒するほど中国からの輸出が短期的に増加していることで共通している。23年は日本の498万台を抜いて中国は世界最大の自動車輸出国(中国の輸出は517万台)になった。日本は22年の515万台から3%減となったが、中国は60%増に急拡大した。中国が躍進したのは、G7諸国が経済制裁の目的でロシアに対して自動車輸出を止め、ロシアが中国からの輸入(90万台)に切り替えたことが大きな理由だ。中国からの輸出が多い国は、メキシコやベルギー、オーストラリア、英国、サウジアラビア、フィリピン、タイ、アラブ首長国連邦、スペインなどが続いた。とくにEVの輸出が多かったのがベルギーとタイだ。

中国の自動車輸出MAP
 そのタイでは、中国の自動車工場の建設・稼働ラッシュが続き、これまで優勢だった日本の自動車メーカーのシェアを急激に奪い始めている。タイには国際的な地場の自動車メーカーがなく、中国企業は技術優位でタイに進出できる。日本企業が長い時間かけて自動車の製造サプライチェーンと販売ディーラー網を構築した後にやって来たので、これらのビジネスインフラを即座に利用することができる。また、「中国人はタイにノービザで入国できるので、中国人ビジネスマンが押し寄せている。インドはビザが必要なため渡航が不便なので、中国企業は当面の間はタイ進出を加速していく流れにある」(インド駐在中の日本人)。

BYDと長澤まさみ

 中国の自動車メーカーの海外展開でとくに注目されるのが、BYDだろう。BYDは23年、302万台(前年比約62%増)の新エネ車を出荷した。そのうち海外輸出は24.3万台(同4.3倍)で、全体の約8%を占めるようになった。2020年の世界の自動車市場でBYDのシェアは0.9%しかなかったが、23年は3.5%に拡大してスズキの3.3%を超えた。ホンダは20年に5.7%あったが、23年は4.5%に低下しており、BYDにとってホンダは射程圏内に入ってきた。

 中国にとって自動車の最大輸出先となっているのが、タイ(輸出台数は3万台)だ。2位はブラジルで1.7万台だった。ブラジルで販売を始めた「シーガル(海鴎)」の販売が好調で、3月はすでに23年の年間輸出台数を超えてしまった。24年は4万台前後に増える見通しだ。

BYDのテレビCM(BYDのニュースリリースより)
BYDのテレビCM(BYDのニュースリリースより)
 日本でも24年4月から、長澤まさみを起用したテレビCMの放映が始まった。「EVなんて自分には関係ないんじゃない...?」と不安そうな表情から、BYDのEVを知っていくうちに「やりますな、BYD」と徐々に表情が明るくなり、最後は満面の笑みで「ありかも、BYD!」と話しかけてくる。AQUA(ハイアール)の小泉今日子のCMしかり、中国スマホのOPPOのCM(19年から21年にかけてタレントの指原莉乃を起用した)しかり、「あのタレントがCMに出ているんだ」、「どんな商品なんだろう」と興味が湧いて、中国ブランドに対してぐっと親近感を感じるようになった感じがする。

 そのBYDはポルトガル(EVバスを生産)やタイ(EV乗用車)、ブラジル(EVバスとLiB)、米国(EVバス)、フランス(EVバスの組立)、インド(パーツ類)に海外工場を展開している。さらにハンガリーとウズベキスタン、ブラジル、モロッコ、イント、ベトナムにも工場を建設している。電動車両は加速している時にエンジン音がしないので、筆者が住む上海では気づかないうちに電動バイクが自分に接近してきていたという経験がよくあるが、EVのBYDも多くの日本人が気づかない間に想像を超える先まで進んでいってしまっているように思える。

 日本人の多くは「中国経済の成長する時代は終わった。だから中国への投資は魅力がなくなった」とイメージしている。「中国の成長余地はもう先細ったので、円安の日本で生産して輸出した方がお得だ」、「経済安全保障のリスクを考えると、中国は投資先としての魅力が減退した」と日本人は考えるようになった。だから、「日本回帰」とか「チャイナ・ブラスアルファ」(中国以外に工場を作った方がいいのでは?)を選択した方がいいと考えている。

 しかし、その中国人も中国の殻を破って世界に打って出る「海外進出」(中国語ではよく「走出去」という)をする企業が増えている。その勢いもまた、一般的な日本企業の常識の枠を超えている。「中国経済は調子悪い」と漠然とタカを括っていると、ハイテクシフトを急いでいる中国の急成長に日本はついていけなくなる。しかも、競争場所は中国国内だけではなくなっていて、今後の成長ポテンシャルを有している海外市場でも同様のことが起きつつある。

 前述したが、24年は1人あたりGDPで中国がハイテクシフトする年となる。ここからの加速は今まで以上になってくるだろう。「士別三日、即更刮目相待」(士別れて三日なれば刮目して相待すべし)の言葉の通り、努力するものは常に研鑽を重ねて成長するものだから、いつまでも昔のままだと思ってはいけない。


電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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