電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第560回

G8.7有機ELの次に来るFPD技術は何か


候補はフォトリソ、IJ、QD-EL

2024/7/12

 ノートPCやモニターといったIT用への浸透を目指し、G8.7(マザーガラスのサイズは2290×2620mm)有機ELの量産投資が本格的に始まった。韓国のサムスンディスプレー(SDC)と中国のBOEがファインメタルマスク(FMM)を用いたRGB蒸着による塗り分け方式の量産ラインへの投資を決定し、SDCは3月から製造装置の搬入を開始しており、SDCは2025年、BOEは26年からそれぞれ量産を開始する予定だ。

G8.7有機ELは2025年から量産が始まる(写真はSDCの設備搬入式)
G8.7有機ELは2025年から量産が始まる(写真はSDCの設備搬入式)
 だが、この次に来るFPDの投資トレンドが一体何になるのかは、現在のところ混沌としている。かつての液晶のように有機ELもG10の採用に向かうのか。G10については、いち早くテレビ用有機EL「WOLED」の量産を実現した韓国のLGディスプレーが長年検討をしているものの、巨額の投資資金を捻出できずに計画を具体化できないままだ。次のFPD投資や技術がどこへ向かうのか考察してみる。

成膜技術はフォトリソとIJが候補

 製造技術面からみると、G8.7のFMM+RGB蒸着塗り分けの対抗馬となりうるのが、フォトリソグラフィーとインクジェット(IJ)による成膜技術だ。フォトリソに関してはジャパンディスプレイ(JDI)が「eLEAP」、中国のビジョノックスが「ViP」という独自技術を量産へ移行させようとしており、IJに関しては中国のTCL CSOTが研究開発を続けて試作パネルを数多く公開している。

 フォトリソ技術は、ざっくり言えば、フォトリソでRGBサブピクセルを形成するため、現行のFMM+RGB蒸着塗り分けよりも開口率を大きくとることができ、高精細なパネルを製造できる。FMMは不要になり、マザーガラスの大型化にもFMM+RGB蒸着塗り分けより柔軟に対応できるとみられている。JDIは、eLEAPの特徴として「既存の有機ELパネルに比べて2倍の発光エリアとなる60%以上の開口率を実現可能で、従来と同輝度で使う場合は3倍の寿命と信頼性、2倍の輝度で使う場合でも従来同水準の寿命と信頼性を保つことができる」と説明している。

 ビジョノックスは、安徽省合肥市にG8有機ELの量産工場「V5」を建設することを正式決定した。投資額は550億元。ビジョノックスはG8.6と呼んでいるが、ガラスのサイズはG8.7と同じ2290×2620mmを採用する。2期に分けて投資を行い、第1期は25年10~12月期に月産1.6万枚の製造装置を搬入し、26年上期に稼働させる。第2期は早ければ26年10~12月期に同じく1.6万枚の装置を搬入するとみられ、ViPを本格的に量産へ移行させる考えだ。

 JDIは、中国安徽省の蕪湖経済技術開発区と共同でeLEAP事業の立ち上げを進めており、10月末までに最終契約の締結を目指している。当初はG6とG8.7の工場立ち上げを計画していたが、現在はG8.7で月産能力3万枚を備える方向に一本化。これに先立って、茂原工場で24年度から月産1300枚で少量生産を実施する。

 フォトリソ法の2社は、ともにテレビ用ではなく、IT用を中心とした高付加価値パネルを生産していくもようで、SDCやBOEが狙う市場と被る。「学会等で発表された性能値を量産でも出せるようなら、フォトリソ法はパネル技術としてかなり有望」(特許に詳しい業界関係者)との評価もあるが、いかに有望な技術とはいえ、両社ともにFPD業界では中規模のメーカーであり、スムーズに量産を実現できたとしても、収益化に至るまでの巨額投資を単独でまかない続けていけるのかという点については、不安が拭えない。

 一方、IJ法を研究開発しているTCL CSOTは、5月に開催されたSID 2024でノートPC用の14インチ2.8Kハイブリッド有機ELパネルを公開し、240ppiを達成したことを明らかにした。かつてIJは「次世代大型有機ELの量産技術の本命」と期待されたが、先行してきたJOLEDは倒産。IJ装置サプライヤーの1つであった東京エレクトロンは撤退を表明し、IJ装置サプライヤーは実質的に米Kateevaとパナソニック プロダクションエンジニアリングの2社に絞り込まれた。FPD業界への影響は大きくないとはいえ、昨今の米中摩擦を考えれば、IJ有機ELを事業化できるかはTCL CSOTとパナソニックのチームにかかっていると言っていい。

QD-ELは30インチに到達

 一方、パネル種別という面からみると、有機ELの次世代として期待されるのが、量子ドット材料(QD)を発光材料に用いるQD-ELディスプレーである。QDに電流を注入して発光(エレクトロルミネッセンス=EL)させる仕組みで、究極のディスプレーと呼ぶ人もいる。粗っぽく言えば、SDCがテレビ/モニター用に量産中のQD-OLED(量子ドット+有機EL)パネルから有機EL発光層を無くした構造だ。多くのパネルメーカーが次世代技術として開発しており、シャープは「nanoLED Display」という名称でSID 2024で30インチ4Kディスプレーの開発成果を披露した。製造プロセスに関しては、まだ開発途上であるが、発光層の形成にはフォトリソあるいはIJが用いられる可能性が高く、ここでもフォトリソ法は解像度および開口率の点からIJ法よりも優位性があるといわれている。

 現時点で言えば、FMM+RGB蒸着塗り分けの有機ELのさらなる大型化、フォトリソ法による有機EL、QD-EL、いずれにも次世代の主役になる可能性があり、どれが本命になるかはきわめて判断しづらい。歩留まり向上や低価格化が急速に進展するようなら、マイクロLEDが対抗馬に浮上してくる可能性もゼロではない。

 中国メーカーがFPD市場を席巻し、技術開発もリードするような立場になりつつあるが、であるがゆえに、技術の方向性がより見極めづらくなった。次世代技術に対して装置や部材を供給したいと考えている日本企業にとっては難しい業界構造に年々なってきているが、引き続き日本のパネル・装置・材料メーカーが次世代パネルの商用化を牽引するポジションにあり続けてくれることを切に願っている。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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